005.逃亡と決意
「……いて」
「目を開いて前を見る!」
その声と同時に身を開ける。
そこには明石に背をむけ、僕たちを守るように両手を広げているねぇちゃんの姿があった。
「逃げるのよ!」
「無理だよ!周りはすでに火の海、逃げ場なんてどこにも…」
「私が作るから、ね」
ねぇちゃんは笑っていた。
でも僕は知っている。この笑い方をするときのねぇちゃんは隠し事をしてる。
「わかりました、杏ちゃんを連れて行きます」
翔子が僕の手を握って話す。
「絶対、絶対連れて行くから、だから、お姉さんも帰ってくるって約束してください」
「ええ、もちろん。杏介のことお願いね」
「譲れない教科を一つ、それだけで守りたいものを守れるから」
そう言うとねぇちゃんは明石の方を向き、
「春は、あけぼの。やうやうしろくなりゆく山ぎは、すこし明かりて、紫だちたる雲の、細くたなびきたる」
業火の中に光が刺し、道ができる。
先ほどの熱波が嘘のようだ。
「さあ、走って!早く!」
「で、でもねぇちゃんは…」
「大丈夫!ほら早く!」
翔子が僕の手を引き走る。
「100m走!」
そう言うと光の道をぐいぐい進み、ねぇちゃんが見えなくなる。
「翔子!やっぱり戻ろう!ねぇちゃんを助けないと!」
「だめよ!今私たちが行ってもお姉さんの足を引っ張るだけ。それに…お姉さんから杏ちゃんのこと「お願い」って言われたから。」
「言ったでしょ?私が杏ちゃんを守るって」
何も反論はできなかった。
僕は助けられてばかりだ。
ねぇちゃんに助けられ、翔子に助けられ。
「ほら下向かない!そうやって考え込むの杏ちゃんのよくないところ!」
「…わかってるよ」
僕は前を向いて走り出す。
「早く警察に行こう!このことを知らせないと!」
「…待って、相手は異教なのよ?知らせるならもっと頼りになる人の方がいいわ」
それは確かにそうだった。
だけど、警察より頼りになりそうな人って…
「小室先生よ!授業で見たでしょ、あの異能!きっと助けてくれるわ!」
いやでも事件は警察に頼るべきじゃないだろうか、一刻も早く…ねぇちゃんが心配…
「考えるより行動!ほら行くよ」
翔子が手を引く。
僕たちは学校へとルートを変え、走り出した。
「2人には逃げられてしまいましたか。ですが、私の目的はあなたなんですよ」
「わかってるわよ。だからあなたほどの教科の使い手からでも2人を逃がすことができた」
みずきは明石から目線を外さない。
2人の走る音がしない。もう遠くまで、明石の手の届かない場所まで行ったに違いない。
「…全く、自分の身より心配なことがあるんですね、不思議なものです」
「わからないでしょうね、守るべくものがないあなたにはっ」
みずきは明石との間合いを詰める。
自分の教科の力で炎が一瞬でも消せたことから、間合いを詰め、消えた瞬間を狙う方が勝算があるとよんだのだ。
「白き灰がちになりて、わろし!」
読み通り炎が消えた。ここだっ!
つららを無防備な明石に突き刺そうとした、その瞬間、
「ガスバーナー」
…一瞬何が起きたのかわからなかった。
だが、突き刺されたお腹の痛みが起こったことを理解させる。
撃ち抜かれたのだ。炎のレーザーのようなもので。
「全く、仮にも私は異教、理科の「主任」でしてね。あなたのような人に負けるはずがないんですよ」
視界が霞む…杏介はちゃんと逃げられただろうか。
私はちゃんとあの子を守れただろうか。
薄れゆく視界に中でそんなことを思った。
「まだ生きていますね?よかった。殺す気で撃ちましたが生きていて大変助かります。あなたを連れ帰り、教会のことを聞き出すとしましょう」
明石が瀕死のみずきに手を伸ばした。
「………?」
が、掴めない。
体が一瞬にして消えたのだ。
「かーってうれしいはないちもんめ」
「…これは…一体!?」
ハッと辺りを見回すと、自分が発火した炎が消え、満天の星空が広がっていた。
「キラキラ光る、夜空の星よ」
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