【最終話】可愛い女の子は俺のアレを握らないとと安心して眠れないそうです……。
「……ワンワン!!」
「お前は元気だね……。その元気を半分でも未祐に分けてくれないかなぁ」
「クウウ~ン」
今日、我が家にお迎えしたビションフリーゼの真っ白なわんこ、名前はまだ決めていない。もふもふなお顔がとっても可愛い!!
普段なら真っ先に未祐がわんちゃんの可愛い名前を決めて、拓也お兄ちゃんと一緒に呼び合うのに……。
家に帰って来た時間が遅かったのもあるがいまはとてもそんな浮かれた気分になれない。
駄目だな、私から拓也お兄ちゃんに無理をお願いしたのに、どうしてこんなにも心が揺れるんだろう。この胸が張り裂けるように苦しいよ……。今ごろお兄ちゃんは部屋で真奈美ちゃんと一緒のベッドで寝ているはずだ。
「ああああっ!? もうっ!! 考えちゃ駄目だ未祐、頭の中を無にするんだ。むっ!! むうっ!! ……あれっ!? 雑念が消えた、やったよおおおっ!!」
「ワンワン!! キュウ~ン……」
なんで止めどなく涙が出るんだろう……。拓也お兄ちゃんと真奈美ちゃんの幸せを心から願っているのに。溢れる涙を止めることが出来ないよ!!
「キュウウウウ~ン」
「……ありがとう、わんこ君、未祐のことを心配してくれるの? こらっ!? 駄目だよぅ、顔をペロペロ舐めちゃ!!」
……ポーン、ジュワワワワ~ン♬
えっ!? 何、いまの音は!! 拓也お兄ちゃんの部屋から聞こえて来たけど、なんだか電子音みたい。こんなに騒がしいのは真奈美ちゃんがお部屋に来ている証拠だ……。胸の中に黒い固まりみたいなモノがこみ上げてくる。自分の気分が落ちていくのが止められない、駄目だ。今の未祐はポジティブシンキングが出来ないよぉ!!
頭の中がモヤモヤし過ぎておかしくなっちゃいそうだ!! 私はベッドに潜り込んで、そのまま布団を頭から被ってしまった……。
このまま眠ってしまいたい……。朝を迎えたらすべてがもとの生活に戻る。あの妹フォルダも消去してしまおう。私の中の拓也お兄ちゃんへの想いと共にゴミ箱に捨て去るんだ。
「キャン、キャン!!」
「な、何、この鳴き声は!?」
けたたましいわんこの鳴き声に私はベットから飛び起きた。
「ウ~~!! ワンワン!!」
ええっ、わんこ君、一体どうしちゃったのぉ!! ぐるぐるとその場で小さな身体を高速回転している、と思ったら急に駆け出してしまった、その勢いは尋常ではない……。
「あっ!? これが真奈美ちゃんの教えてくれたビションフリッツという行動かも!? ペットショップの店員さんもビションフリーゼのわんこをお迎えする注意点で、私たちに説明してくれたんだっけ……」
突然、真奈美ちゃんを連れてペットショップに行ったのは私なりの最後の賭けだった。
愛犬のショコラを失って失意のどん底にいる彼女にはショック療法的に他の仔犬を見て気分を紛らわることが出来たら……。 そんな想いから考えての行動だった。
実際に効果があり、これまでは他のわんこを見かけるだけで涙を流していたという彼女の心に大きな変化が起こったんだ、それはまさに奇跡といってもいいだろう……。
真奈美ちゃんはみずから仔犬を抱っこしたいと私に言ってくれるほどその場で回復したのは本当に驚きだった。そのわんちゃんは今回未祐がお迎えしたこの子なんだ。
子供のころに真奈美ちゃんが私たち兄妹に与えてくれたもの、それは獣医ごっこの中でショコラを世話することによって動物を愛する心得を全て教えてもらった。
私が将来、動物の看護師さんを目指しているのも、そして拓也お兄ちゃんが獣医の道に進みたいと思っていることも真奈美ちゃんとショコラが居てくれたおかげだ。
