045.もう一つの大社
琴白星哉の両手から放たれた白い光は、あっという間に三笠を、ハルを、アキを、千葉と京都と大阪の陰陽師たちを優しく包み込んだ。彼の発する心地よい声が、三笠の耳に届く。
「もうすでに知っている人も多いと思うが……私たち『祓』が拠点としているのは、出雲大社であり出雲大社ではない場所だ。現実世界にある『出雲大社』に重なるようにして存在する『結界としての出雲大社』――私は『もう一つの大社』と呼んでいるがね。そこに今から君たちを招待する」
(現実世界に重なるようにして存在する世界……)
まるでSFのような話だと三笠は思うが、そもそも陰陽師として呪鬼と戦っている時点でファンタジーの域に達してしまっているのだから、今更驚くようなことではない。ハルもアキも、この琴白の呪法を見るのは初めてではないらしく、平然と立っている。
しばらくすると、白い靄が晴れた。そこに広がっていたのは、先ほどと変わり映えのしない出雲大社の境内の景色……いや、一つだけ違う点があった。
「うわー……!」
三笠は息を呑む。そう、彼らの目の前には、現実世界の方の出雲大社には無かった建物があるのだった。何十段あるのかわからないほど長く高く続いている階段、階段の先に小さく見える社殿、その大階段を支える気の太い柱……その迫力に思わず後ずさる。
「なに、この高い建物……!」
すると、その建物を見上げる三笠の横に人影が立った。
「おや、君は新入りさんかい?」
和服姿の背の高い男――琴白である。
「はっ、はい、そうですっ」
初対面だからか、『巴』の前だという意識のせいか、三笠の声は上ずる。緊張で固まる三笠を見て、琴白は優しく微笑みかけながら教えてくれた。
「この建物は出雲大社の『高層神殿』と呼ばれているものなんだけどね。現代の本殿は、さっき見ていただろう。君が写真をとっていたところだ。あの高さが大体二十四メートルなんだが、この出雲大社には言い伝えがあってね。その昔、本殿の高さが四十八メートルほどもあったと言われているんだよ」
三笠は思わず聞き返す。
「四十八メートル? そんなにですか?」
「そうなんだよ。実際に、太い柱の跡も発掘されている。その高い高い本殿が、これだよ」
琴白は、目の前の階段を指さした。
「高さ四十八メートル、古代に作られた出雲大社の本殿――まったく、昔の人々は凄いね」
「そうですね……」
三笠は改めてその高層神殿を見つめた。はるか遠くに見える社殿の扉……何段あるんだろ、この階段。絶対に上りたくないな……そう三笠が思った瞬間だった。
「じゃあ、頑張ってのぼろうか!」
琴白がパンパンと手をたたいて言った。
「え! のぼるんですか!?」
「当たり前だよ。だって祓会の会場は、この本殿なんだから」
「まじ、ですか……」
ため息をついたと同時に、背後からも同じような息が聞こえた。
「去年ものぼったよな」
「ああ……思い出しただけで鬱になる……」
ハルとアキがげんなりとしていた。その向こうでは、華白も桜咲双子も、ほかの陰陽師たちも嫌な顔をしているのが見えた。
「ほらほら、みんな嫌な顔しないでよ。一年に一回だけの、特別な機会。positiveに捉えて行こうYO!」
positiveだけ無駄に発音よく言い、最後はラッパーのような口調の琴白。そのテンションに皆ついて行けないようだったが、琴白は気にしない。彼は鋼よりも硬いメンタルを持っていた。
「それじゃあ、れっつらごー!」
二段飛ばしくらいの勢いで、本殿への階段を駆け上がっていく『巴』。その姿を暗い目で見ながら、三笠たちは歩き出した。……頑張ろう、みんな。
*
何分間、階段を上り続けたのだろうか。ようやく陰陽師たちは、ゴールである本殿の入り口にたどり着いた。
「やあ、お疲れだね☆」
琴白は、へばっている陰陽師たちにねぎらいの声をかける……が、それはどう考えても揚げ足を取っているようにしか聞こえなかった。
「……琴白、お前はなぜそんなに平気そうなんだよ……」
「おやおや、華白ちゃん。『巴』には敬意を払わなきゃだよ」
「お前は敬う気になれない」
「相変わらず華白ちゃんは厳しいねぇ。まあいいよ。私とそれだけ深い関係だということさ」
フッと意味ありげに笑って見せる琴白に、夜鑑華白はガンを飛ばす。
「変な言い方するんじゃない」
「まったく、手厳しい。で、私がどうして平気か? 簡単だよ。毎日上り下りしてるからさ。なんせ私はここに住んでるのだからね」
「ええ!?」
驚きの声を上げたのは三笠だった。
「……い、出雲大社に住んでるんですか!?」
「そうだよ。祓の本部を守る仕事があってね」
「羨ましいです……、私、実は神話が好きで」
「おや、そうなのか。じゃあ私とひとつ屋根の下で暮らすかい?」
そう言ってのけた琴白の頭を、パカンと叩く者が一人。
「だから琴白。変な言い方するなって」
華白だった。その後ろで「そーだそーだ!」と声を上げているのは峻佑とハルである。
「まったく。なんで千葉県は私に厳しいのかね」
トホホという顔をする琴白に、止めの一言。
「わたしらが厳しいんじゃない。お前の言動が制されるべきものだからだ」
それを聞いた三笠は思った。
(『巴』って聞いたから身構えちゃったけど……、琴白さんって案外良さそうな人ね。いや、それとも『巴』にこんな口を聞ける華白さんが凄いのか……?)
真偽の程は分からないが――とにかく今は“緊急事態”。早急に祓会を始めなければならないのだが、そのことを琴白星哉はようやく思い出したようだった。
「ハッ! こんなところで立ち話してる場合じゃなかった。まったく、華白ちゃんのせいだよ。 ほら、早く本殿の中へ入って……」
「いや、話のきっかけを作ったのはお前じゃないか」
華白のツッコミは、琴白の耳には届かない。
ギギギと音を立て、本殿の重い扉が開かれる――。




