048.夜条蒼空と三笠
爽やかな短髪を片手でかき上げ、彼は三笠を見つめた。アキとハルは、怪訝そうにその様子を見ている。
「天乃さん、すごく驚いたような顔をしてるね」
「ええ……だって、先輩も陰陽師だったなんて……」
三笠は、まだその二つの瞳に戸惑いの色を浮かべていた。ハルが小声で聞く。
「なあ、ミカサ……この人、誰?」
三笠がようやく双子の方に顔を向けた。
「夜条蒼空先輩。転校前の中学で、同じテニス部だったの」
「その通り」
男――蒼空はハルとアキに微笑んだ。
「俺は夜条蒼空。今は新潟県『流』を務めている。天乃さんとはテニス部で一緒で、よく打ち合いの練習もしていたよ。ね、天乃さん」
「は、はい、そうでしたね」
それだけ答えて再び目を伏せる三笠を見て、蒼空は口を開いた。
「天乃さん。単刀直入に聞くけどさ」
目を細める新潟県『流』。
「新潟に戻ってくる気は、ない?」
「えっ……?」
三笠は思わず声をあげた。ハルとアキも、蒼空を凝視する。……コイツは今、なんと言った?
「天乃さん、コイツらはさ、“事情”を知らないんだろ。そして君も話すつもりはない――だったら全て知っている俺の側にいたほうが、君は安全だ」
蒼空は、コイツらというところで双子を指した。その目には、ハルとアキに対する侮蔑の色が浮かんでいる。しかし彼の三笠への想いは、尋常ではないようだった。
「もう“あの一件”も落着したところだし、戻ってくるっていう選択肢も少し考えてくれると嬉し」
「あなたに私の何が分かるって言うんですか!?」
突如、本殿の階段下に響く大声。三笠だ。彼女は怒ったような目で、蒼空の顔を睨んでいた。突然のことに、蒼空はもちろん、ハルもアキも驚いている。
「私のすべてを知っている? 冗談にも程がある! じゃあなんで貴方は私を……私の家族を、救ってくれなかったの!? どうして私の声に力があるんだって教えてくれなかったの!? それを知ってたら哀楽にも立ち向かえたかもしれないじゃない!」
そう言ってから、ハッとしたように口を噤む三笠――彼女は言ってしまった。“それを知ってたら哀楽にも立ち向かえたかもしれない”と。
「ミカサ……哀楽に立ち向かえたかもしれないってどういうこと?」
ハルが心配そうに問いかける。アキの頭の中では、新幹線の中での舞桜との会話が蘇っていた。
――「つまり天乃三笠の引っ越しの理由には、それがあると」「確定してないけどね。でも何となくそう思っちゃって」
やはり、そうなのか、天乃三笠。
新潟県糸魚川市で哀楽が出現した、そのことと何か関係があって引っ越してきたのか。だからあんなに転校初日、必要以上にオドオドしていたのか?
アキが、三笠に向かってなにか声をかけようとした、その時だった。
「やあ、お取り込み中すまないが……」
四人の間に、ヌッと人影が立った。
「三笠、晴、明。そろそろ帰らないか。舞桜と舞花と峻佑は明日の予定があるらしく、早々に帰っていったぞ」
華白だった。夕日に照らされる黒マント姿は、三笠と双子にとって救世主のように見えた。華白は、怪訝そうに蒼空の方を見る。
「さっきから、なんなんだ……? 言い争いをしてそうだったが。蒼空」
「夜鑑さん、お久しぶりです」
「ああ、そうか、お前『流』になったのか」
「はい。……あのあと、生き残ったのは俺だけでしたから」
意味深な会話をする二人。俯く三笠、結局何がなんだか分かっていないハル、一人悶々としているアキ――五人の間には、気まずい空気が漂っていた。
「で、蒼空。一体何の話なんだ」
「いえ、これは俺と天乃さんの話で、あなたには関係ありませんので、お気になさらず」
蒼空が恭しく華白に向かって笑みを浮かべる。その様子は何かを隠しているようでもあり、しかし何かに傷ついているようでもあり、華白は言い返すことができなかった。
*
少し時を遡り、陰陽師たちが皆出ていった後の高層神殿の中では――。
「はい、お疲れ様でぇーす☆」
狩衣姿の『巴』三人組がだけが残っていた。社殿の中をピョンピョン飛び跳ねる琴白と、部屋の角に座り込む二人。琴白がやけにハイテンションで言う。
「ねね、ねねねっ、さっきの祓会での私たち、かっこよくなかった……?呪厄年の説明のときも息ピッタリだったし、なんか、よかったよね?」
しかし彼の言葉は、フブキと真白に黙殺される。
「おぉーい、フブキちゃん、真白くーん。よかった、よ、ね……?って、あれ?」
呼びかけても反応なし。さすがにどうしたんだろうと、琴白は部屋の隅で蹲っている二人に近づく。
「二人ともどうしたのかなっ」
琴白の言葉の語尾が上がる。これは故意ではない――事故だ。琴白が言い終わると同時に、先程まで背中を向けていた巴の二人が振り返り、琴白に向かって全身全霊のパンチを放ったのだった。
ドギャゴッ――!
聞きたくない音を立て、琴白は真上に吹っ飛ぶ。彼の身体はそのまま、本殿の屋根を突き抜け、真夏の青空へと吸い込まれていった。
「あいつ……ほんとに殺したい。……この衣装暑すぎるっつーの!」
フブキが忌々しそうに吐き捨てる。真白も一緒になってため息を付いた。
「オレも今日に限っては同じ気持ちです……なんで琴白さん、こんな暑い日に、狩衣なんて着せたんでしょうね」
「それはねぇええええええええ!陰陽師としての風格を出したかったからだよぉぉぉおおおおん!」
はるか彼方から聞こえてくる声。琴白が戻ってきたようだった。どうやら彼は空までバイバイキンされたものの、重力の働く範囲は抜けずに戻ってこられた様子だ。
『和歌呪法・夏の夜は まだ宵ながら 明けぬるを 雲のいづこに 月宿るらむ!』
本殿の屋根にあいた穴から、金色の光が炸裂した。夏の夜を思わせる匂いが、あたりに漂う。
『結界展開・宵の月!』
朧雲のようなかすかな光が、駆け巡った。あっという間に本殿は琴白の結界に包まれる。彼は、その力量を見事に活かして、空高くから地上までの細長い結界空間を作ったのだ――落下の衝撃を和らげるため“だけ”に。




