036.自己紹介、そして
七人が、低くて広いテーブルを囲んで座る。お誕生日席には、千葉県を率いる『流』である夜鑑華白が座っている。彼女は、皆の顔を見渡してから口を開いた。
「今から千葉県県内会合を始める……とは言っても、そんなに堅苦しくないぞ。今日は自己紹介、というか顔合わせが目的だからな。気楽に行こう」
華白の言葉に、六人全員が一気に肩の力を抜いた。
「なーんだー。顔合わせ、だけかー」
「いつもこの時期の会合は、自己紹介だもんね」
「それとも晴は、何かあってほしかったのか?」
「いや別に、平和が一番ですけどねぇ」
「今回は、新メンバーも増えたことだし。改めてお互いを知るっていう意味でも、自己紹介、いいんじゃない?ね、ミカサちゃん」
峻佑の言葉に三笠が顔を上げると、彼ではなく、その隣に座っていたアキとバッチリ目があってしまった。
「あ」
なんだか気まずくなってしまい、アキと三笠はお互い目を伏せる。ハルはその様子を見て顔をしかめた……が、会合の進行を妨げるわけにはいかないと思い、何も口には出さない。
「じゃ、早速。わたしから自己紹介していこうか」
華白が立ち上がった。皆の目線が、彼女に向く。
「わたしは夜鑑華白。千葉県の『流』をやっている。今年で二年目だ。よろしくな」
彼女が軽くお辞儀をすると、その絹のような髪がサラリと頬にかかった。三笠がそれに惚れ惚れしていると……。
「えー、華白さん、それだけですか」
口を挟んだのは……意外にも峻佑だった。
「もっと自分のこと話したり、とか……。あっ和歌呪法を紹介でもいいし」
「確かにそうだな」
華白も納得して思案する。
「うーん、好きな飲み物は七味唐辛子で、和歌呪法は百人一首にもあるが詞花集の崇徳」
「ちょおっと待ったぁーーー!」
舞花が立ち上がって叫んだ。
「ん?なんだ、舞花」
「華白さん、今、好きな飲み物……」
「え、七味唐辛子だけど……」
それを聞いてアキが意味不明だという顔をし、ハルは首を左右に振った。
「七味って、粉状で珍しい飲料だよな。ぴりっとくるのも美味いし。なにか液体に溶かしてもいいしな」
満足そうに頷く華白を見て、もう誰もツッコまなかった。どうやら千葉県内トップの陰陽師は、七味唐辛子という調味料を、飲み物として摂取しているらしい。
「……ど、どうぞ続けてください」
舞桜が額に汗を浮かべながら、華白を促す。
「で、和歌呪法の話だが、わたしが使うのは『瀬をはやみ 岩にせかるる 滝川の われても末に 逢はむとぞ思ふ』という崇徳院の歌だ。詞花集に収められている。百人一首では七十七番だったかな」
宜しくお願いしますと再び頭を下げる華白。彼女を見て、三笠は思った。
(かっこいい、そしてきれいな人……だけど。七味唐辛子の下りはちょっと……)
おそらく、この場にいる華白以外の全員がその思いを抱いていただろう。
「じゃ、次は俺、桜咲舞桜です」
舞桜が片手を上げながら立ち上がった。それと同時に「キャッ、お兄ちゃん」という、どこかのブラコン陰陽師の呟きが聞こえた気がしたが、それは誰にも相手にされず虚空へと消えた。
「千葉県立柏高校一年生、部活はバスケ。えーと、好きな食べ物はお好み焼き。和歌呪法は平兼盛の『しのぶれど 色に出でにけり わが恋は ものや思ふと 人の問ふまで』……うん、これくらいかな。改めて、宜しくお願いします」
舞桜もペコリとお辞儀。それを見てハルとアキはそっぽを向いた。まだカモ鍋の件を引きずっているらしい。
「じゃ、次あたしー」
桜咲舞花が手を挙げ、自己紹介はどんどん進んでいく。
「桜咲舞花、お兄ちゃんと同じ学校で、部活は吹奏楽! 和歌呪法は伊勢大輔さんの『いにしへの』の歌。好きな食べ物はお兄ちゃんの作る料理全部! よろしく!」
舞花のブラコンぶりには、もう誰も口を出さない。舞桜もこの言葉を聞いて平然としているものだから、この兄妹は凄いなぁと、三笠は思う。
次の自己紹介が始まる。
「賀茂明、中学二年生。和歌呪法は後撰集出典・百人一首三十七番『白露に』。好きな教科は数学」
淡々と事務的に言うアキ。そこにハルがちょっかいをかける。
「アキ。部活は……?」
「……弓道」
「えーー!?」
三笠は目を丸くした。再び目が合う。気まずい……けど、ちょっと待ってほしい。アキって、弓道部だったの?
