6 魔王城奪還作戦
「俺は魔王城を奪還する。ティア、お前はどうする?」
あらためて彼女に問いかけた。
「俺の配下となり、俺のために働くか。それとも俺を認めず、離れるか。決めるのはお前だ」
「私は――」
ティアが顔を上げた。
「あなた様の話を信じます。父から力を受け継いだのであれば、あなたが新たな魔王。私の力のすべてを懸け、あなたに仕えたく思います」
「そうか」
俺は内心でほくそ笑む。
いくら『魔王の力』を得たとはいえ、拠り所がまったくない魔界で一人でやって行くのは難しいだろう。
魔族であり、先代魔王の側近だったティアが俺の陣営に加わってくれるのは、非常に心強い。
「お前の忠誠を受け取ろう、ティア」
「ありがとうございます。そして、願わくば――」
ティアが俺を見つめた。
「いつか父の封印を解き、父を自由の身にしていただければ、と」
「当然だ。それも俺の目的の一つになる」
俺は彼女の目をまっすぐ見つめ返した。
ここで視線をそらしてしまうと、彼女の疑いを招きかねない。
俺にとってディルダイアの封印解除は、それほど優先順位が高い目標ではない。
とはいえ、奴から新たな情報を引き出せるかもしれないし、いちおう今後の目標の一つとして設定しておこう。
「魔王城まで案内しろ、ティア。それがお前の最初の仕事だ」
「分かりました」
うなずき、ティアは俺を見つめた。
「……なんだ?」
「ありがとうございます。ディヴァイン様」
ティアが嬉しそうに微笑む。
「私は……父が殺されたものだと思っておりました。母を早くに亡くした私にとって、父は唯一の肉親です。それが生きている……と分かっただけで、本当に嬉しいです」
俺を父殺しとも知らず――不憫なことだ。
いや、魔族相手に『不憫だ』などという感情を持つ必要はないか。
ただ、こいつの能力と忠誠を利用するだけだ。
「私、精一杯務めを果たしますね、ディヴァイン様」
ティアが微笑む。
その笑顔には、驚くほど邪気がなかった。
清楚で、無垢で、俺を信頼しているような笑みだ。
一瞬――不覚にも心が痛んでしまった。
魔族が相手だというのに。
なぜ俺は罪悪感を抱いたんだ。
そんな自分の甘さに嫌気がさした。
※
「……ディヴァインめ、なかなか尻尾を出さないな」
魔王と別れ、自室に戻ったティアマトはため息をついた。
最愛の父であり先代の魔王でもあったディルダイアから『魔王の力』を受け継いだ新たな魔王ディヴァイン――。
彼のことを、ティアマトは最初から疑っていた。
『魔王の力』を譲渡することは可能だし、実際に今代の魔王が次代の魔王にその座を譲るとき、今代が死亡した場合を除けば、『力の譲渡』が行われる。
だからディヴァインの説明に矛盾はない。
ただ、その説明を行ったとき、彼の精神にかすかな乱れが生じた。
夢魔の力を持つティアマトはそのかすかな乱れを見逃さなかった。
なぜ心が乱れたのか?
それは、彼が嘘をついているからだ。
ティアマトはそう考え、表向きはディヴァインに服従したふりをしつつ、真実を探ることにした。
ディヴァインは、本当に父を殺したのか――?
「十中八九、そうだ。けれど証拠がない――」
ティアマトは唇をかんだ。
「ディヴァインが父を殺したという証拠を得られれば、それを元に奴を糾弾し、魔王の座から追い落とす。父の仇を討つんだ――」
ティアマトの瞳には、復讐の炎が燃えていた。
※
俺たちは飛行魔法を使い、十五分ほどで魔王城の近くまでやって来た。
小高い丘の上に巨大な城がそびえている。
「あれが魔王城か――」
俺はその威容を見つめた。
全高は数百メートル。
堅固な城壁を備え、各部に魔導砲らしき砲門が見える。
さらに周囲には無数のゴーレムや竜が守備兵として巡回していた。
見ただけで分かる。
難攻不落だ、と。
「あの、魔王様……」
ティアが遠慮がちに言った。
「やはり二人で攻め落とすのは、あまりにも無謀かと……手勢をもう少し集めてからでないと」
「そうかな?」
俺は首を振った。
先代魔王ディルダイアと直接戦ったことはないが、その能力はS級冒険者たちから聞き及んでいた。
他の魔族を隔絶する絶対的で圧倒的な魔力。
その力は高位魔族数百体分に匹敵する、とも。
俺にはその力が受け継がれているはずだ。
あとは――それを俺が使いこなせるかどうか。
「悪いが、俺は最短距離で魔王としての力と威容を得るつもりだ」
「魔王様……?」
「新たな魔王として君臨することが最終目的じゃないからな。居城の奪還程度で立ち止まっていられるか」
俺はティアに言った。
「怖いなら、俺一人で行く」
「まさか」
ティアが微笑んだ。
「この命、元より魔王様のために捧げる所存」
「捧げる必要はない」
俺はニヤリと笑った。
「俺とお前で城を制圧するだけだ。淡々と。粛々と。メルディア軍に圧倒的な力の差を見せつけて、な」