002.風と文学
菅原の行動は早かった。
「…何もしないの?そんなわけないっしょ」
「…っつ!?」
目で追うよりも先に菅原は目の前にいた。
このスピード…菅原が異能を使って移動しているのは明らかだった。
「今度はその体吹っ飛ばすからね」
おいおい、痛いことはしないんじゃなかったのかよ。
菅原は素早く距離を取りそう話しかける。
落ち着け、明らかにスピードが増してるんだ。
考えられる教科は…理科の速度を操っているか、保健体育の短距離か…
そんな感じで思考を巡らせていると、
「風速…5m!」
菅原から吹く強い風が僕を突き飛ばした。
決まりだ。菅原の教科は「理科」!
そして風を使ってるんだ。
風に乗って菅原が飛んでくるのがわかる。
それなら…
「羅生門っ!」
「ってーな!なんだこの門!?」
とりあえず僕の異能の発動を確認。
なるほど、羅生門は確かに門は小説に出てくるけど、異能にはこう反映されるわけね。
当然の成り行きだった。申し訳ないが僕はあまり羅生門に思い入れがない。
一度読んだ程度では小説の髄まで反映されないわけね。
僕は芥川さんにはなれないらしい。
「門が出てくるってことは「技術」で門を作ったってことっしょ?それなら門ができる前にそっちに行けばいいだけのことっしょ!」
また菅原が目の前に姿を表す。
風を作り出すには言葉にする必要があるけど自分が動くには口に出さなくてもいいわけね。
これも「教科」の特性だろうと僕はまた思考を巡らす。
「国語」は言葉の力。口に出さなきゃ始まらないはず。
「暗夜行路!」
瞬間、僕と菅原の視界が暗む。
が、すぐに視界が明るくなり、ものともせずに菅原が突っ込んでくる。
くそ、もっと志賀直哉を読んでおくべきだった…。
「その程度じゃ俺は止まらねーぜ!」
そっちがその気ならその勢いを利用させてもらおうか。
「こけろ!」
僕がそう言うと、ものすごい勢いそのまま菅原がつまずき、地面を滑る。
なるほど、動詞の力ってのも使えるわけだ。
でも思い入れがあるかと言われたらないし、なんなら相手が動いてなきゃ使え無さそうだ。
「…なかなかやるじゃんか。「技術」でそんなこともできるんだな!?」
こいつ…まだ勘違いしてやがる。
せっかちにも程があるだろ!?
「でもそれじゃ風は避けらんないっしょ!風速10m!」
「避けてばっかりじゃねーさ!見てろよ…」
「ハードル走!」
次の瞬間、僕と菅原のちょうど真ん中にハードルが設置された。
菅原の風によってハードルは吹き飛んだが、僕と菅原の意気を沈めるには十分すぎる効果があった。
「もう…どっちもやりすぎ!怪我したらどーするの!?」
翔子が腕を組んで明らかに怒った顔をしている。
「その通りだ。それは友達を傷つける道具ではない。守るための「手段」だ。それを忘れるなよ?」
小室先生も呆れ顔でこちらに話しかけてくる。
いや、見てたなら止めてくれ。あんた先生だろ?
小室先生の大雑把すぎる性格を恨んだ。
「まあいいじゃないか、海崎!結果的に喧嘩?は収まったわけだし、どちらも怪我をしていない。双方、教科の力は十分に確認できただろう?」
「はい!」
「一応は…まあ…」
元気のいい菅原と曖昧な僕は対照的だった。
「では全員集合!」
む、どうやら10分たったらしい。
あのまま続けてても僕怪我しそうだったしありがたいか。
「使ってみてわかったと思うが、君たちの教科の力は不十分だ。その教科を理解もしていない、していても練度が足りない、思いが少ないなど力は自分次第で増減する。日々使い方を鍛錬するように!」
「はい!」
大概のクラスメイトは皆元気よく答えた。
自分が教科を使えるようになったのが嬉しいのだろう。
でも僕の思考は別のところにあった。
何のために?何のために教科を使うんだろう。
「まーた怖い顔して考えてる。杏ちゃんのよくないところ!」
「…そう言う翔子は楽しそうだな」
「もちのろんだよ!自分の想像以上に体を動かせるって最高!」
全力少年、いや全力少女だな…
「守るために使うんだよ」
「え?」
「お姉さん言ってたじゃない。「譲れない教科を一つ、それだけで守りたいものを守れるから」って」
「翔子は何でもお見通しだな」
「幼馴染舐めないでよね!」
翔子は笑ってそう言った。
それ以降の授業を受けながら、僕は自分の教科について考えていた。
知っている小説の名前をイメージしながら言葉にするとイメージは出てくるが、それ以上のことはない。
作品自体が「異能」となって動いてくれるにはねぇちゃんの枕草子みたいに相当の思い入れがないと無理だろう。
「こける」のような動詞はワンポイントでは使えるが主戦力として考えるにはどうも思い入れが少なすぎる…。
国語で、僕の好きなもの…か。
「まあ、ありもしない対「教科」戦のこと考えててもなぁ」
「そーだね。教科の力を測定する機会はあっても人に向けて使う機会はなかなかないっしょ」
「だよなぁ…って、おい。人の思考に勝手に入ってくるな」
「いや、途中からダダ漏れだったし…」
漏れてたらしい…これでは僕が完全に変な人だ。
「俺は菅原!菅原快斗。快斗って呼んでくれよな!」
「僕は泉杏介。呼び方は何でもいいよ」
変な人だったおかげか高校生活二日目、初めての友人らしい会話だった。
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