始まりは突然に
【東暦 一〇〇五年 三の月 一の日】
あるところに男と女が居た。男は腰に剣と刀を佩いている。黒々とした髪に幼い顔つき。しかし、その表情にはやる気が感じられず、道端の木陰に寝転んでいた。
女はというと、短剣を脇にほっぽり出し、女も女で木陰に座り、面倒臭そうに長い栗色の髪を弄っている。女も男と同じようにやる気は感じられなかった。いや、やる気が無いのではない。やることが無いのだ。
「暇ねぇ」
「暇だなぁ」
会話はそこで止まった。暇なので何かするという思考には至らないようだ。彼らは金も無ければ職も無い。宿も無いし、その日に食べるものも無いという始末である。
そろそろお金を稼がなければ。二人とも頭では理解しているのだが、いざそうなったときに行動に移せずにいた。お金がない程度の理由では二人の心は揺さ振れないのである。
そんな二人の前を馬が走る。一人の少女を乗せて。乗馬に慣れていないのだろう。豪華なドレスを身に纏ったまま、馬に必死にしがみ付く少女。一刻でも早く何処かへ遠ざかりたいのだろうか。
それから数十秒の後、複数の男が馬を走らせ二人の前を通り過ぎた。そして察する。この男たちは先に通った少女を追いかけているのだと。男が言う。
「面白そうなことが起きてるっぽいな」
「どうやら只事では無さそうね」
二人は顔を見合わせる。男がニヤリと笑うと女もそれに反応した。男が起き上がり、すぐさま駆け出す。女は剣を担ぎ、弓に弦を張ってから男の後を追った。
「この道を真っ直ぐ行ったってことは、だ。三叉路にぶつかるはずだ。右と左、どっちに進むと思う?」
「右だね。左は大きな石の砂利道だからね。馬に任せているのなら右の坂道のダートの方を選ぶってもんさ」
「同感だ」
二人は彼女たちは三叉路の右を選ぶと推測した。同じ道を追っても人間の足と馬の足とでは速度が違い過ぎる。到底追いつける速さではない。なので、右の道を選んだのだと信じ、近道をすることにしたのだ。
馬が走っている緩やかな斜面とは違い、急斜面をひた走る二人。彼らを突き動かすものは一つ、何か面白そうなことが起きていると言う好奇心だ。
「どうだ、先回り、できたか?」
「さあてね、私にも、わからない、わよ」
二人とも肩で息をして手を膝に当てて屈んでいる。急斜面をダッシュしたことが相当堪えたようだ。その甲斐あってか、遠くから馬の足音が響いてきた。それを見て女が矢を番える。
「あのお嬢様に肩入れするってことで良いんだよね?」
「もちろん。強者に肩入れしたところで、何の面白みもないだろ?」
少女をやり過ごし、後続の男どもに狙いを定める。確実に少女と男どもの距離は縮まっていた。女は隠れて矢を二本放つ。その片方が男の一人に命中した。男は力なく落馬する。
「ほら、乗って追いかけるよ」
「へいへいっと」
「良い加減、アンタも一人で馬に乗れるようになりなさいよ」
「オレの世界では馬なんかよりももっと良い乗り物があったんだよ」
「へえ。それは何て言うんだい?」
「それはな、おん――どわっ!」
軽妙な掛け合いをしながら男と女が男から奪った一頭の馬に乗る。どうやら男は一人で馬に乗れないようだ。しかし、一頭の馬に二人で乗っているのだ。速度は出ない。
だが、それで良かった。このまま進むと遅かれ早かれ少女は男たちに捕まるのだ。二人はそこに乱入しようという考えのようである。
「いや! やめて! 放して!」
「五月蠅いっ! 大人しくしろっ!」
そして案の定、少女は捕まっていた。男どもに囲まれ、無理やり手を引かれて拘束されそうになっていた。それを見た女は静かに矢を番える。そして男にこう述べる。
「ちょっと手綱を頼むよ」
「いや、だからオレは馬は……はぁ、わかったよ」
「ヘンなとこ触るんじゃないよ?」
女の腰に抱き着いていた男の手が手綱を握る。その手はなんだかおぼつかない。しかし、どうして良いのかわからないのだから仕方がない。そして女は矢を放つ。
その矢が真っ直ぐ飛んでいく。弓なりなんて言葉があるが、あれは嘘だ。ただただ目標を目指して真っ直ぐ飛んで行った。少女の手を握っていた男の肩に当たる。そしてそのまま男と少女は落馬した。
「ちょ、おま……女の子に当たったらどうするんだ!?」
「そん時はそん時。あいつらのせいにしてズラかるだけさね」
少女を追っていた男どもの視線が二人に集まる。残っている男どもは四人。一人二人ずつ斃せば丸く収まる話である。男は刀ではなく剣を抜き、そのまま男に斬り掛かった。シミターのようなやや湾曲した剣だ。
「何者だっ!」
「そんなん、どうだって良いだろ? 早くしないと大事なお姫様が目覚めて逃げちまうぞ」
男は煽る。どうやら心理戦を仕掛けているようだ。そして、その男の目論見は的中していた。男どもは確実に焦っていた。それもそうだ。面相も割れてしまったのである。
男と女は彼らが誰か知らないのだが、男どもは面相が割れ、少女に逃げられそうになり、挙句の果てには邪魔されているのである。焦り、苛立たない訳がない。
「おいおい、心を乱したら負けだぜ。負けって言うのはな、つまりは死だ」
男は相手の剣をはじくと返す刀、いや返す剣で脇腹を切り裂く。そしてもう一人、上段から斬り掛かってくる男を乱暴にヤクザキックの要領で蹴り飛ばした。
「おーい、そっちは大丈夫か?」
