第1話
「あ、空〜」
「なに」
「寝る前にこれ飲んで〜」
「ん」
リビングから去ろうとした青年、空は黒髪ボブで紫色の目の若い女性に呼び止められ、渡された薬と水を飲んだ。
「おやすみ」
「おやすみ〜」
空はリビングを出て自室へ帰っていった。
翌朝、アラームによって起きた空はまだ完全に目覚めていないまま洗面所へ向かい、顔を洗う。
「あ?...マジかよ...姉さん!」
鏡で自分の顔を確認すると、寝癖のついた黒いウェーブロングの紫色の目をした人形のような美少女になっていた。
まだ少し朧げだった頭が冴え、ダイニングへ行く。
「姉さん!」
「ん〜?わぁ!かわいい〜!」
朝食をテーブルに置いた女性は空を抱きしめた。
「なにやってくれてんの?!」
「えぇ〜?仕事で必要だからだよ〜」
「はぁ?!説明して!」
「とりあえず朝食べよ〜?あ、トースト焼けた〜」
空から離れた姉はトースターからトーストを2枚取り出してテーブルに運ぶ。
とりあえず朝食のトーストとベーコンエッグを食べた2人は性転換した話をし始める。
「イギリス貴族、キャロル家の娘のアリス・キャロルが留学するのは知ってるよね〜?」
「うん」
「でね?護衛を一人増やしたいんだって〜」
「それで?」
「それで、私が推薦しといたの〜」
「誰を?」
「空を〜」
「なんで?!」
「ん〜...ノリ?」
「バカ姉さん!」
「えっへへへ〜」
「事前に話しといてよ!てかなんで女の子なってんの?!」
「護衛なんだけど、できるだけそういうの気づかれないようにって感じなの〜」
「あん。で?」
「で!学校に潜入するなら女の子になった方がいいかな〜って」
「バカなの?!」
「うん!」
姉の元気な返事に空はため息をついた。
「はぁ...もういいよ。いつからやればいいの?」
「9月から〜」
「あと一ヶ月か。どこの学校?」
「聖桜学園だよ〜」
「制服の準備はこれから?」
「うん。制服の準備以外はもう終わってるよ〜」
「うぃ。じゃあ今日制服の準備をする?予定ないでしょ?」
「ないよ〜」
「じゃあ今日やるよ」
「はいはーい。お昼食べたら行こうか〜」
「ん」
自室に帰ろうとする空を捕まえた姉はソファーに連れて行く。
「あは〜かわいい〜」
「暑苦しい!」
「えぇ〜?いいじゃん。溶け合お?」
「こわいこわいこわい!この姉こわい!」
「えへ、えへ、えへへへ」
「助けてー!誰かー!」
空は姉の腕の中から必死に抜け出そうとする。
「今日は2人だけだもん。逃がさないよ〜」
「このロリコンがぁ!」
「空がかわいいから〜」
「そりゃかわいいに決まってるよな!あんたの妹だもんな!」
「そうだよ〜。だから、諦めて女の子になっちゃえ〜」
「なにやってんのあんたら」
騒いでいるとドアが開き、黒髪で水色の目の女性が入ってきた。
「ちぇ。帰ってきやがった」
「母さん!助けて!」
姉は不満そうにし、空は希望に満ちた表情で母親に手を伸ばした。
「...どういう状況?」
「今日は帰ってこないって聞いたんで〜空を女の子するとこなんです〜」
「襲われるとこだった」
「香織。空を離しなさい」
「やだ〜」
「離してよ!暑苦しいんだって!気持ち悪い!」
「気持ち、悪い...」
姉、香織の腕から力が抜けた。同時に空は自身の失言に気がついた。
「気持ち、悪い...私が...空に...きらわれた...そらに...わたしが...ぐすっ...」
香織は泣き始め、空は必死に弁明をする。
「ち、ちがっ!違うよ!姉さん!汗で!汗で気持ち悪いって言いたかったの!」
「うぅ...ぎもぢわるいんだもんね...あなれう...」
「んーん!大丈夫!ほら!ぎゅーっ!ね?もう大丈夫!気持ち悪くなんかないよ!」
「ぐすっ...はなれて...」
「や!もういい!決めた!今日は絶対離れないから!香織が嫌がっても絶対に離れてあげないから!はいはい鼻かもうね〜」
「ゔー...ぐすっ...ほんとに?」
「本当に!だから、ね?お、私まで悲しくなっちゃうから〜」
必死に弁明している姿を見て母親はため息をついてリビングを出ていった。
「そうだ!制服の採寸終わったらデート行こう!デート!」
「ん...おようふく」
「そうだね!お洋服いっぱい見ようか!」
「けーき」
「うん!ケーキも食べようね〜」
「ラブホ」
「おい。それはダメ」
「なぁんでよぉ〜!」
