034.いざ、桜咲家へ
「県内会合……」
アキの目線がハルのスマホの画面に向かう。三笠もなんだかばつが悪くなり、アキから手を離した。
「いつ、どこでだ?」
ハルが通知の文章を読み上げる。
「できるだけ早く、桜咲家に集合。でも今から行くとなると、急すぎていろいろ都合が悪いと思うから、形代で身代わりを作ってから来るといいだろう」
「なるほど」
アキは、もう三笠のことなど気にしていない風に言った。
「その文の口調、絶対書いたの華白さんだろ」
「正解、よくわかったね……っていうか、こういう連絡をするのは流の仕事だから、そりゃそうなんだけどさ」
「とりあえず、桜咲家に行けばいいんだな?」
「だね。人のいないところまで出て、身代わり術式を使おう」
「了解」
ハルとアキは財布を取り出して、三笠の母の立つカウンターへと向かった。
「お会計お願いします」
「あらあら、三笠のお友達くんたち!今日は来てくれてありがとねぇ」
「いえ、こちらこそ、おいしかったです」
アキが律儀な受け答えをしつつ、ハルが二人分支払っている。
「ありがとうございました」
会計を終えた双子が、店を出ていくのを三笠はボーっと見つめていた。すると、ハルがドアの前で立ち止まって振り返る。
「ミカサー?行くよ?」
その声で、ようやく我に返った。
「……はーい、今行く」
三笠の中では、自分がヒメカを殺したという自責と、アキと喧嘩をしてしまったという後悔が、混ざり合って渦巻いていた。
しかもアキは、何も言わずにあっけなく言い争いを終わらせた。まるで県内会合のほうが、華白さんという人からの連絡のほうが、大事なんだという顔をして。
三笠のことなんて、気にしていないみたいに。
「まあ、いいか」
(向こうがそんな態度なら、私もアキのことを気にしなければいいのよ)
「ハル、待ってー」
私は明るめの髪色の彼を追って、夏の青空のもとへと飛び出していった。
◇◆◇
三笠の家の前の公園の木陰に、三人の陰陽師。
「はい、式神ちゃんでーす」
ハルが明るくそう言いながら、紙人形をアキと三笠にそれぞれ手渡した。ちゃん付けをして、おちゃらけた口調をしているのは、きっと場を和ませるためだ。
しかしそれは、悲しいことに全く上手く行っていない。
「サンキュ」
そう短く礼を言うアキも、
「ありがと、ハル」
そう微笑む三笠も、
お互い、全く目を合わせようとしないのである。
『式神術式 賀茂明の身代わり』
アキの声が、夏の空気に溶け込むように発せられた。あっという間に、彼の隣にはもうひとりの彼。
「ちょっ、アキ、フライングすんなよー」
少し頬を膨らませながら、ハルも両手に形代を載せる。
『式神術式・賀茂晴の身代わり』
それに被せるように、三笠の声もした。
『式神術式・天乃三笠の身代わり』
こうして、三人の中学生が複製された。彼らは、術の主が戻ってくるまで代わりに生活をしてくれるのだ。存在や活動を公にしたくない陰陽師にとっては、絶好の術式である。
隣に立つ、自分と同じ顔の姿かたちを見ながら三笠は考えていた。
(前にも同じような光景を、この公園で……)
ふと、思い出す。
(わかった、私の初任務――アオゲサ戦の前に、三人で式神術式を使ったわね、確か)
思えば、この公園がすべての始まりだった。
引っ越してきてまもなくの夜に呪鬼を見たのが、この公園。アキとハルと出会い、祓や陰陽師について説明を受けたのも、この公園。初任務の前にも再び集合した。そして今――県内会合に向かう三笠たちが、ここにいる。
(陰陽師になって、三ヶ月か……アキに「陰陽師やめたい」だなんて言っちゃったけど……謝らなきゃ)
