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プロローグ












   はじめに













 本作品は、かみさまの手かみさまの味①で出てきた片瀬大生ことひろ君と上条暎万こと暎万ちゃんのその後の物語です。


 ひろ君と暎万ちゃんの現代とひろ君の勤め先のエルミタージュのオーナーシェフパティシエである武藤さんがまだルグランで働いていた時の過去が交互に出てきて最後に現代とつながり、それぞれの帰結を迎える構成になっています。


 もともとはひろ君が自分の人生での目標を見つけることを主軸にした物語でした。そこで脇役の過去の人たちの話を書き始めたら、過去の人たちの存在感がどんどん増していってしまい、カレーの福神漬けとらっきょうのつもりだったのに、いつの間にかライスを乗っ取られていたようです。そして、本来書くはずだったひろ君と暎万ちゃんが霞みました。これではいけないと後から、暎万ちゃんとひろ君の部分を強化した。ですからイメージとしてはこの作品は二匹の龍が絡み合うように二つのテーマがそれぞれ同時進行で進みながら、最後に帰結を迎えるのです。


 一つにはお父さんが書きたかった。桜木恭介さんという善の象徴のような人を書いて、お父さんというのはこういう人ではないかというのを書きたかったのです。ですから、これはこの部分では父親と息子の親子愛を書いています。ただし、血のつながった親子の愛ではありません。もう一つには恋愛が結婚に至る過程で、恋が愛に変わる瞬間を書きたかった。


 逆プロポーズを書いたときに芽生えた思いです。人が生きていてよく悩むテーマについて書きたい。好きなだけではずっと一緒にいられない。それはどうしてなのか。それについて悩みながら、ずいぶん時間をかけて書き切った作品です。うまくいかなかった恋が時に、喉の奥に深く刺さった骨のように人を長く苦しめるものだと知っています。だからこそ、悔いのない恋を失敗していないまだ間に合う人にはしてほしい。


 答えは一つではないと思うのです。大切なのは、人がいうことを聞きながら、最後に自分で答えを掴むことではないのかなと。

 だから、私がここで書いたこともあくまで参考にすべき一つの物語です。絶対的な答えではない。


 悔いのない恋をぜひ。そして、愛し合う2人の素敵な未来をお祈り申し上げます。


 最後に、本作品には複数のパティシエやショコラティエの人たちが出てきます。この描写に関しましては、現在実際に活躍されている方々の来歴や実際にお作りになられている作品を参考とさせていただきました。但し、登場人物の性格や生い立ち、外見上の特徴などは作者の完全な想像による創作であり、実存される方とは一切関係ございません。


 現在も日々研鑽を積まれ、素晴らしいパティスリーをこの世に生み出されているパティシエの方々に敬意を表します。


2022.02.01

汪海妹












   プロローグ











   

 とある病院の一室。ベッドに病院の患者の人がきる薄い水色の服を着て窓から外を眺めている男性がいる。年の頃は50代半ばではないかと思われる。その顔色は艶がなく、げっそりと痩せこけてしまっている。


 ただ、目は綺麗だった。目の澄んだ人でした。


 不意に廊下と病室を隔てる扉がカラカラと横に開く。男性はおやとそちらを見た。


 白髪の男性がそっと覗く。部屋には入ってこない。


「先生」


 ベッドに座っている男性が嬉しそうに声を上げて、微笑んだ。


「すみません。とても迷ったんですけど、来てしまいました」

「そんなとこに突っ立ってないで中に入ってきてくださいよ」


 先生と呼ばれた男性は遠慮しがちに歩を進め、そっとベッドの傍の椅子に座った。


「この体たらくです」

「本当に……なんと言っていいのか……」


 ご老人がそう言って顔を顰めると男性はまた柔らかく笑った。


「そんな顔をしないでください」

「今日はどうしてもお礼を申し上げたくて」

「お礼?」

「わたしが人生で一番落ち込んでいた時にわたしを救ってくれたのは、桜木さんのケーキです」


ご老人はそう言って頭を下げた。男性は少し驚いて目を見張る。


「本当にありがとうございました」

「先生……」


 下げられた頭をしばらく黙って見つめる。


「こちらこそありがとうございました」


 そう言って、頭を下げているご老人にこちらも頭を下げる。


「長年ご愛顧いただきありがとうございました」

「残念です。本当に」


 そして、何を話したらいいのかご老人は困ってしまった。


「そんな顔しないでください。先生」

「申し訳ない。気の利いたことを何か言えればいいのですが」

「あのね。僕は結構恵まれていたと思うんですよ」

「はい」

「女房がね、毎日、しっかりしろって励ましてくれるんです。1人で残されるのが不安だなんて一回も言わないんですよ。それで、怖くない、大丈夫だって毎日励ましてくれるんです。あ、すみません、こんな話……」

「いや、いいですよ。続けてください」

「ずっと長年一緒にやってきたけど、こんな立派な人だったんだなと改めて思いました。1人だったらもっと辛い思いをしていただろうなと」

「はい」

「ちょっと思ったよりも早かったけど、でも、自分のやりたいと思うことはやれたと思うんですよ。それに励ましてくれる人もいるし、僕は恵まれています」


 男性は綺麗な目で真っ直ぐご老人を見ました。


「ああ、ただ……」

「ただ?」


 男性はそういうと苦笑いをして、ため息をついた。


「武藤君と夏目君の活躍が見られないのが心残りといえば心残りですかね」

「はい」

「特に、夏目君、玲司が……。武藤君はしっかりした人だから、そんなに心配はしていませんが」

「夏目君はダメですか?」


 男性は軽く首を横に振りました。


「ずっと……、こう、人生に背中を向けているとでもいうのかな?隅の方にいて、光の当たる方に出ようとしない。もう、何年も……。それがやっとやる気を出して光の中に出てきたのに……」


 さっきまで終始穏やかに笑顔を見せていた男性が不意に顔を顰めた。両手を合わせて拝むようにすると額をそこに当ててじっと目を閉じた。涙を堪えているのだとわかって、ご老人は驚いた。


「桜木さん……」

「ああ、すみません」


 しばらく言葉を失ったままで、男性は心の動揺が去るのを待っていました。


「玲司の活躍する姿をこの目で見たかったです。それだけが心残りです」

「そうですか……」


 男性はそっと窓の外を眺める。ご老人は黙ってそばに座っていました。


「先生、すみません」

「はい」

「一つお願いを聞いてくれませんか?」

「わたしにできることならなんでも」

「僕の代わりに玲司を……」


 ここで、男性はいったん言葉を切ると言い換えた。


「武藤君と夏目君を見守ってあげてくれませんか?」

「喜んで」

「ありがとうございます」

「お礼なんか要りませんよ。桜木さん」


 それからまた、男性は窓の外を眺め、ご老人はそんな男性のそばに黙って座っていました。


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