嵐の予感
【東暦 一〇〇六年 二の月 七の日】
数日間、押しては引いての戦いが続いた。シオンのいる右翼は優位に事を運んでいた。それもこれも初日に正騎士長であるアルチンボルドを仕留めたのが大きかった。しかし、シオンは攻勢に出ることはなかった。
全体の趨勢が見極められなかったのだ。そのため、自分の被害を極力減らすべく、シオンはブオーノ男爵軍との睨み合いに徹していた。それでも三百で五百を抑えているのだ。褒められてしかるべきである。
シオンにとって大切なのは戦に勝つことではない。部隊の被害を減らすことである。
「今日も決着付かなかったっすねぇ」
ココが引き揚げてきたシオンに向かってそう言う。シオンは「ああ」と短く返事をするばかりであった。どちらかがこの状況を打破しない限り、消耗戦は続いていくだろう。
どうすればこの状況を打破できるだろうか。シオンは考えてみる。しかし、彼には何も思いつかなかった。いや、思いつくまで考えようとはしなかったのだ。
別にシオンが思いついたからと言って実行できるわけじゃない。それが彼の思考力を削いだのだろう。疲れているというのもある。
もし、これがインであれば打つ手を複数提案していただろう。しかし、彼女はここに居ない。シオンが何とかするしかないのだ。そう思ったとき、シオンの陣幕を一人の騎士が尋ねてきた。
「シオン=バレラード卿はどちらに?」
「ここだ」
シオンが手短に反応する。騎士がシオンを視認すると一枚の書状を手渡して立ち去る。どうやらまだ回らなければならない場所があるらしい。
封蝋を割って中を読み進めるシオン。そこには朝、陽が昇りきらぬうちに強襲をかけると記載されていた。ご丁寧にホランド将軍のサインまで添えて。
シオンはすぐさま全員を集めて朝駆けの用意をさせる。今の時刻はおよそ午後七時。午前三時に出ると考えても七時間は眠れる計算だ。
ただ、気を付けなくてはならないのが王国軍も同じことを考えていた場合である。その場合、どちらが先を取るかが重要になるのだ。万が一、王国軍に夜討ちでもされてみろ。大敗が決まってしまう。
しかし、休息を取らなければ満足に動くことはできない。悩んだ挙句、シオンは全軍で休息をとる方に舵を切った。もし、王国軍が攻めてきたら諦める。
「ココ」
「はい? え、ちょちょ」
シオンは部下に指示を出すと剣と刀を頭もとに置き、ココを抱き枕にして毛布に包まった。これは何かあった際、ココだけでも連れて逃げようというシオンの防衛策だったのだ。
そうとは知らず、どぎまぎするココ。覚悟するもシオンの寝息が後ろから聞こえてきた。結局、ココは脳が追い付かず一睡もできずに日付を跨いだのであった。
シオンは時間よりも早く目が覚めた。どうやら夜討ちは仕掛けられなかったようだ。ココと目が合う。なんだか彼女は少しだけ疲れているように見えた。
「大丈夫か?」
「……っす」
「まあ、緊張するのも無理はないが、休める時に休んでおけよ」
このシオンの一言にココは海よりも深いため息を吐いたのであった。
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