「まあ、あんま活動してないけど」
そのメガネ男子はそう言って座ってしまった。ハルの番が回ってくる。
「次俺だね、賀茂晴、中学二年生!部活はバレー、和歌呪法は紀友則『ひさかたの』です。古今和歌集だったかな……?あ、あと好きな」
「人は?」
ハルの言葉を意地悪く遮ったのは、アキだった。どうやらさっきの仕返しらしい。
「いやっ……?えっ?」
勝手に赤くなり戸惑うハルを、アキと舞桜はニヤニヤと見つめている。舞桜が言う。
「ははーん、なるほどね」
「何がなるほどだよ、舞桜!あとアキも口挟むなし」
ハルは軽く咳払いをして続けた。
「好きな漫画は『暗殺特急みやこ』!よろしく!」
恥ずかしさを隠すように、即座に思いついた漫画のタイトルだけを叫んだハル。彼のことをニコニコと見ながら、次に立ち上がったのは峻佑だった。
「佐々木峻佑です。千葉大学教育学部で数学を学んでいる二十一歳、好きな季節は秋かな。和歌呪法は百人一首一番の『秋の田の』」
「え、シュンさん先生になるの?」
舞桜の問いに、峻佑は笑いながら答えた。
「まあ、まだ決まってないけどね。教員免許取っておいたほうが、いいこともあるかなって」
「てか千葉大って、国立じゃないですか!」
「共テ頑張ってくれたんだよ、三年前の僕がね」
最後に、三笠の番になった。
「天乃三笠です!」
三笠は、なんとなく、転校してきたときを思い出しながら自己紹介をする。
「和歌呪法は安倍仲麻呂さんの『天の原』で、部活はテニス……とは言っても、活動日数少ないけど。あと、好きなアーティストはユキガクレさんです!」
「あー、ユキガクレね。俺も好きだよ」
「あたしも」
舞桜と舞花が頷いてくれた。
「後で語ろうよ、ミカサちゃん!」
「はい!」
その様子を見て、華白が満足そうな顔をする。
「うん、仲良さそうで何よりだ」
アキが小さく手を挙げて聞いた。
「自己紹介、一通り終わりましたけど、これで県内会合終わりですか?」
「そうだよ、終わり」
「じゃあどうして、身代わり式神を使ってまで……それって、会合が長くなるよってことじゃないんですか?」
「ふふふ……」
夜鑑華白が、妖しげな笑みを浮かべた。
「夜は長いのだよ……明」
アキの眼鏡がズレた。その額に汗が浮かんでいる。
「まっ、まさか……去年のアレをまた……」
ハル、舞花、舞桜、峻佑の顔がサッと青くなった。三笠だけが追いつけていない。
「え、去年のアレって……?」
「ふふふ、よくぞ聞いてくれた」
華白の唇の端がつり上がった。
「千葉県恒例、県内会合闇鍋パーティーだよ」
(……はぁぁぁぁぁぁぁぁあ!?)




