神領
「あぁ、すまないね」そう言ったのはなんとか平静を取り戻した天神さん。とは言っても目がガッと見開かれなんだか血走ってるが。
天神さんによると、この刺青の色は属する御使いの力によって変わるそうだ。御使いは、さっき話してた伝承の神々、『地、天、大、海、重』のいずれかに属し、それぞれに色分けされる。
地は緑、天は黄、大は紫、海は青、重は赤。その人がどこに属する御使いかを知るための方法、それが暖簾分けというわけだ。
ちなみに、俺の刺青は緑だったから『地の神』の御使いに属するらしい。……と、ここまでは良かったのだが。問題はこの先。
その『地の神』の御使いは過去誰もいないのだ。つまりは俺が初めてで、それが今後大問題へと発展する可能性があると言うのが天神さん達の説明だった。
「えっとー。それで、何が問題なんですか?」
「……問題なんですか?じゃないからっ!!いいっ!?この日本はね、『封印の地』って呼ばれてんの!大昔に禁忌を犯した一人の神を封印するため、残った四人の神々達が封晶体となって今も各地で封印を護ってる。もちろん、神に属する御使い達も一蓮托生なわけ!……だから、禁忌を犯した神の御使いも同罪。言ってる意味、わかるっ!?」
「それはわかりますが……、えーもしかして。その禁忌を犯した神っていうのは」
「『地の神』に決まってるでしょ!」
あぁー。
やはりそういうことー!話の途中で何となく察したけどさ。先祖返りしたと思ったら犯罪者の仲間とか、それ、俺悪くなくない?
「まぁ、昔はそう言う考えが根付いていましたが。今は貴方、簾長の意向に皆さんも従うはずです。それに、緑属の重要性を忘れた訳ではないでしょう」
天神さんをなだめるかのように、夜影さんのフォローが入った。
「それはっ!……そうだけど、でもっ!」
天神さんはふーっと大きなため息を漏らした。まるで、諦めましたって言ってるみたいに。
「わかったっ!その事についてはこっちで対処する。あーもうっ!!なんでうちはこんな問題児ばっかり!!」
「心中、お察しします」
「夜影っ!!なに人事みたいに言ってんのよ!主にその問題児はあんたなんだからねっ!!問題児は問題児同士っ、あんたがしっかり監視しなさいよ!」
「はぁ」
またしても夜影さんの気の抜けた返事。
「まぁ、これにて暖簾分けは終了と言うことで。簾長、善庵君を連れていってもよろしいですか?色々と説明することが残ってますので」
「あぁ、いいよ。善庵も夜影から色々聞いて知ったほうがいいっしょ!それから、恐らく各色家の集まりに善庵を連れていくことになると思うからそのつもりで。夜影も道連れだからねぇー」
なんとも悪い顔で笑う天神さん。
そんな天神さんが「そういえば、あとなんか質問ってある?」なんて聞いてくれるもんだから、待ってましたと言わんばかりに聞いちゃったよ。夜影さんに聞けばいいんだろうけどさ、なんかこれ以上迷惑かけるってのもね。
「あの、じゃあ1つだけ……。その、神領ってどんな力なんですか?」
そもそもの問題だよね。だって、御使いだの神領だの説明は聞いたけど、それってどんな力?って話だし。
「そこからっ!?夜影、本当になんの説明もしてないのね!信じられないわー」
「それほど私の中で重要事項だと思いませんでしたので」
なーんて、しれっと言っちゃってるよ。夜影さん、そこ一番大切ですから。
「わかったっ!うちに任せなさい!……とは言っても、見てもらった方が早いか」
「ついてきて」と言われ、大人しく従った俺たちが向かったのは中庭のような場所だった。
小さな池があり、短いながらも橋がかかっていたりとこれまた豪華な中庭。広さはサッカーコート3面分位ありそうだ。
「簾長の神領を見れるとは。興味をそそられますね。確か、簾長は赤属でしたか?」
「そうだよっ!まぁ……あんたの神領に比べたら珍しくもなんともないけどね。じゃあ、やってみるから!善庵っ!!ちゃんと見とけよー」
そう言って天神さんは橋の上へと歩いていく。俺と夜影さんは離れるように後ろへと下がり、夜影さんの勧めもあって庭にせり出ている縁側へと腰を下ろした。
なんだろうか、このワクワク感。
例えるなら遠足前日の夜ってところか。歓喜と不安が入り交じる、なんとも言えない高揚感だ。
天神さんは無言のまま橋の真ん中に立った。目をつぶり、それでも歩みを止めない。
あと一歩踏み出せば橋から落ちてしまうという所。
そのまま、宙へと足を踏み出す。
いやいやっ、落ちるぞっ!!
俺は無意識に立ち上がり、天神さんのもとへと駆け寄ろうとした時だった。
「うっ、浮いてるっ!?」
目の前に衝撃の光景が広がった。
天神さんは落ちるどころか平然とそのまま宙を歩いている。その歩みを止めても落ちることはなく、それどころか更に高く空へと浮かび上がる。まるで、重さを感じさせないほどに軽やかな動き。
俺今、口があんぐりと開いているに違いない。
「くくっ」とまたしても聞こえてくる隣からの笑い声。
夜影さん、今は笑ってる場合じゃないんです!
「いいか、善庵。これが御使いの神領、『流』だ。御使いは自然エネルギーを思いのままに操る。その力を総称して、神領って言うの。うちは『重の神』の御使い、赤属。赤属は重力を操ることに長けているから自分の周りの重力を操れば……こういったことは朝飯前なわけ!」
空をふわふわと飛び回る天神さん。他に説明はっ!?なんて突っ込みをいれていると、やれやれと言った様子で夜影さんが補足してくれた。
「神領には二段階の力があります。今簾長がやっているのが一段階の『流』。これは自然エネルギーをそのままの形で増強したものです。……まぁ、簡単に言えば自然現象を意図的に起こしている、と言ったところでしょうか。そして、二段階目が」
夜影さんが顔を上げ、空で漂う天神さんを見る。つられるように俺の視線も天神さんを捕らえた。
「いくぞっ!!赤属、『重籠』っ!!」
言うなり、突然の爆発音が中庭に響いた。
そして、俺の目の前の景色がみるみるうちに歪んでいく。
次の瞬間、バチッと稲妻が走ったかと思うと、その稲妻は吸い込まれていったのだ。にわかには信じられない宙に浮いている黒い穴に。
おかしいだろう。
空間に穴だぞっ!?それにこの見た目……これじゃ、まるで。
「ブラックホールっ!?」