007.守られた人と守りたい人
「グッドタイミング、これはこれは、小室先生、お帰りなさいませ」
毛利先生はスッと頭を下げる。
「丁寧なのはいいことだ。それより泉先生を病院へ連れて行く。校長先生にこのことを報告しておいてくれ」
「かしこまりました」
「ねぇちゃん!」
僕は目を閉じたままのねぇちゃんに駆け寄る。
「死んじゃいないよ。意識はないがな」
血塗れのねぇちゃんを見て僕は血の気がひく。
特にお腹のあたりからの出血が酷かった。
病院に着き、手術室の前に座るまでのことはあまり覚えていない。
とにかくねぇちゃんのことだけを考えていた。
「下を向いて深く考えるのは杏ちゃんのよくないところ…だよ」
横に座って、いつものように話してくれる翔子だったが言葉に元気がない。
「死ぬわけないさ、ねぇちゃんが死ぬわけない」
自分に言い聞かせるように翔子に話してみせた。
10分もしないうちに手術室のランプが消えた。
「ねぇちゃんは!?」
出てきた白衣の人物に怒鳴る。
「ここは病院。怒鳴るのは感心しません。それに医者の私にあたったところで結果は変わりません」
「…え…じゃあねぇちゃんは…」
今の僕は過去一番顔が青かっただろう。
「大丈夫です。一命は取り留めました。意識はいつ戻るか分かりませんがね…」
「…そう…ですか…」
ねぇちゃんが死ななかった安心と意識が戻っていない悲しさが入り混じって変な感情だ。
僕はその場に座り込んでしまった。
不思議と涙は出なかった。
ねぇちゃんは病院に入院することになった。
意識が戻らないのだから当然だ。
ベッドに横たわるねぇちゃんのそばに、僕と翔子、小室先生は座っていた。
「小室先生がねぇちゃんを助けてくれたんですか?」
「そうだ」
「ねぇちゃんをこんな風にしたのは「異教」のメンバーなんですか?」
「そうだ」
「ねぇちゃんが「教会」の人だからこんなことになったんですか?」
「そうだ」
「そうだそうだって、先生は!他人だからそんなよそよそしい態度なんですか!?」
「…そうだ」
殴りかかろうとする僕を翔子が止める。
「落ち着いて杏ちゃん、小室先生が…小室先生がお姉さんを助けてくれたのよ」
僕は怒りの矛先を失い、力なくうなだれる。
「今日はもう帰りなさい。明日も学校だろう」
小室先生の言葉に僕は必死に反抗する。
「ねぇちゃんがこんなことになってるのに「明日も学校だろう」だって!?いい加減に…」
「さいた、さいた、チューリップのはなが」
小室先生は静かに歌い出した。
一輪の赤いチューリップがねぇちゃんの脇に添えられる。
「私は大雑把らしいからな…泉先生にこれくらいしかしてあげられない」
「だが、君は、君たちはどうだ?命懸けで泉先生が守ったその君たちは、どう生きる!?」
小室先生は喋るのをやめない。
「君たちは、何か言葉を託されたんじゃないのか?何か意思を託されたんじゃないのか?」
僕はハッと、あの言葉を思い出す。
「譲れない教科を一つ、それだけで守りたいものを守れるから」
ねぇちゃんは言葉通り教科を使って僕を守ってくれた。
それなら僕は…僕は…
「小室先生、僕はねぇちゃんを尊敬しています」
「そうか」
「小室先生、僕は力が欲しいです。みんなに守られてばっかりの僕だけど、今度はねぇちゃんをみんなを守れるだけ強くなりたいです」
「そうか」
「僕は…強くなれますか…?」
今度は涙が頬をしたたった。
「君次第だ。ちゃんと学校に通い、「教科」の理解を深め、強くあるよう意思を持つんだ」
「海崎、泉を送ってやってくれ。私の力を敵に見せているから敵ももう容易には学校周りに手出しをしないだろう」
「わかりました、失礼します」
翔子に手を引かれ、僕は病室を出た。
病院を出たところで僕の方から翔子の手を放す。
「…もう大丈夫、大丈夫じゃないけど」
「そういう素直なところは杏ちゃんのいいところ」
茶化すように翔子が言う。
普段は何にもまっすぐな翔子だが気遣いに関しては一流だった。
幼馴染だからわかることでもあった。
「翔子、僕は決めたよ」
「何を?」
「教会に入る」
「…言うと思った。どうせ「お姉さんの意思を継ぐ」とかカッコつけようとしてるんでしょ?」
バレバレだった。カッコつけようとしたわけではなく本心だったのだが。
「でもいいと思うよ。守りたいんでしょ?お姉さんを」
「うん、今度は、僕が。守られるんじゃなくて守りたいんだ。それにねぇちゃんだけじゃなくて、僕みたいな人をたくさん守りたいんだ」
「…そういうところが杏ちゃんの格好いいところ」
翔子が何か喋ったが僕には聞こえない。
「え、何って?」
「ううん!なんでもない!お姉さんもとりあえず命は無事だし、杏ちゃんの目標も決まったし。しっかり明日に備えて寝るんだよ?」
「ほどほどにしとく」
「じゃあまた明日ね、ちゃんと学校に来るんだぞ!」
「わかってるよ、送ってくれてありがと」
「…ただいま」
両親は海外にいるため出迎えてくれる人はいない。
僕が出迎える人も今日いなくなってしまった。
ベッドに横になって考える。
ねぇちゃんがあんなことになってしまったのは言葉にならないくらい悲しい。
でもねぇちゃんからは言葉を意思を託された。
…待っててね、ねぇちゃん。
次にねぇちゃんが目を覚ました時にはねぇちゃんをみんなを守れるくらい強くなっててみせるから。
そう思い込んで気弱に笑い、僕は眠りについた。
不思議と涙はとまらなかった。
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