さっきはヒメカの話を聞いて激高してしまったが、冷静に考えれば、アキの言葉も理解できるようになっていた。
三笠は、目の端でチラリと賀茂明を見る。メガネの奥の目に薄く冷たい光を宿らせている彼は、未だ三笠の方を向く気配はない。
(ですよね……さっき、本当に喧嘩しちゃったもんね……)
彼女の思いを知ってか知らずか、アキはパンパンと手を叩いて言った。
「んじゃ、身代わりもできたことだし、桜咲家に向かうか」
「おう、準備オッケーだぜ」
ハルが元気よく応える。その調子で続けて、
「それじゃあ、県内会合に〜、しゅっぱぁぁつ!」
と片手を大きく突き上げた彼に、三笠とアキから冷たい視線が送られたのは、また別の話である。
◇◆◇
桜咲家は、千葉県柏市の中心部から少し離れたところに位置する住宅地の中にある。行くとなれば、三笠たちの町から電車を乗り継ぐこと二十五分ほどの小さな駅で降りて、しばらく歩くことになるのだ。
「ねー、ハル」
電車の中で、三笠はハルの名前を呼んで聞く。
「なんで県内会合の会場が桜咲家なの?舞花さんと舞桜くんのお家ってことでしょ?」
「そうだよ」
ハルは頷く。
「桜咲家は、千葉県陰陽師の中でも古い家でさ。界隈では有名だしね。しかも家に『とある工夫』がされてるから、集まりやすいんだよねー」
「とある工夫……?」
「そう!」
眉をひそめた三笠に、ハルはただ微笑むだけ。
「着けばわかるさ」
そう言って、なかなか教えてくれなかった。
そして、駅から歩くこと十五分――。
天乃三笠は、閑静な住宅街の中に『桜咲』の表札を見つけた。
「みてみて!舞花さん家あったー!」
一人テンションを上げて手を振っている三笠に、ハルは苦笑いをする。彼の後ろには一定の距離をあけて歩いているアキの姿も見える。
「まったく、アキもミカサもあからさますぎるでしょ……」
もう桜咲家に着いた三笠と、自分のはるか後方を歩くアキを交互に見て、ハルは小さくため息をついた。
ようやく三人が、桜咲の表札の前に集った。表札の文字は可愛らしいポップな字体で書かれていて、外観を眺めてみても現代的な一軒家としか言えないような……つまり、普通の家だ。
「この家のどこが、『とある工夫』なのよ?」
けげんに思った三笠が、ハルの方を向いたその時。
『やあ。明、晴、そして三笠。着いたみたいだね』
どこからか、知らない声がした。
中性的な、ずっと聞いていたいような、どこか魅力的な声音。
『峻佑もいるぞー。舞桜と舞花……は、もちろんか。とにかく三人が最後だから早く入っておいで』
その声は、更に続けた……が、どこから聞こえているのかが一向にわからない。
「あ、の……あなたは、誰ですか?そして入るって、どう入れば……」
三笠が呟くと、その声は少し笑いながら謝った。
『これは失礼。家に張った結界を開け忘れていたようだ』
(家の結界……?)
首を傾げる三笠と、全て知っていますという顔をする双子の目の前に――白い光が、パアっと差し込んだ。
白く、少し紫がかった、淡い光。それが、桜咲家の家の玄関から漏れ出してくる。
美しいあの声音が、結界を解く術式を唱えた。
『解結界・崇徳の呪』
それと同時に、家の引き戸がガラガラと内側から開けられた。そして、瞼の裏で白い光が炸裂。その先に立っていたのは――――。
『君とは、はじめましてだね。三笠』
白く輝くばかりの髪をたなびかせた、黒いマントのスラッとした人物。その双瞑は、明るい紫色に煌めく。三笠は、その姿に一瞬で目を奪われた。
「かわいい」「かっこいい」というより、「美しい」ひと。「そこにいる」より、「そこに在る」という表現が似合うような佇まい――その人の名は。
『わたしの名は夜鑑華白。千葉県の流をやっている。よろしく頼むよ』




