043.京都府の陰陽師
新幹線の座席に戻った舞桜とアキは、何事もなかったかのようにそれぞれの席に着いた。ハルだけが「何の話だったんだ」という目でアキを見ているが、視線を向けられた彼は首を左右に振るだけ……そう、なるべく掘り起こさない方がいいのだ。三笠が仮に哀楽の件で何かしらの損害を負って、千葉に逃げるように越してきたのだとしたら、その傷は相当大きいものに違いない。アキは、なるべく三笠の前では新潟の話題を避けようと決めた。
「おかえり、お兄ちゃん」
舞花がニコリとほほ笑む。舞桜も三笠の方をちらりと見やっただけで、すぐに妹の方に向き直った。
「舞花、前に京都に行った時のこと覚えてるか? ほら、中三の修学旅行で」
「覚えてるよ。お兄ちゃんが清水寺の舞台から落ちかけた、あの時でしょ」
「落ちかけた!?」
ハルが桜咲双子の会話に口をはさんだ。
「何があったの?」
「いやあれは事故っていうか」
モゴモゴという舞桜を遮って、舞花がため息をつきながら話し始めた。
「事故じゃないでしょ! あのね、ハル、聞いて? お兄ちゃんとお友達ったらね、『清水の舞台から飛び降りる』を実際にやろうとしてほんとに飛んだのよ!」
「うわ、馬鹿だ。それで?」
華白も合いの手を入れる。
「それでほんとに落ちていってさ、やばいってなって、お兄ちゃんが空中で和歌呪法唱えて結界を開いてさ」
「おお」
「一緒に飛び降りようとした友達三人を結界に召還して、衝撃を和らげて、みんな助かったよって話」
舞花はそこまで一息で喋った。三笠は一人安堵の息をつく。
「舞桜くん、よかったね……てか、空中で結界展開するってすごいですね」
「だろ?」
胸を張る舞桜を、峻祐がペシンと叩いた。
「いや、そもそも清水の舞台から飛び降りるなし」
峻佑が正しいよ……と、場にいる舞桜以外の全員が思ったその瞬間。
「つまりね、おにぎりは陰陽師なんだよ」
三笠の知らない声がした。その声は続ける。
「北山さん、これで分かったよね?」
「いえ、わかりません」
返事をするのは、これまた知らない女性の声だ。千葉県の七人は、「陰陽師」のワードに反応して一斉に振り向いた。彼らの目に、列車内の通路をゆっくりと歩いてくる男女二人組が映る。一人は短い黒髪に、カッターシャツ姿の背の高い男性、もう一人はストレートの髪を後ろで一つに束ねている女子。年齢のほどは、大学生と高校生といったところだろうか。
二人は、変な言い合いをしながら三笠たちの席の方へ近づいてくる。
「おにぎりってさ、漢字に変換してみると『鬼』と『斬る』になるじゃない?」
「まずそこから意味わかりません。『お握り』でしょ」
「違うんだよ、とにかく『鬼斬』と書ける。つまりこれは、鬼を祓うぼくたち……陰陽師っていう意味にならないかい?」
「なりません」
どうやら男性の方がボケ、女の子の方がツッコミのようだ。漫才の練習でもしているのかな……。三笠は呆気にとられて二人組を見る。
「そして二つ目の理由だよ。おにぎりは、別名『おむすび』だろ。つまり……?」
「おむすびですね」
「なんで北山さん、わからないかな……。いいかい?『お結び』つまり『結ぶ』。コレが指しているのはすなわち、和歌呪法を使って、印を『結んで』戦っている陰陽師そのものなのだよ」
「一条さん。本当にあなた京大生ですか?」
「ん、そうだよ。あー、卒論のテーマ『おむすび(おにぎり)と陰陽師の関係性』にしようかなー」
「やめたほうがいいかと」
ここまで聞いたところで、隣に座るハルと目が合った。ハルが言う。
「おにぎりは陰陽師なんだって」
「そうなんだね」
……いや、そんなわけあるかーい!
返事をしておきながら、心の中でツッコむ。てか、この二人は一体何者なんだ? 陰陽師って言ってたけど……。
三笠が疑問に思ったとき、夜鑑華白が座席から立ち上がって、その変な二人組の男性の方に話しかけた。
「柚琉。相変わらずだな」
「あ、夜鑑さん! お久しぶりです」
(え、え、華白さん知り合い……?)
戸惑う六人を尻目に、二人の会話は進む。
「元気そうだな」
「そりゃもちろん。毎日新選組パワーをもらってますから」
「それは何よりだ」
「華白さんこそ、お元気そうで。よかったです」
「ああ、まあ。お前のトンチンカンな会話を聞いていたら頭が痛くなりそうだが」
「ええっ! 頭大丈夫ですか、華白さん!」
「言い方がよくないぞ、言い方が」
華白がツッコんだところで、舞花が彼女の背後から声をかけた。
「えと……華白さん、その方々は知り合いですか?」
「ん? ああ」
華白は、三笠たちの方を向いて頷いた。
「こいつは一条柚琉。『流』仲間なんだ」
(この人が、『流』……?)
六人の頭の中に疑問符が渦巻くが、その男性は気にしていない風に続けた。
「ぼくは一条柚琉。京都府『流』を務めています。よろしくお願いします!」
山吹色に光る瞳が、優しく細められる。
おにぎりが陰陽師とかいう、へんてこな持論を展開している彼が、京都府を束ねる立場……。にわかに信じがたいが、華白が紹介するからには本当なのだろう。
「えっと、京都大学文学部三年生、専攻は日本史、特に幕末について研究してます」
そう言ってのけた柚琉に千葉県学生勢は目を丸くした。
「え! 京大生!?」
「すごっ! 頭良すぎる!」
「日本史ですか、楽しそうですね」
口々に柚琉をほめたたえる陰陽師たちだったが……それを遮る冷たい声が響いた。
「その頭の良さを、日常生活でも会話でも、発揮してほしいんですけどね」
皆が一斉にその声の方を向く。声の主は……そう、柚琉と一緒に歩いていたツッコミ役の女子高生である。
「私は北山音羽です。京都府所属の陰陽師で、いっっっつも一条さんに振り回されています。よろしくお願いします」
そう言って一つ結びの女の子・音羽はぺこりと頭を下げた。
「え!? ちょっと、北山さん? いつも振り回されてるって……その言い方は無いでしょ!」
「いいえ、いっっっつも、私がツッコミ役をしているんですよ。私がいなかったらあなたは今頃、どこで何をやらかしていたか……」
「ぼ、ぼくってそんなにやばいやつかな……?」
「はい。もしかして自覚なかったんですか?」
ドン引きです、と言いながら一歩退く北山音羽。
「そんなぁ……」
やばいやつ認定され、肩を落とす柚琉に華白が言った。
「柚琉……あまり音羽に迷惑かけるなよ」
三笠は思った。
(なんで陰陽師って、こんなに癖が強い人が多いんだろう……)
その答えは、誰にもわからない。




