033.ヒメカは姫華
「そもそも『眷属』って言葉は聞いたことあるかな?」
三笠は頷いた。
「うん。神様の眷属とかっていうよね」
「そう、それと同じ感じなんだよ」
ハルは続ける。
「神の眷属って言うと、神の使者を指すよね。例えば、稲荷神のお使いが狐だったりするように。それと同じで『大呪四天王』の『眷属』というと、彼らに近しい存在ってこと」
三笠は首を傾げた。
「つまり……ヒメカちゃんは、四天王の『白虎』さんの眷属だから……直接の、部下みたいな感じってこと?」
「そういうこと」
「アキとハルは、今まで『眷属』と戦ったことあるの?」
突然の質問に、驚いたような顔をするハルとアキ。
「あ、そんなのわからないか。向こうが名乗らない限り……もしくは今回みたいに知っている人が教えてくれない限り」
「まあ、そうだな。確かに陰陽師ずっとやってるけど……眷属と戦ったことはないかも。もちろん四天王とも」
ハルが答えてくれた。しかし、アキは難しい顔をしたままだ。
「アキ、そんな顔してどうしたの」
三笠が怪訝に思って聞くと、
「……なあ、天乃三笠」
アキが顔をあげて三笠の目を見つめてきた。その真剣な目線に、思わずドキリとする。
「……なに?」
「さっきの話だと、その呪鬼――早乙女ヒメカは、お前が声主であることを知って狙ってきたんだろ?」
「あ、うん」
そう、最初に大宮駅で声をかけられたとき……ヒメカは三笠のことを声主だと見抜いたうえで襲ってきたのだった。
三笠の返事を聞いて、アキは眉間にしわを寄せる。
「声主であるとはいえ、新米陰陽師たった一人のために、眷属を派遣してくるって……結構すごくないか」
「確かに」
ハルも気づいたようだった。
「大呪四天王一体につき、眷属って多くても三体くらいまでなんだ。白虎ってこの世で二番目に強い呪鬼……そんなやつの直接の部下を、ミカサのためだけに派遣したってことだよな」
「……天乃三笠」
アキが三笠の名を呼んだ。
「これからも気を付けたほうがいいかもしれない。呪鬼は本気でお前を狙ってるぞ」
呪鬼たちが、狙ってきている……早乙女ヒメカの強さを思い出すと、ぞっとする。
(――それでも私は)
三笠はキュッと拳を握りしめながら言った。
「みんなの笑顔を守るために、声主として、陰陽師として、頑張るよ」
そう頷いて見せた三笠に、ハルが調子よく声をかけた。
「よっ!さすがミカサ!」
「で、話を戻すが……三番目の階級、な」
アキがカフェオレを飲み干して、言った。
「これは、大したことないんだ。眷属未満の強さの、ただの呪鬼たち。人の姿をしているものもあれば、何か動物の姿をしているものもいる。あとは……天乃三笠、お前を初めて助けたときの呪鬼のような、本当に負の感情の塊だけのやつもいる」
「たぶん、ただの呪鬼だったらミカサ一人でも倒せると思うよ」
ハルが微笑んで言う。
「自分だけの和歌呪法、見つけられたんでしょ?しかもミカサには声があるんだし。最強じゃん!」
「いや……まだ、使いこなせないけど」
「なんだっけ、『天の原』?」
「うん」
そう、アオゲサ戦のあと、アキに自分の和歌呪法を早く見つけろと言われていた三笠が、選んだ和歌がそれだったのだ。遣唐使船に乗って唐へと渡った阿倍仲麻呂が、故郷を懐かしんで詠んだ歌――三笠の名の由来でもあったと聞き、迷わず選んだ。それが、幸運にも三笠に合っていたのだった。
「今は使いこなせなくても、そのうち慣れてくるだろ」
アキはそう言って、席を立った。
「ごちそうさま、おいしかったぞ」
「俺も、冷たいの食べられてよかったぁ」
ハルも続いて席を立とうとする。
三笠は、双子の素直な言葉を聞いて嬉しくなっていたが……。
「あ、待って。もう一つ、聞きたいことがある」
