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ハマスの誤算とイスラムの戒律の意味

作者: 一色強兵

日本人から見て、何とも表現しようが無いのが今のパレスチナ情勢だ。

軍事力の力比べということでは、もう誰がどう評価してもイスラエルの圧勝状態である。

イスラエルは相手の個人名を特定した敵に対し、それこそピンポイントでの殺害を計画している、ということは、一か八かのリスクは一切冒していないところで戦闘を継続しているという意味だからだ。


常識的な戦争なら、とっくの昔に国民の犠牲を減らすためにも、ハマスは降伏すべき状況にある。


現実は、人質解放交渉なるものが存在していて、それがある故に停戦もままならない、という非常にわかりにくい状況になっている。

より正確に言えば、人質解放を条件にハマスが望む停戦をイスラエルが拒否し続けているのである。

もっと違う言い方をすれば、いまや人質の存在をイスラエルは利用して、戦闘を止めさせないようにしている、というのが実態に近い。


ハマスがいきなりイスラエル領に不法侵入し、人質を取ったのは、彼等なりの成功経験があってのことだと思う。

ここで言う成功経験とは、対異教徒戦でのイスラムの優位性に関係したことだ。


マホメットがイスラムを創始した時、彼はどうやって遊牧民を味方につけ、異教徒に対抗しようとしたのだろう。 その答えこそがイスラムの戒律なのである。


宗教的、哲学的なことはよく分からないが、少なくとも軍事理論としてイスラムの戒律を読み解くと、こんなことは言える。

戦争において勝利者になるためには、敵の数が味方よりも早く少なくなればいいということであり、それ故により多くの敵を殺しているわけだが、それをもっと効率的にするには、男よりも女をたくさん殺せばいいということになる。子供を産めるのは女だけなんだから。

逆に自軍については、女は敵からもっとも遠い安全なところに置き、子作りに専念させろ、ということになる。

マホメットが争ったのは主にキリスト教徒やゾロアスター教徒だったはずで、ディアスポラで故地を離れたユダヤ教徒はもういなかったかもしれないが、とにかく、基本一夫一婦制を取る相手だったのだろう。それに対し、公式に4人までの妻帯を認める一夫多妻と、女性の就労禁止は、戦争における勝利の方程式にバッチリハマるのである。

つまり男の動員率は爆上がりするだろうし、後背地では、こどもの集中生産を行うことで抵抗を敵以上に長く継続できる体制が確立するからだ。


五度にも渡る十字軍がなぜレコンキスタ(故地回復)に失敗したかと言えば、まさにこのマホメットの仕込んだイスラムの戒律に隠された勝利の方程式にあったのである。


家族を残し、単身で軍隊に参加した十字軍将兵の志気がいかに高かったとしても、そして最初の第一撃で、首尾良く故地回復が図れたとしても、世代を刷新しながら、延々と抵抗を続けるイスラムに勝利するのは難しかったのだ。

これがハマス幹部の信じていた成功体験である。


が、ネタニアフ政権を作るイスラエル強硬派は、そんなに甘い相手ではなかった。

イスラエルは1960年代からイスラムとは何度かの中断を挟みながらもずっと戦ってきているのだ。

イスラムの事情や考え方など今のイスラエルからすれば全てお見通しだったのだ。

そしてこの世界で、表世界のルール、裏世界のルールにどこよりも精通している国でもある。


イスラエルはハマスが表沙汰にしたくない情報を逆に利用したのである。

そう、決して明らかにされていなかったパレスチナの一般住民とハマスの定義だ。

暗殺、英語でアサシネーションという言葉はイスラムの遊牧民アサシン族に由来した言葉だ。

暗殺はイスラムのお家芸のようなものであり、もともとイスラムでの戦闘は卑怯上等というところがあったのだ。


が、現在有効と考えられている国際法では、戦争とは正規軍同士が交戦するものであり、正規軍と認められるためには、公式に認められた軍服の着用やらなんやら、かなり細かい規定をクリアしていなければならない。

イスラムの常識とは真逆である。

なのでハマスの戦闘は、最初からそんなものはガン無視しているのは自明で、テロ、犯罪上等という戦いを繰り広げてきたのだ。

イスラエルも結局その流儀に則って、要人暗殺作戦なんかに手を染めてきたわけだが、やり方を覚えればそれをエスカレートさせる点では、どうやらマホメットが想定していたイスラム以上のようだ。


とにかくハマスの戦闘員はまともに姿を現すような戦いはしないと思った方がいい。

となればである。ハマスの正規兵という存在はそもそもどんな姿をしているのか誰も知らないということと同義ということになる。

これはすなわちハマスが女性兵士や少年兵の存在を否定も肯定もできないことになる。


イスラエルの表舞台の世界に対する主張は首尾一貫して、ハマスの殲滅である。

それはつまりパレスチナ全住民がハマスであったとしても貫かれるという意味だ。


ハマス幹部からすれば、イスラエルがハマス殲滅をそこまで徹底するとは考えていなかったのだろう。

女性子供をターゲットにしても、道義上の責任以上を問える条約は存在していない。

基本的人権なるものは、世界全体では、まだ確立し、保証された権利にはなっていない。

もっとも、自分からそれを狙いました、などとイスラエル自身が表明することもないわけで、結局は水掛け論から一歩も動かないのだ。

結果、戦闘はイスラエルの望み通りに進行しているというのが今の状況だ。


ハマスとしては、意図的に女性子供のグループと戦闘部隊を一緒にすれば、イスラエルは絶対に手を出せないと考えていたに違いない。なぜなら十字軍はそういう存在だったからだ。