「弟にそれはダメでしょ!倫理的に!」
「ぶぅ〜!」
「ダメなもんはダメなの!お洋服見てケーキ食べるだけ!」
「はぁい...」
「たのしみだね」
香織に抱きついている空がはにかみながら言うと香織は赤くなり、顔を手で隠した。
「うぅ...かわいいぃ」
「知ってる。香織のかわいいお顔見せて〜」
「むりぃ」
2人がイチャイチャしていると母親がリビングに戻ってきて「とりあえず風呂に入ってきなさい」と言った。
「じゃあ香織が先に入ってきな?」
「ずっといっしょなんじゃないの?」
香織はまた泣き出しそうになった。
「ぐっ...はぁ...わかったよ」
「やったぁ!早く入ろ〜!」
風呂に入ると香織に全身を隈なく洗われる。風呂から上がって用意されていた服に着替え、髪を乾かしてもらってからリビングに戻る。
リビングのエアコンが起動しており、リビングと繋がっているダイニングのテーブルで母親がノートパソコンでなにかを打ち込んでいた。
空と香織は、今度はくっつきすぎない、少し距離をとって、手を繋ぎながらソファーに座った。
「ねぇ〜?」
「ん?」
「髪結んでいい?」
「いいけど」
「やった〜」
ソファーから降りて座布団に座ると香織はヘアゴムを持ってくると空の髪を弄り始めた。
「ねぇ、どれがよかった?」
「そうね。どれも似合っていたけれど、私はハーフツインが好きね」
「やっぱいいよね〜でも今日はハーフアップなんだけどね〜?」
「ねー」
空は棒読みだった。
空と香織はソファーに戻り、テレビを見たりスマホを弄ったりして時間を潰す。
「空〜」
「む?」
「ぷっ、あっははは!なにそれ〜かわいい〜」
空がカメラを向けられていることに気がつくと顎とおでこのところでピースをした。
「ひまりに送ろ〜」
ひまりとは空の妹で、現在友人と旅行に行っている。
「じゃあ私は夏海に送ろうかしら」
いつのまにか撮っていた母親もスマホを操作して夏海、空の姉で香織の妹に画像を送る。
その後、2人から来た返信は2人とも「誰?」という反応だった。
香織と母親はスマホを操作して空が性転換したことを説明する。
すると2人のスマホに電話がかかってくる。
『ちょ、ちょ、ちょっと!ママ?!どういうこと?!聞いてないんだけど!いつから?!いつからそんなことなってんの?!』
「今朝よ。昨日まで普通だったわ」
『撮り方がダメ。もうちょっと上から。上目遣いにさせるのを意識して』
「はーい」
夏海は騒ぎ、ひまりは電話でダメ出しをした。そしてすぐに2人と通話を変わることになった。
「俺そんな器用なことできないんだけど」
「じゃあひまりにちょっと待ってもらおうか〜」
「ん」
香織はひまりに説明をして電話を切った。その間に空は母親からスマホを受け取る。
『かわいすぎん?え?尊いんだけど?は?』
「声聞こえてっけど」
『声もよすぎん?え?神』
「語彙力ないなってる〜」
『早く帰りたーい!』
「だめだろ」
『えーん!じゃあ応援して?毎日朝晩4回』
「2回じゃねぇのかよ」
『お願いだよー』
「はぁ....へいへい。お仕事がんばれ〜」
『うん!がんばる!ありがと!好き!』
「俺も〜」
『うぇへへへ』
「じゃあな」
『ん。またあとでね〜』
空は通話を切った。切って母親にスマホを渡すと香織がくっついてきた。
「おねーちゃんにも仕事してえらいって言ってほしいな〜」
「はいはいえらいえらい」
「頭も撫でて〜」
「はいはい」
「ぅうぇへへへ」
「いや笑い方よ。てかひまりに電話しなきゃ。スマホ取って」
「うん!」
香織の空のスマホを取ってもらい、ひまりに電話をかける。
「おはよう妹よ」
『おはよう姉よ』
「兄だ」
『元ね。帰ったら写真、いっぱい撮らせてもらうから』
「おう。じゃあな」
『それじゃ』
通話を切り、空は空を抱く香織に身を預ける。
「もぉ〜!おねーちゃんのこと大好きじゃん!」
「あ、そうだ。午後着てく服ない」
「冷たいとこも大好き〜!」
「ひまりの服で俺が着れそうなの探すよ」
「はーい」
2人は手を繋いでひまりの部屋へと行く。
「シンプルなのでいいの!」
「えぇ〜....かわいかったのにぃ」
ひまりの部屋から出てきた空は灰色のシャツワンピースに身を包んでいた。
リビングに戻って数時間後、ホットサンドを食べて、髪を整えてからサンダルを履く
「いってきます」
「いってきまーす」
「いってらっしゃい」