男は女に声をかける。その女はというと既に一人を弓矢で射殺していた。そしてその弓矢を捨て、距離を詰めてきたもう一人の男に対し、短剣を振るう。
男は大丈夫そうだと判断し、自分の相対している相手に集中する。片方は奇襲で斃した。もう一人は実力で斃さなければならないのだ。肩の力を抜いて相手の出方を伺う。狙うは後の先だ。
先程も述べた通り、時間的優位は男にある。痺れを切らした相手が男に斬り掛かってきた。バックステップで躱す男。彼我の間合いをしっかりと把握しているのだ。
そしてそのまま一閃。相手は腕を切り落とされ、呻き声を上げながら倒れこんでしまった。これで勝敗は明確である。女も相手を突き殺し、死体となった男どもの懐から財布を取り出していた。
「さてと、まずはお姫様を起こすとするか」
男は少女に近寄る。そして頬を何度か叩き、少女の覚醒を促した。まつ毛が長く顔が小さい。百人いたら百二十人が美人だと答えるだろう。好みかどうかは置いておくとして。
「……んっ」
少女の目が開く。そして男と目が合った。その瞬間、少女が激しく暴れ始めた。どうやら捕まったと錯覚を起こしているようであった。
「いやっ! 放してぇ!」
「落ち着けって! 別に獲って食ったりはしねぇよ。むしろ助けてやったんだぜ?」
男が少女を手放す。少女は動転している気を落ち着かせようと必死だ。そして男と女が手を出してこないことを確認してから、今現在の置かれている状況を把握することに努めた。
「どうだ。現状を理解したか?」
「……は、はい。どうやらお助けいただいたようですね。ありがとうございます。御礼を申し上げます。しかし、何故私を助けてくださったのでしょうか?」
少女は尤もな質問を男に投げかけた。そして男も男で本心を包み隠さずに述べる。
「助けた時の見返りが大きそうだからだ」
優勢や勝勢の陣営に与しても褒美は多くない。しかし、劣勢や敗勢の陣営に与し、そこから逆転劇をしたらどうだろうか。褒美は多くなるものである。
それに彼女の身なりが如何にも令嬢ですと雄弁に語っているのだ。追われている。助け出す。褒美をもらう。これは男の頭の中で必然の流れとして組み上がっていた。
「そ、そうですか。貴方たちの助力には感謝しております。しかし、今の私に差し出せるものはそう多くはありません」
「それはわかっている。どうすればオレが褒美をもらえるのか、それを今から話し合おうじゃないか」
今ここで寄越せ、いや無い袖は振れない、いいから寄越せと押し問答をしても時間の無駄である。それであれば褒美をもらえる環境を構築するのが先だと男は考えたのだ。
「私を最寄りの街まで護衛していただきたいのです。御礼は望むままに。どうか」
頭を深く下げる少女。男はその少女の肩を叩き、二つ返事で承諾した。悪くない報酬である。そして何よりもワクワクする。それが彼を突き動かしていた。
「契約成立だ。オレの名は紫苑。千住渡紫苑だ。まあ気軽に紫苑と呼んでくれ」
「わかりました、シオンさま。私は……」
少女の言葉が詰まる。どうやら名乗るべきかどうなのか悩んでいるようだ。それだけやんごとなき家柄の少女なのだろう。しかし、意を決して口を開いた。
「私はロメリア=デュ=シュティと申します」
ロメリアが意を決して告げた名前なのだが、紫苑にはその名がピンと来ていなかった。割って入ったのが紫苑の女房役であるアンバーであった。
「アンタ、デュ=シュティって言ったらシュティ大公家の身内ってことじゃないか!」
そう言われても紫苑にはピンと来ていなかった。大公というのだから偉いのだろう。それくらいにしか思っていなかったのである。
だが、実際は大公家は代々、帝国の摂政もしくは宰相およびそれらに準ずる要職を司る家系である。そして、現在の当主は齢七十を過ぎており、子は早世してしまっている。残されたのは孫娘のロメリアだけなのだ。
アンバーは感じていた。この問題に首を突っ込み過ぎると、それこそ突っ込んだ首が胴体から離れてしまう。そんな予感を。アンバーは紫苑を呼び寄せる。
「本当にあのお嬢ちゃんを街まで送るのかい?」
「乗りかかった船じゃないか。このままだと骨折り損のくたびれ儲けだぞ」
「何言ってるかわからないけど、逃げるなら今のうちだよ。そしてアタシは逃げる」
紫苑とアンバーはロメリアの手助けをしてしまった。敵対した人間を殺めてしまっているのだ。逃げるのであれば、今である。アンバーはそう言いたいのだ。
「こんなチャンス、滅多にないぞ?」
「だったら一人で頑張るんだね」
紫苑はロメリアに協力する。アンバーはロメリアに協力しない。二人はここで袂を分かつことにした。偶々一緒に行動していただけだ。利害が一致しないのであれば別れる。所謂、ビジネスの関係なのだ。
「こいつらの金は山分けってことで。じゃ、アタシはここまでだ」
「おう、今までありがとな」
なんともあっさりした別れである。紫苑は表情を変えず、死体からお金以外の金目の物を漁っていた。そして貴金属の類を懐にしまってロメリアのもとへ戻ってきた。
「さ、街に向かうか」
この出会いが紫苑とロメリアの運命を大きく変えることになるとは、二人ともが想像していなかったのである。
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