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本当の姿は

作者: 相川 健之亮

私が小学3年生のころ体験した話です。


私は塾に通っていて、家に着くのは毎日だいたい夕方の6時頃で、いつも夕飯を楽しみにしながら帰路についていました。


その日も家の前まで来ると、いつものように母の車が家の車庫に入っていて、夕飯の匂いが漂ってきていました。


私もいつものように、

「ただいま!」

と言って、玄関のドアを開けました。



すると、家の中の様子がおかしいんですね。


なんだか、空気が淀んでいるというか、モヤがかかっているというか、とにかく違和感を覚えました。


「ねえ、お母さん?」


いつもおかえりなさいと言ってくれる母の声がありません。


ただ、居間の方から、コツンコツンという何かが軽くぶつかっているような音が聞こえていました。


私は深く考えずに、たまにはこういうこともあるかと思いながら居間のドアを開きました。



ドア開けると左手にキッチンがあるのですが、奥にある冷蔵庫の前に母が立っていました。


そして、私に背を向けた格好で、冷蔵庫の扉を手で叩いていました。

その“コツンコツン”という音が玄関まで響いていたのでした。


私はどうしたのだろう、何かがあったのだろうかと思い、

「お母さん?」

と声をかけました。



すると、母がこちらに振り向きました。


それは母ではなく、私の知らない女でした。


その女はニヤニヤと不気味な笑みを浮かべてこういいました。


「どうして帰ってきたの〜?」


音声をスローで再生したような、低く間延びした声でした。


私が何が起きているか理解ができず、動けないでいると、女は


「ねえ、どうして〜?」


と言いながら、こちらに近づいて来たんです。

両手を前に差し出すようにして、ゆっくりとこちらに歩いてくる女を見て、私はたまらず叫び声をあげて逃げ出しました。


廊下を抜けて、玄関から飛び出すと、私は裸足のまま道路を走りました。


道行く人々も、皆あの女のように、いやに低くゆっくりした調子で唸り声をあげていました。


そして全員、私を見ると、


「あっ、は、は、は、は、は」


と口を不気味なまでに大きく開いて笑っていました。



私は走り続けました。

恐怖と、自分ひとりだけが世界に取り残されているような不安感で気が狂いそうでした。



しばらく走ったところで、私は奇妙なことに気が付きました。


家を飛び出して、道路を一直線に進んでいたのに、また自分の家の前に戻ってきていたんです。


また、何が起きたか分からずに呆然としていると、玄関のドアが開いて母が出てきました。


「ちょっと、どこ行ってたのよ。心配したじゃない。」


そんなことを言ってから、母は私が裸足であることをたしなめました。


いつもと何も変わらない母でした。



私は母に、私が体験したことを話しましたが、まともに取り合ってくれませんでした。


そしてしばらくは、あの不気味な女がまた現れるような気がして、家に帰る時は気が気でありませんでした。



結局、あの日以降、あの不気味な女は現れていません。


しかし時折、母や道行く人々が突然変貌し、あの奇妙な声を出して、こちらに迫ってくることを想像して、ゾッとすることがあります。


そして、目の前の母が、実は私の知らない別の何かのような気がしてきて不安になるのです。

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