047.呪厄年の決意
「狼狽えるな、静まれ」
琴白の言葉に、再び静かになる本殿。
「呪厄年――知らない者も居るようだから、説明しよう。これは端的に言えば『呪鬼の出没が頻繁になる年』のことを指す。この年は周期的に来るのではなく、突然に現れるもので前年まででの予測は不可能。今回も昨日の夕方、分析結果に急に兆候が見られ、私も驚いた――そしてすぐに連絡したわけだ」
続いてフブキが、何やら資料を持って立ち上がった。
「歴史的に見ると、大戦末期1945年は呪厄年だったという記録が残っている。また、もう少し遡ると安政の大地震が起こった1854年、史上稀に見る大飢饉だった天明の飢饉が起きた1783年頃、他にも比叡山延暦寺焼き討ち、菅原道真の怨霊が出たと騒がれていた時期も、呪厄年だったそうだ」
そう、フブキちゃんの言う通り――と、琴白が言葉を引き継いだ。
「いわゆる天災だとか、邪悪な大事件だとかが起こった年は呪厄年である可能性が高い。なぜなら呪鬼は負の感情の塊――すなわち、周りにも影響を及ぼすからだ。天候にしろ、人にしろ、ね。まあすべてが呪鬼のせいだとは言わない――太平洋戦争は、人間の過ちの一つとして残していかねばならないしな――だが呪鬼の出没が頻繁になったからこそ、何らかの形で悪影響した可能性は高い。
すなわち、こういうことだ。今年一年とその前後は、何らかの災いが起きやすく、呪鬼の出没も多くなる」
するとここで、第三者の声がした。
「質問です」
それは三笠の背後から聞こえる――一条柚琉だ。
「どうぞ、一条柚琉くん」
琴白が目を細める。
「歴史上のことは分かりました。ではなぜ、今年がその『呪厄年』だと分かったのですか?」
答えたのは真白。
「それはね、ヒミツだよ。キギョーヒミツ」
「なぜ……」
戸惑う一条に、琴白が悪いね、と声をかける。
「一条くん、陰陽寮を知っているね?」
「はあ、まあ」
陰陽寮――それは、八世紀の前半頃に設けられていた政府機関の一つ。長官の“陰陽頭”を筆頭とした事務分野と、陰陽師らがいる技能分野に分かれ、陰陽道の研究をしていた。
「その技能分野もさらにね、四つの分野に分かれていて。天文や時刻をはかるのも実は陰陽師の役割だったのだよ。天文学と陰陽師が深い関係にあったというのは君だって知っているだろう」
「はい。ってことは……天体観測から暦を算出して、それで推測したということですか?」
「まあ、そんなところだ。悪いが真白くんが言ったとおり、祓の研究部門は秘密主義でね。呪厄年だという結果しか、君たちに伝えることはできない……納得してくれると嬉しい」
一条は不本意そうな顔をしていたが、ここは一旦退くようだった。
「はい……わかりました。ありがとうございます」
「他に質問は」
フブキの凛とした声が、部屋をこだまする。しかし手を挙げるものは誰もいなかった。皆、緊張した面持ちで巴の三人を見ている。
「じゃあ、祓会はこれで終わりだ」
琴白が言った。
「だが、最後に一つ言わせてくれ」
朱色の狩衣の袖が、風にはためく。金縁眼鏡のフレームを手で押さえて、琴白星哉は口を開いた。
「私達で、終わりにさせよう――この、呪鬼と陰陽師の長い長い戦いを」
その口調は優しく語りかけるようでいて、しかし力強い決意を伴っていた。
「これから、怒涛の戦いの日々が始まるだろう。おそらく四天王級の呪鬼も頻繁に現れる――なぜなら、そういう年だから。いや、これからじゃないな。もうすでに始まっている」
琴白の目が厳しくなった。
「思えば前から兆候はあったんだ。たとえば――昨年四月、千葉県内での大呪四天王『青龍』の眷属の出現」
三笠の横で、舞花がピクリと体を揺らした。何か、あったのかな。
「同じく昨年の八月に起きた地震と、稀に見る大台風襲来。そして同月の、京都府嵯峨野に現れた謎の巨大呪詛結界」
北山音羽と一条柚琉は顔を見合わせる。
「十一月、青森県弘前市での大呪四天王『玄武』の眷属出現。そして今年一月に入ってから大阪府大阪市で大呪四天王『白虎』がいた痕跡が発見された」
竈猫柊月と龍宮蜜葉は、それぞれ思い当たる節があるような素振りを見せる。
「極めつけはこれだ――今年五月の、新潟県糸魚川市での『哀楽』襲来」
――突然三笠の目が見開かれた。彼女の体が、不自然に震え始める。隣にいたアキが、異変に気づいた。
(おいっ、大丈夫か……!?)
