丁々発止
紫苑が閉じ込められて、はや一週間。今日も今日とて食事を摂り、身体を鍛え、眠るだけの生活をしていた。いや、しようとしていた。
そんな紫苑のもとに大公デュボワと孫娘のロメリアが訪ねてきた。後ろにはグレンダ他何名かが控えている。誰も彼もが神妙な面持ちであった。それを訝しむ紫苑。
紫苑とデュボワは面識がない。しかし、紫苑はかの老人がロメリアの祖父であることを見抜いていた。緊張が走る。紫苑は思わず、刀の柄に手を伸ばそうとしていた。
「ふっふっふ。そう警戒するでない。ロメリアの祖父のデュポワじゃ。この度は孫娘を助けてくれてありがとう。其方のお陰じゃ」
そう言って頭を下げるデュポワ。デュポワは貴族だろうと平民であろうと下民だろうと頭を下げて感謝することのできる貴族だ。頭を下げるのは、ただである。また、面子を必要とする場面でもない。
紫苑もロメリアの祖父と理解してから警戒を解いた。彼は報酬を支払いに来たと思ったのだ。実際、デュポワは報酬を支払いに来た。しかし、その報酬内容は彼が想像していたのと異なっていたのだが。
「感謝は別にしなくて良いぜ。オレも慈善事業で行ったわけじゃないからな。さ、報酬を支払ってもらおうか。内容は孫娘さんから聞いているんだろ?」
「そのことなんじゃがな。報酬は別のものになった」
「は?」
開いた口が塞がらないとはこのことだろう。別のものとは一体何か。お金では無いことは確かである。しかし、紫苑が欲しいのはお金なのだ。
「其方への報酬は領地と爵位じゃ」
領地と爵位。紫苑は領地はまだ良いと思っていた。土地は売ることが出来る。しかし、爵位は要らないと思っていた。あんなもの、足枷にしかならないと。
爵位も売ろうと思えば売れるのだが、今回は紫苑の一代限定の爵位である。これでは爵位も売れない。つまり、紫苑に報酬を支払いたくないと暗に伝えているのだ。帝国も吝いことをする。
「待て待て待て。聞いていた話と違うじゃねぇか!」
思わず殺気を放ちながら睨み付ける紫苑。グレンダが二人の前に立ちはだかった。しかし、紫苑は二人に対して叫ぶのを止めない。
「ロメリアが報酬は望むままにって言ったから助けたんだ! だというのに、報酬を勝手に変えるだと!? ふざけるのもいい加減にしろよっ!!」
「抜くんじゃないよ! 抜いたらアンタを殺さなきゃならなくなるからね!」
グレンダが警告する。ロメリアは怯えて腰が抜けてしまったようだ。目には涙を浮かべていた。それと同時に紫苑に恐怖を覚えていた。
味方であったときはあんなに心強かったのに、敵に回った瞬間、心臓をぎゅっと無理やり掴まれた思いがした。ロメリアにとって初めての経験であった。
また、恐怖のあまりドレスが濡れてしまっている。対してデュポワは飄々としていた。これくらいの修羅場、潜り抜けてきたに違いない。
紫苑も馬鹿ではない。ここまでの激昂は見せかけである。こちらが怒っているということを明確に表示しようというのだ。
平民の紫苑が抜けば死罪は免れない。それは紫苑も理解している。しかし、それを理解しているのであれば、怖いものはない。ロメリアくらいであれば道連れに出来るだろう。そうとも思っていた。
「そうカッカするな。短気は損じゃぞ。想定とは違うかもしれんが、出来る限り望みは叶えてやりたい。シュティ家から大金貨を二百枚支払う。新たな領地運営も補助しよう。どうじゃ、それで手を打たんか?」
優しく紫苑を見つめるデュポワ。紫苑は怒りが収まらないのか、デュポワに対し殺気を放つばかりだ。ただ、このままでは話は進まない。紫苑は深呼吸を三度、静かに行う。
「ふーっ。大金貨二百枚と金貨五枚で手を打とう。それからオレが住む家を建てろ。新築でな。それから当面の衣食住の世話もだ」
深呼吸をして冷静さを取り戻す。厭味ったらしくたった金貨五枚を追加要求した。それでも金貨五枚は大金だ。もらえるなら貰っておきたい。
先程の激昂はこの時のためと思ってもらって良いだろう。条件を吊り上げるための演技なのだ。もちろん、演技ではなく本物の怒りも多少は含まれているが。
冷静に考えれば大金貨二百枚は日本円にして二億円だ。アーリーリタイア生活も夢ではない。新築の住居も貰えるのだ。冷静になって考えれば悪い話ではないのである。冷静になって考えることが出来るのであれば、の話だが。
「わかった。それも呑もうじゃないか」
デュポワが紫苑の条件を承諾する。デュポワとしてはもう少し吹っ掛けられると思っていたようだ。この返答をもって紫苑は殺気を解いた。それを聞いて紫苑が後悔する。もっと吹っ掛けて置けば良かったと。
「交渉成立だな。で、オレはどうすれば良いんだ?」
「叙爵式がある。その恰好ではよろしくないな。それに礼儀作法もある。今すぐ服を仕立てて礼儀作法を学んでもらうぞい」
「うげ……。もちろんその金も爺さんに持ってもらうからな」
貴族となる以上、礼儀作法は避けて通れない。この世界で生きていくのならば、覚えておいて損のない技術だ。
覚えの悪くない紫苑ではあったが服の仕立てと礼儀作法の習得に更に一週間を費やしたのであった。
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