039.馬鹿四人組の顛末
「なんだ?舞花、三笠」
廊下の突き当たりの部屋から、華白が顔を出した。
「あの、馬鹿三人組から四人組に変わりました」
舞花がそれだけ言う。
「どういうことだ?今わたしは七味唐辛子ホットミルクを飲むのに忙しいんだが」
「いや、それは後ででもいいですよね?こっちが緊急なんです、和歌呪法が台所で炸裂してるんです。家壊れます」
もう、舞花は七味唐辛子ホットミルクについてツッコむ気は無いようだった。確かに、今は家が壊れるか問題の方が切実である……三笠は冷静に状況分析をしつつ、舞花と一緒になって叫んだ。
「お願いです、華白さん……。あれを、止めてください!」
二人の叫びに、華白も尋常ではない何かを悟ったようだった。
「わかった、今すぐ向かう」
……と、廊下では大声で告げ口が行われているというのに、馬鹿四人は気づいていない。それどころか、争いはより激化してしまっている。
『和歌呪法・しのぶれど』
舞桜が、御札の代わりにニンジンを拾って、それに術式を込め始めた。
「なにやってんだよ」
さすがの峻佑も、ひいている。
「食品ロスだぞ、舞桜くん」
しかし、そういう彼の手にも、ちぎれた小松菜が握られているので、説得力は皆無。
「舞桜、桜刀を作りやがったな」
――ニンジンで、だが。
「俺らも『九字印除霊法』で対抗するか?」
「僕は、準備できている」
アキも眼鏡のずれを気にしないほどに、自己中になっている。
これは、ハルもしかり、峻佑もしかり、舞桜もしかりだ。
『和歌呪法・ひさかたの』
ハルが叫ぶ。
「俺らをカモネギと貶めたこと、後悔させてやる……!」
『結界展開・春の日!』
「なにをこしゃくな」
峻佑も対抗する。
「こうなったら結界合戦だ。『秋の田』!」
すさまじいエネルギーのぶつかり合い。強い風が起こる。三笠が思わず目を瞑った時――やっと、『救世主』が姿を現した。黒い上着を翻して、白い長髪をたなびかせて、彼女は馬鹿四人に近づく。
「おい、舞桜、峻佑、晴、明」
間近で名前を呼んでも、気づかない。
「おい、なにやってんだ?」
華白は状況把握ができていないようだった――当たり前だ。普通に鍋づくりをしていて、どうしてこうなるのだろうか。
困ったような顔をして、四人の争いを傍観する華白。……舞花が、彼女に近づいて、こっそりと耳打ちした。
「実はお兄ちゃんとシュンさんが……」
話を聞く華白の顔から、みるみるうちに感情が消えていく。それは、はた目から見ている三笠から見ても怖いものだった……まるで、お化け屋敷の中にいるような、そんな寒気が背中を走る。
「……本物の馬鹿だな。あいつらは」
華白のため息に、三笠も頷く。
「あの、どうかおしおきしてください。……こんな人たちと、同じ所属の県だなんて、恥ずかしいです」
「ああ、わたしも、こんな奴らをまとめる立場にあるということが恥ずかしいよ。今すぐにでも『流』をやめたい」
華白の笑いが、怖い。
彼女は、ふと気配を消して、ネギを投げつけようとしているハルの後ろに立った。
「くらえっ、お前らの好きなネギだっ――!」
賀茂晴が、ありったけの怒りを込めて振りかぶったその瞬間――
夜鑑華白もまた、ありったけの力を込めて、彼の頭に拳骨を落とした。
ゴギャッ!