危ない、これを聞く前に双子を帰らせてしまうところだった。三笠は口を開く。
「あのさ、ヒメカちゃんが消える前にね『私には友達がいなかったから、羨ましい』って言ったんだ」
三笠は、当時のヒメカの表情を思い出し、やるせない気持ちになる。
「……それって、ヒメカちゃんを形作っている負の感情が混ざり合って出た言葉なのかなぁ。呪鬼って負の感情の塊なんでしょ?」
するとハルは「何言ってるの」と聞き返した。
「感情が混ざりあった? 違うよ、早乙女ヒメカの本心だろ」
「え?本心って? だからさ、ヒメカちゃんっていう呪鬼を形成している感情たちが合わさったのかなぁって」
「いや、違うだろ。早乙女ヒメカは聞く限り元人間の呪鬼っぽいから、たぶんそいつが人間だった頃、友達がいなかったんじゃないかな?」
「え……?」
しばらく沈黙が落ちた。
「ちょっと待ってよ、呪鬼ってマイナスな気持ちが塊になったやつのことじゃないの?」
「確かにそういうやつもいるけど、それだけじゃない。元人間のやつもいる。最初の頃に話さなかったか?」
アキがため息をつく。
「呪鬼に取り憑かれる――つまり、負の感情に支配されるとそいつも呪鬼になってしまうって、話しただろ? 現に今回の村雨霧花も危なかったんだろうが」
三笠はフリーズした。
「え、まって……」
「なんだよ、ミカサ」
「じゃあ私達は、元々人間だった人を、殺したってこと?この世から跡形もなく消したってこと!?」
「まあ、そういうことになるな。強さから見て、その呪鬼……人間のときの名をそのまま名乗っているとすれば『早乙女姫華』は呪鬼になってから百五十年は経っていそうだが」
そう言ってのけたアキに、三笠は掴みかかった。テーブル越しに胸ぐらを掴まれた彼は、ぎょっとしたような顔をする。
「どうして!?どうしてそんな平気な顔していられるの?」
(ヒメカちゃんは百五十年近く前を生きていた普通の女の子なのかもしれないんでしょ?それで勝手に取り憑かれて、呪鬼になっちゃって、……それを私達は、殺した?)
「そんなん、人殺しと一緒じゃん!」
ここは三笠の家の喫茶店内。声の大きさは慎んでいるが、三笠はアキとハルを、そして自分を責めるような口調で続けた。
「元人間だったって。しかもあんなに哀しい顔でこの世を去らなきゃいけなかったなんて……。私達がヒメカちゃんを殺したんだ……!」
「おい、言い方」
アキが、まだ彼の服を掴んでいる三笠に冷たい視線を放った。
「人殺しじゃない。アイツらはもう、人間じゃないからだ。人、環境、天気――すべてに害を及ぼす悪鬼だ。滅して何が悪い」
「でもそんなの、どう考えたって、元人間である以上人殺しに違いないでしょ!」
「だから違うっつってんだろ!呪鬼は元人間であろうと、負の感情の塊であろうと、一緒なんだ。僕たちはそれを祓う……命をかけて」
「命をかけて、人殺し?陰陽師って犯罪者だったのね」
「は?お前、陰陽師に対して何てこと言うんだ!」
「そっちこそ、人殺しをよく続けていられるわね。ごめん私陰陽師やめたいかも」
睨み合う賀茂明と天乃三笠。
彼らの瞳はお互いを掴んで離さない。
「今更なんなんだよ、天乃三笠。自分でやりたいって言ったんだろーが」
「そっちこそ、呪鬼が元人間だなんて、ちゃんと知らせなかったくせに」
アキの眼鏡の奥の目が歪んだ。そして、口を開く。
「お前ごとき、声主じゃなかったら……」
『はーい、ストップ!』
兄の言葉を遮ったのは、弟――ハルだった。
「アキ、それ以上言うな。ミカサも落ち着いて」
「落ち着いてなんかいられるわけない」
三笠は彼を睨むが、ハルは受け流す。
「はいはい、それより、ほら見てよ」
ハルがスマホの画面を二人に向けた。
「県内会合のお知らせ、だって。早く行かなきゃ」