「だ、だい、じょうぶ……」
三笠は震える声でアキに伝えた。しかしその瞳から恐怖の光が消えることはない。
その二人の様子を知ってか知らずか、琴白は無慈悲に続けた。
「その後も、これは一昨日のこと――埼玉県さいたま市で、『白虎』の眷属が現れた。これからも、このレベルの呪鬼が頻繁に……いや今まで以上に出てくることになる。そこで私たち巴は、ある決断をした」
古闇真白と氷室雪吹が、揃って立ち上がった。朱色、新緑色、藍色。まるで光の三原色のような燦めきを放つ三人――彼らの瞳には、力強い想いが宿っていた。
「強い呪鬼が、向こうから出てきてくれる。それはつまりチャンスだ。私たちの悲願である呪鬼の殲滅を行う、最大で絶好の機会――だから私たちは全力で戦う。眷属も、四天王も、その一角の哀楽も……この一年で、倒す!」
琴白の瞳が、陰陽師たちを見つめた。
「どうだ、ついてきてくれるか。今のメンバーは、私たち巴から流、平陰陽師にいたるまで、最強で最高の人材が集まってくれていると思っている……そして重なるように『除の声主』が現れ、『呪厄年』もやってきた。
――――どうか一緒に、戦い抜いてほしい」
しばらく沈黙が落ちたが、やがてそれは破られた。琴白たちの言葉に応えた陰陽師がいたのだ。
「やってやろうじゃないか」
ゆらりと影が立ち上がる。彼女は、琴白にりんごを投げつけた青森県の流。竈猫柊月だ。
「協力するよ、呪鬼滅殺は皆の願いだろ」
彼女に続いて、青森県勢が立ち上がる。
「もちろん俺も」
「僕らも」
次々と、陰陽師たちが決意を胸にしていく。華白も、峻佑も、舞桜も、舞花も、ハルも、そしてアキに支えられながら三笠も、立ち上がった。
「わたしたちも」
そして、本殿にいる全員が立ち上がった。琴白の口元が、やっと笑った。
「諸君、ありがとう。じゃあ、掛け声といこうか。これから怒涛の戦いになっていくだろうこの一年に、そしてその戦士である我々に――――『祓』陰陽師一同、呪鬼殲滅を、必ず成し遂げるぞ!」
「「「オーーー!!!」」」
こうして、出雲大社での臨時の祓会は幕を閉じた。
*
本殿を出て階段を下る。時刻は午後四時。まだ日差しが暑いのは、さすが夏というべきか。
千葉県の七人は、階段の下の太い柱にもたれかかって一時の休息を取っていた。
「天乃三笠……大丈夫、か?」
アキの瞳が心配そうに三笠を覗き込む。体の震えは既に止まっていたが、三笠はアキと目を合わせようとしない。
「だいじょうぶ、だから……」
ハルも心配して近づいてくる。哀楽が新潟に現れたという話を琴白がしてから、三笠はずっとこんな調子だ……大丈夫である、はずがない。
「なあ、ミカサ……何かあるんだったら、話してほしい」
ハルが三笠を見る。アキも続けた。
「もう僕らは仲間なんだ……お願いだから、教えてくれよ。でないと、天乃三笠……お前を守りたくても守れないかもしれないだろ」
その瞬間だった。
『その必要はないよ』
ハルとアキの背後から声がした。
『だって、天乃さんを守るのは君たちじゃなくて俺だから』
突然の第三者の出現に戸惑う双子。三笠も、その人物の方を向いて――思わず、驚きの声を上げた。
「夜条、先輩……?」
三人の視線の先に佇んでいたのは、深い青色の目をしたイケメン男子――。彼は三笠に歩み寄って言った。
「天乃さん、前に君を守ることができなかった――その償いを、させてくれ。これからは俺が、君を守る。誰にも傷つけさせない――もう二度と」