明らかに、してはいけない音がする。
「いってぇええええええ!」
ハルは頭を抱えて座り込む。アキが、弟の異変に気付く。しかし時すでに遅し。
華白は、もうアキの頭めがけて腕を振るっていた。
ゴギャッ。
「…………っ!」
さすが『流』。動きの俊敏さも、気配の消し方も、一流だ。
彼女の拳は、次に舞桜の頭に、そして峻佑の頭にも炸裂した。
鈍い音が四つ鳴った後――峻佑が床に倒れ伏した音とともに、台所には久しぶりの沈黙が訪れた。そして、舞花と三笠からの、割れんばかりの拍手。
華白は、照れくさそうに振り向いた。
「馬鹿四人組、討伐完了だ」
「「さすがです、華白さん」」
こうして、野菜を犠牲にし、鍋を壊し、家の中をめちゃくちゃにした四人は……。
泡を吹いて床に倒れることと、なったのだった。
このあと、ハルとアキと峻佑と舞桜が、こっぴどく叱られたのは言うまでもない。
◇◆◇
結局、その日の夕食は、峻佑の財布から出されたコンビニ飯になった。せっかく闇鍋――もしくは闇にしなくても普通の鍋パーティーの予定だったのに、鍋の底が抜けたせいで作れなくなったからだ。
コンビニ弁当を無言で囲む、女性陰陽師三人と、大きなたんこぶを作った馬鹿が四人。
「華白さん」
峻佑が消え入りそうな声で呟く。
「なんだ」
「このお弁当たち、高かったんですけど……県内会合の経費で落としちゃだめですよね」
「だめだ」
即答。
「お前は、二十一歳という立派な大人のくせして、馬鹿舞桜と一緒になって晴と明を煽った。その罰だ」
「……はい、すんません」
ハルが頭のたんこぶを触る。
「いってえ……」
アキは無言でご飯をかき込んでいる。
舞桜も、下を向いたまま箸を動かす。
華白と三笠と舞花の話し合いにより、今日は桜咲家に泊まり、明日それぞれ帰っていくことになった。なぜなら、鍋づくりのごたごたのせいで現在時刻が二十一時、夜遅くなってしまったからだ……その発端を作った四人には、今、基本的人権は無いと言ってよかった。
「舞桜。食べ終わったら風呂を沸かして来い」
「……はい」
「明、弁当のごみを片付けて分別しろ」
「……はい」
「晴、全員分の布団を敷いておけ」
「はいぃ……」
「峻佑、わたしの携帯電話を隣の部屋から持ってこい」
「イエッサー……」
そんなこんなで、桜咲家の夜は更けていくと思われたが……ここでまた、物語に新たな展開が生まれるのである。
ケロケロケロリン♪
ケロケロケロリン♪
謎のカエルの鳴き声らしき電子音が部屋に響く。峻佑が持ってきた、華白の携帯が鳴っているのだ。
「なに、今の着信音」
「舞花さん……もう、華白さんにはツッコまない方がいいかと」
三笠はそういいながら、華白の方へ目を向けた。
(なんの、連絡だろ……)
華白の白い指先が、通知を開く。すると……
『はぁい、全国の陰陽師の諸君。元気かな?元気だよね。うんうん、それは何より』
自動的に、一本の動画が再生された。そこに映っているのは、少し癖のある短髪に、まるくて分厚いレンズの金縁メガネをかけた男が一人だけ。深緑色の羽織が印象的な、和服姿をしている。年齢は三十代前半ごろに見えるが……この男は、誰だ?
三笠が首を傾げていると、華白がぽつりとつぶやいた。
「琴白星哉……」
どうやら知っている人のようだ。
三笠と華白と舞花が画面をのぞきこむ中、動画の男は朗らかにしゃべり倒す。
「急に動画を送り付けてすまないが、陰陽師諸君。緊急事態だ、できるだけ早く『祓』本部である出雲大社に集まっていただきたい。流を中心に、都道府県連携して、なるべく早急に集合だ。よろしく頼む」
それだけ言うと、男――琴白の動画は終わりを告げた。
舞花が華白を見る。
「今のって……確か『巴』の……」
「そう、今の祓の実質的リーダー・琴白さんだ」
華白の顔がしかめられる。
「緊急事態と言っていたな……何か、あるのか?」
「それより、できるだけ早く出雲大社に集合って」
「そうだな」
夜鑑華白は、その紫色の瞳に真剣な光を宿らせた。
「あの馬鹿四人組にも伝えてほしい。明日の朝、このまま出雲へ向かう、とな」
「「了解」」
天乃三笠と、桜咲舞花の声がそろった。
【県内会合編】 了
次章からは【出雲の祓会編】が始まります。




