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杜撰な逃亡劇

 シオンはセルジュからの報告を聞いて熟慮する。今、相談に乗ってもらえるインは居ない。ここに居るメンバーで何とかするしかないのだ。


「決めた。出撃することにする。ココは居るか!?」

「はいさ!」

「明日の夜、オレたちの部隊は出撃する。皆に用意をさせろ」

「かしこまり!」


 出撃の周知はココに任せてシオンは考えを巡らせる。目的は二つ。手勢の三百人を無事に帝都まで逃がすこと。それから王国軍を混乱させることだ。


 シオンは外に出る。どうやら風は東南から吹いているようだ。そして思い浮かぶ。火を使おうと。まず、全員で城門を出てから東に抜けてから南に下る。


 その間、シオンだけ戻って天幕に火を放つのだ。それをどうやってやるか。シオンが弓の名手ならばそれで良いのだが、如何せん弓は扱える程度である。それならば弓を上手く扱える者にやってもらった方が良い。


「お前たちの中で一番弓が得意なのは誰だ?」


 シオンは外で見張りをしている孤児兵の一人に声をかけた。その孤児兵は応えた。「セルジュです」と。ここに来てセルジュの名前が上がるとは思わなかった。


「セルジュを呼んできてくれ」

「はい!」


 孤児兵が駆け出していく。シオンは朧気ながらどうすれば良いのかが頭の中で纏まってきた。こちらが使えるのは兵士三百名と馬一頭。これで何とかしろという方が馬鹿げているのだが。


「シオン閣下、お呼びでしょうか」

「ああ、セルジュか。お前は弓が上手いらしいな。そこで、こんな作戦を考えてるんだがどうだ?」


 シオンはセルジュに耳打ちする。それを聞いたセルジュは小さく頷いた。彼は出来ると見ているようである。シオンはそれを見て覚悟を決めた。


「あの……」

「なんだ?」


 セルジュがシオンに声を掛ける。セルジュは気になっていたことを思い切って聞いてみることにした。


「どうして、ボクのことをそう信じてくださるのですか?」

「オレがお前を信じると決めたからだ。それでもし、お前が裏切ったとしてもオレの見る目が無かっただけという話だ」


 そう言ってシオンはセルジュの頭を乱暴に撫でた。お前が気にすることではない。そう言っているような気がした。それだけでセルジュは心が救われるようであった。


「この策もオレが立てたものだ。もし、失敗したとしてもお前は気にする必要はない。気楽にやれ」


 シオンはそれだけを言い残して立ち去って行った。そう、シオンはそこまでする義理は無いと思っていたのだ。


 そして決行の夜。月は隠れており、辺り一面が暗闇と化していた。シオンは三百人の配下を集め、作戦を説明する。


 まず、孤児兵たちは一目散に帝都へ向かって走り抜ける。恥も外聞も何もかも、かなぐり捨てて逃げ去るのだ。先導はココ。彼女が居れば後はインが何とかしてくれるはずだ。


 百人の老練な傭兵たちは王国兵を攪乱させた後に蜘蛛の子を散らすよう、バラバラに逃げる手はずだ。傭兵たちに報酬を支払う。彼らとはここでお別れである。


 そしてシオンは馬に跨り、後ろにセルジュを乗せて天幕目掛けて走り抜ける。そして天幕を燃やし尽くした後、馬に乗って逃げるつもりだ。


「さあ、行くぞ」


 まずは百人の傭兵が飛び出していく。そして場を混乱させたのち、孤児兵たちが走り出した。最後にシオンが馬に跨って飛び出す。それと同時に城門が閉められた。もう、後戻りはできない。


 馬の腹を蹴るシオン。見る見るうちに加速していく。去年まで馬が乗れなかった人だとは思えないくらいの上達ぶりだ。人は必要に駆られると上達するのだろう。


「セルジュ、任せたぞ!」

「はい!」


 シオンは馬を操ることに集中する。セルジュが矢に火を灯せば居場所はバレてしまうのである。怖いのは弓による反撃だ。セルジュもそれを理解しているので、矢に火を灯したら素早く射放つ。