が、ナチスとヒトラーに、それこそ年齢性別お構いなしに大量殺戮された経験を持つユダヤ人に、それは通じなかった。

むしろ、ハマスのこの戦術を逆手に取り、積極的に女性を減らす作戦をとることに決めているようだ。


国際社会に対し、ハマスはイスラエル軍の非人道的戦闘行為を非難するように再三求めている。が、肝心のイスラム諸国でも足並みが揃っているとは言いがたい。アメリカと欧州主要国がまさに人質を取ったことでハマスを敵認定している、ということが一番大きいが、ハマスの裏の計算が透けて見えていたということも少なからずあるようだ。


つまりはイスラエルをハマスは舐めすぎていたのである。


ハマスは世代戦争を仕掛ければイスラエルはやがてこの地から立ち去ると踏んでいたが、それは見込み違いだったのである。


それにしても、ここまでして相手を排除したいという思いはどこから来るのだろう。


一八世紀、イギリス・フランスがこのあたりに進出して今の中東諸国の原形が誕生したわけだが、この中東地区にある国々の国境線はやたら直線が多い。これはもともと、遊牧民ばかりで、定住した民がほとんどいなかったからと考えられる。

部族長のいる部族はたくさんいたが、彼等は土地にヒモ付けられた存在では無かったのだ。数多くの部族が、放牧するヒツジとラクダを追い、北へ南へと自由に移動している、という世界だったのだ。


だから国境という概念が必要とされなかった。いや国境だけではない。地名こそあったが、正確にある地点を指し示す意味での住所の概念が導入されたのは割と最近のことだ。

マホメットがイスラム教を通じ、遊牧民に与えた世界というのは遊牧民が自由にどこにでも行き来できる世界の実現だったのである。そして土地が生み出す資源は共有財産のように扱われる。

この地域に油田がたくさん存在するのはまさに神の絶妙な配置としか思えない。

アメリカの油田のように、私有財産とされることは無く、基本原油収入は国家収入だ。

とにかく、特殊な例外を除き、遊牧民はどこにでも行けるし、その土地の所有者の持つ占有権は、遊牧民が持つ通行権と土地に存在する水や動植物を得る権利を上回れないのである。


私が1980年代にサウジを訪問していた頃でも、ある遊牧民の部族は、季節によって、南はイエメンから北はシリア辺りまで移動する生活を送っている、などと言われていたから、そもそも地図の上で引かれていた国境線は遊牧民の実生活の上では、全く機能していなかったのである。


そういう目線でイスラエルという国を見れば、柵で土地を囲い、畑を作り、部外者の侵入を一切許さないのが当たり前という遊牧民には到底受け入れがたい国だ、と見えたとしても頷ける。

たぶん、根源的な意味での争いの根っこはこの土地に対する考え方の差なのである。


アフガニスタンで食料供給を改善するために、灌漑設備を整備し、畑を整備していたペシャワール会の中村哲さんが、イスラム急進派に殺害された理由も、おそらくこれだ。

遊牧民から見ると、沙漠のような放牧地は神聖なものであり、遊牧民が入れない土地を作ることは反イスラム的ということになるのである。


農耕民族の常識では推し量れないところにあるのが、イスラムなのだ。


そう言いながらも、産油国や、トルコやインドネシアなど、もはや遊牧民が国民の大多数ではなくなった国では、異教徒とのいさかいも押さえられている。


これにはもう一つ別な側面がある。

それは宗教指導者の存在だ。

イスラムにはスンニ派という主流派とシーア派という非主流派がある。

宗教の教えの話は私には無理なので、そこはすっ飛ばして、もっぱら組織特性だけに目を向けると、シーア派には、キリスト教のカソリックのような教皇的指導者を頂点とした官僚機構があるのに対し、スンニ派の方はキリスト教のプロテスタント同様、官僚機構は存在しない。

そしてハマスに呼応し、あちこちでトラブルを作っているイエメンのフーシ派、レバノンのヒズボラ、シリアのIS、そしてイラン、いずれもシーア派なのだ。

つまりイスラム教というよりも、イスラム教をネタに作り上げた一大官僚機構こそが、トラブルメーカーになっている、という方が実態に近い。

イスラム教徒の戒律はいろいろと厳しいらしく、自分のことでも自由にならないことだらけらしいので、そういうことも相まって、エンドレスウォー化しているのである。


何にしても、神に奉仕しろ、なんていう宗教はやっぱり好きにはなれないし、距離を置いた接し方をしておいた方が何かと面倒にならなくていいと思われ。




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― 新着の感想 ―
イスラム世界の疑問が少し解けました。面白い話をありがとう。要望ですが ウクライナとロシアの関係やxxスタン諸国について読んでみたいです。
[一言] ISはシーア派ではなく、一番近いのはサウジアラビアではないかと思いますが……
[一言] ペシャワール会の伊藤さんが殺害された際に出された犯行声明がまさにそれで、地形を改変する様な工事を行う欧米式の協力は教義に反する。今後は誰であれ同じ様な事をするものは許さないってあったのに、日…
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