001.天乃三笠の朝
「みーかーさー?
さっさと起きなさいよー」
誰かが布団をバシバシと叩いてくる。シャッ、とカーテンが勢いよく開けられる音がした。ベッドの横の窓から差し込む朝日が、天乃三笠を否応なく照らす。
「うーん……」
眠い目をこすりながら上体を起こした。枕元に置いてある目覚まし時計は、六時ピッタリを指していた。
「あれ、お母さん……まだ六時でしょ? もう起きなきゃだめ?」
「何言ってるの。今日は新しい学校に行く初日でしょう。先生に挨拶とかしなくちゃなんだから、早く行かないと。ほら、三笠、起きなさーい」
二度寝しようとした三笠を母は再度たたき起こす。仕方なく三笠は学校へ行く準備を始めた。
◇◆◇
「じゃあ、いってきまーす!」
諸々の準備を終えた三笠は、玄関で靴を履く。そしてリビングにいる母と父に向けて声を張ると、ドアを開け外に出た。
「えーっと、学校は……どっちだろ?」
先日、通学路の下見をしたときのルートを思い出しながら歩き始める。――と、そのとき、三笠を背後から呼び止める声がした。
「三笠! ちょ、ちょっと待ちなさいよ三笠ったら!」
背後から息を切らしながら追いついてきたのは、母だった。よそ行きの格好をして、少し緊張している素振りを見せている。
「お母さん?」
「お母さんだって、先生方にご挨拶しなきゃでしょ。初日は一緒に行くって言ったのに」
「あれ、そんなこと言った?」
三笠はキョトンと首を傾げる。母は続けて言った。
「ちょっと前に言わなかったかしら? ほら、こっち来た日の夜くらいに」
「引っ越してきた日の、夜……」
記憶を遡り、思い出そうとした三笠の顔が曇った。母が顔を覗き込んでくる。
「あら、どうしたの? なんだか顔色悪いわよ」
心配そうな母の顔を目の前にして、三笠はハッと我に返った。慌てて笑顔を作り、首を左右に振る。
「う、ううん。なんでもないよ。あはは、お母さんがそんなこと言ってたの、覚えてなかったなーって」
「ほんとに? 体調悪かったりはしない?」
「気にしないでよ、なんでもないから」
本当に心配そうにする母に若干の戸惑いを覚えながら、三笠は大丈夫だと言い続けた。
「そう……困ったことあったらなんでも言いなさいよ。転校で不安も多いでしょ」
「分かってるよ。ちゃんと言うから。だから、私は大丈夫だって」
半ば撥ね付けるように言い、母を黙らせる。
そう、母を心配させてはいけない。ここで――この新しい地で、何事もなく、上手く生きていかなければならないのだから。
三笠は、隣を歩く母にチラッと目をやった。そしてまた前に視線を戻し、心の中で溜息をつく。
――お母さん。すごく心配してくれていたけど……本当の理由なんて言えるわけないよ。
スクールバッグを持つ手を無意識に握りしめる。脳裏に浮かび上がるは、あの夜、自室の窓から見えた禍々しい黒い影の残像。
――引っ越してきた日の夜、家の前の公園にアレが居ただなんて……絶対に。