010.関数と門番
「…盗み聞きなんて悪趣味じゃない、二谷君?」
「気づかなかった君たちにも非はあるのでは?」
翔子は慎重に、二谷は冷静に話す。
「いやなに、偶然にも興味深い話をしていたから僕も混ぜてもらおうと思ってね」
明らかに嘘だった。
学校を出て病院にも寄っている僕たちを「偶然」だって?おかしい。
「二谷も都市伝説みたいなの好きなの?」
僕も翔子と同じく少し警戒しながら…一歩踏み込む。
「異能レベルはそうかもしれないけど、スカウトの話は都市伝説なんかじゃないさ」
「なぜわかる?」
「僕の兄がスカウトされたからね」
一瞬思考が止まる。
スカウトされただって?
じゃあ、翔子が聞いた話って…事実?
いやまだ分からない。
二谷が嘘をついている可能性もある。
しかし、妙に真に迫る雰囲気があった。
次は何を聞くべきだ…と言葉を選んでいると、
ヒュン
と、僕と翔子の間を何かが吹き抜けていった。
「かまえなよ。次は…当てるよ?」
明らかに二谷からの宣戦布告だった。
僕と翔子は身構える。
「やっぱり。臨戦態勢になると良くわかる。教科の授業でも見てたけど、君たちは他の人より教科を使いこなせそうだね」
どっかの奇術師かよ。
「y=x²!」
二谷が叫ぶと弓のようなものから光が放たれる。
さっきは不意に攻撃され、避けられなかったが、今度は意図的に避けなかった。
攻撃を見極めるためだ。
!!…見えたっ!わかったぞ、二谷の能力が!
「ホームラン!」
翔子が光弾を弾き返す。
「ちょっと、杏ちゃん、急にぼーっとしないでよ!?」
「ああわるいわるい、二谷がどんな能力か見てただけだよ」
「二次関数…だな?」
僕たちに向けて弓形のグラフを作り、その頂点から光弾を放つのが見えたのだ。
「ご明察。関数はいくらでも応用がきく。さっきのは君たちに頂点を向けただけさ」
いや、怖いわ。
中学の時あれだけ嫌いだった点Pの方がいくらかましに思えた。
「ほら、どんどんいくよ」
まるでボウガンのように光弾が飛んでくる。
おいおいおい、かまえなしであんなの連発できるのかよ。
反則だろ。
泣き言を言っていても始まらない。
「くっ…50m走っ!」
翔子なんて、連発できるのを悟って、バットで弾き返すのではなく、避ける選択をしていた。
切り替えが早い。
僕はというと、
「羅生門!」
僕の前に門が立ち上がる。
…とりあえず光弾は防げる!
一発一発の威力はそんなに高くはない。
連発できるのはそれ以上の脅威だが。
「避けたり防いだりしているだけか?」
くそ、余裕ぶりやがって…今に見てろよ。
僕は、光弾を防ぎつつ、二谷が決定打となる攻撃を繰り出すのを待っていた。
二谷は自分の力を教科名である「数学」ではなく「関数」と言っていた。
二次関数が連射できる銃のような性質をもつなら、おそらく…
「羅生門!羅生門!羅生門!」
くそっ、これじゃ僕は門番みたいじゃないか。
『羅生門』あんまり深く読んでないんだよ。
「次で決めるよ」
二谷がさっきとは違い、手を僕へ向かってまっすぐ伸ばす。
「x=y!」
瞬間、僕へ向かって一筋の光が伸びる。
…きたっ!光弾がやんで、攻撃が一点集中になるのを待ってたぜ。
「その声は我が友李徴子ではないか」
剣のようなその光は虎となって僕の目の前で停止した。