 王国軍は上を下への大騒ぎであった。それもそうだ。傷病者の天幕が燃やされているのだ。放置はできない。それらを産水の魔石を使って消火しようと試みるも火の回りがはやく間に合わない。


 セルジュは次々と天幕に火を放って行った。それを見てシオンは自身の策が上手くいったことにある種の快感を覚えていた。しかし、その時だった。


 王国兵の放った矢がシオンが駆る馬の臀部に命中してしまったのである。嘶く馬。投げ出されるシオンとセルジュ。ここは敵地のど真ん中である。


「ちぃっ。セルジュ、ここは撤退だ。あの森の中まで走れ!」

「は、はい!」


 シオンとセルジュは森をめがけて一目散に走り出す。後ろから迫りくる王国兵。王国兵がシオンとセルジュを目掛けて矢を放つ。しかし、闇夜だ。当たりはしないが焦らされる。


 森の中に逃げ込んだシオンとセルジュ。王国兵は手に松明を持って二人を追いかけてきていた。どうやらシオンはセルジュを逃がして自身は時間稼ぎの囮になるようである。


「セルジュ、早く行け! 無事に帝都まで戻るんだぞ!」

「は、はい!」


 セルジュは自分も残ると言おうとした。しかし、直ぐにその言葉を飲み込んで走り去った。自分が足手まといになると理解できたからだ。シオンはそれを見て刀を抜く。


 久しぶりの刀だ。硬化の魔石を埋め込んでいるため、少しくらいの無茶ならば出来ると考えたようだ。続々と王国兵がシオンのもとに集まってくる。


 シオンには勝算があった。森の中だ。視界も遮られ、木々が邪魔をする。一斉に襲い掛かることは出来ないはずと目論んで居たのだ。そして、その推測は当たっていた。


「死にたいヤツから掛かって来いよ」


 人生で一度は言ってみたい言葉ランキング上位に入るであろう言葉をシオンが言い放つ。不安定な足場が続く中、自分がしっくりくる足場を探して少しずつ歩を進める。


 ここだ。


 踏ん張りがきく位置を見つけると、シオンは刀を抜き、正眼に構えた。後ろと右には大木がある。気を付けるのは正面と左のみ。これならば、やれる。


 切っ先を小刻みに揺らし、リズムをとる。王国兵の一人がシオンに向かって槍を叩きつけてきた。そのシオンはというと、相手の槍の口金の下を切り落とし、そのまま胴を横薙ぎにする。


 その鮮やかな手捌きに王国兵は圧倒され、怯んだ。自分たちでは勝てないと本能的に察していたようだ。そんな王国兵に渇を入れる男がいた。


「なにをしておる! 一斉に掛かれ! ここに居る全員で襲い掛かるのだ!」


 その声に従い、王国兵が一斉に槍を振り上げる。流石のシオンもこれでは分が悪い。しかし、シオンは槍という武器の特性を熟知していた。


 槍が振り上げられた瞬間、シオンは王国兵の懐に潜る。王国兵に近づいたのだ。そして無防備な王国兵の首を刈り取って回った。首周りが鎧が無く無防備なため、首を突くか、刎ねて回るのが効率の良い殺し方なのである。


「そんなとこで喚き散らしていないで、お前が掛かってきたらどうだ? それとも自信がないのか」


 シオンが挑発する。しかし、王国兵の指揮官であろう男はシオンの挑発には乗らない。それであればシオンは挑発し続ける。王国兵の士気を落とすためだ。


「おいおい。自分が敵わないからって手下を嗾けるなよ。自分だけ無事なら手下の命は使い捨てても良いってか?」


 シオンのこの言葉で王国兵に動揺が走る。指揮官は自分たちの命のことなんか考えていないんじゃないかと。いくら指揮官が喚き騒いでいても王国兵の動きは鈍い。


 シオンはこれ幸いと踵を返して逃げ出した。後ろから指揮官の叫び声が聞こえる。しかし、王国兵たちの動きは振るわないようであった。


 上出来の活躍だろう。シオンは走り逃げ去りながらそう思う。何はともあれ無事に城を脱出することが出来た。目指すは帝都。あとは仲間の無事を祈るだけである。

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