035.ねないこと女心
23時、つまり就寝時間だった。
宿舎に小室先生からの放送がかかる。
「23時だ。速やかに寝るように。もし寝ていない場合はどうなるか保証できない」
いや、こえーよ。
そこは教員として安全だけは保証してくれ。
「当然枕投げするっしょ!?」
これは快斗の元気な声。
「僕は早く寝たいんだが。やるなら静かにやってくれ」
これは眠そうな二谷の声。
何も喋らないのは僕。
君ら頼むから早く寝てくれ。
僕はこの2人と相部屋だった。
だいたい3人でどうやって枕投げするんだよ。
「ほら、いくぜ?」
快斗が枕を振りかぶった瞬間、
「早く寝ろ」
バタンとドアが開き小室先生が怒鳴る。
「ウィッス」
おい、さっきまでのせっかちで元気な声はどこへ消えた?
二谷にいたってはもうすでに布団に潜り込んでいる。
「ちぇー」
と、快斗も布団に入った。
よしよし、これで抜け出してもバレないな。
だけど一応、
「ねないこだれだ」
僕は小声でそう言うと、僕の身体は半透明の幽霊状態になる。
これで壁もすり抜けられるしバレはしないだろう。
綾華さんの「shadow」を見て思いついた技だった。
自分が幽霊になる以外にもいろいろ応用が効きそうだ。
僕は小室先生にもバレず(多分ね)、部屋を抜け出しカレーを食べた場所へと向かった。
「杏ちゃん、きてくれたんだね」
「!?」
僕は驚く。
まだ幽霊の状態は解除してないのになんでわかったんだ。
「よく僕だってわかったね」
「幼馴染なめないで」
幼馴染こえーよ。
「大事な話なんだろ?そりゃ死んでも来るさ」
翔子は改まって、話を切り出した。
「私ね、異教からスカウトうけたの」
「……え?」
告白ではないと思っていたがこれは予想外すぎた。
ねぇちゃんを意識不明にまで追い込んだ異教。
そこから翔子がスカウトをうけるなんて……。
なにから言葉を発したらいいか、頭の中をぐるぐる回していると、
「あ、でも安心して、ちゃんと断ったから」
よかった。
いや、そういうことじゃない。
でもとりあえず異教と接触した翔子が無事でほんとによかった。
その後、翔子からスカウトを受けたときの詳しい様子をきいた。
「あの明石が話しにきたのか!?」
「そう、それで絢辻ちゃんと絢辻ちゃんのお母さんに助けられたわ。正直、頭の中ぐちゃぐちゃになっちゃってたからほんとに助かったの」
そんな大事な話だったとは。
「でも話を聞いている限りだと、気になるところはとりあえず二つだな。一つは翔子をまたスカウトに来るかもしれないってこと。もう一つは明石の言っていた別の目的だな」
「もー、ちょっとは私のこと心配してくれてもいいのよ?そういうところ杏ちゃんのよくないところ」
いや心配したって。
言葉にしていないだけで、まじほんとに。
「でも単純に考えたら「別の目的」ってやっぱり他の人をスカウトしにきてたのかな?」
「杏ちゃん、山頂には私と絢辻ちゃん以外は全員いたのよね?」
「ん?んー多分?小室先生が来てないのは絢辻と海崎だけって言ってたからね。あの人が間違えることはそうないと思う」
「じゃあ私以外をスカウトするのって時間的に無理じゃない?」
「あ、確かに……。じゃあ別の目的ってなんだ?」
「まあ、考えてもわからないものは諦めようよ、それに」
「それに?」
「異教にスカウトされて私にはそれだけの素質があるんだって不謹慎だけど少し嬉しかった」
ほんとに不謹慎だよ、とは口に出さない。
「それでその力を教会のメンバーになってみんなを守るために使いたいの」
「じゃあ翔子も教会試験を?」
「受けるって屋上でも言ったじゃない、私本気よ」
「そっか」
その後はなんとなく黙って満点の星空を二人で眺めていた。
「星、綺麗だね」
「月が綺麗ですねって言葉じゃないのが残念よ」
おい、翔子、言葉の意味わかって言ってんのか?
翔子に顔を見ようとよっこを向くとプイッとそっぽを剥かれた。
やっぱり女心はわからない。
24時を少し過ぎた頃、僕たちはそれぞれ部屋に戻った。
僕は珍しく翔子のことだけを考えながら眠りについた。
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