そのお返しに今後、このビションフリーゼのわんちゃんが彼女の心の支えに少しでもなってくれたら……。
そう考えて私はこの子を赤星家の一員にする決意をしたんだ。
これは真奈美ちゃんにもペットショップで相談をして決めたことでもある。
けれどもまだ彼女はもとの笑顔を取り戻してはいないんだ。やっぱり拓也お兄ちゃんしかその笑顔を引き出せないじゃないのか……? だから私は真奈美ちゃんと今夜一緒に部屋ですごして欲しいとお兄ちゃんに懇願したんだ。
自分の想いを押し殺して……。大好きな真奈美ちゃんを救うために。
ビションフリッツとは別名ビションスイッチとも呼ばれ、この犬種だけにある特性で、何でもないところで急にスイッチが入ったように激しく走り回るという変わった行動だ、そのメカニズムの原因は解明されていないが、もともと小型犬の割に運動量が多い犬種なので運動不足やストレスからくると言われている。
「ワンワン!!」
勢いよく未祐の部屋を駆け回る姿はその周回運動がまるで短距離走のランナーばりだ。六畳間のトラックを周回レースしている。
「ぷっ、あははは!!」
その奇異な行動を見ていたら、何だか悲しい気持ちが一発で吹き飛んでしまった……。
そうだ!! 今は良かった探しだ。ポジティブにいこう、くよくよしていちゃ駄目。顔をあげて笑おう、神様!! このわんこと未祐を巡り合わせてくれたことに感謝します。
「……わんちゃん。こっちにおいで!!」
私の身振りにわんこ君は急停止して、そのもふもふな頭をこちらに寄せて来た……。
うわぁ!! やっぱり気持ちいい手触りだ、本当に生きたぬいぐるみみたい。
この子を抱っこしているだけで気持ちが落ち着く、わんこの癒し効果って本当にあるんだな。
「……お前に名前を付けてやらなきゃね。そういえばペットショップでビションフリーゼの記事が載っている小冊子をもらったんだ。なになに、ビションはマルチーズと言う意味で、あっ!? だから何となくお口の長さが似ているんだ。ふ~んフリーゼは巻き毛っていう意味なんだ。君はもふもふだもんね!!」
「キュウ~~ン!!」
「あれっ!? マルチーズの部分に反応した……。じゃあもう一回、マルチーズ!!」
「ワンワン!!」
「面白~い!! そうだ!! 君の名前はチーズ君ってどう!? この冊子にも書いているけど真っ白くてもふもふだから、白い食べ物に名前が集中しているみたい、だから被らないようにチーズ君だ!! あの子供に人気のヒーロー物に登場する名犬チーズにもちなんでいるんだよ……」
……いつしかわたしの中が幸福物質で満たされていくのが分かった。
これがポジティブシンキングの効果なんだ!!
人生で大切なことを未祐に教えてくれたのは……。
コンコン!!
突然のノックの音に驚いてしまった。
誰!? もちろん愛猫のムギじゃないし、お父さんやお母さんは一階で寝ているはずだ……。
恐る恐るドアを開ける、そこに立っていたのは!?
「た、拓也お兄ちゃん!? どうして、真奈美ちゃんは……」
「……未祐、ずっと待たせてゴメンな」
いきなり抱きしめられた……。
拓也お兄ちゃんの胸に顔をうずめる。懐かしいあの日の夏の匂い。
心臓が私史上最大の鼓動を打ち鳴らす。震える腕でお兄ちゃんに無我夢中でしがみついた。
「……そのままで聞いて欲しい、俺、真奈美からめちゃくちゃ怒られちまったよ。例の妹フォルダの件を話したんだ。そうしたら真奈美はあきれ顔で、本当に今まで未祐ちゃんの想いに気がついていなかったなら犯罪級に鈍感な最低男だって。そんな拓也君は私の幼馴染として認めません!! てな具合でさ……」
「……真奈美ちゃんが、そんなことを!? でも二人はこれからもお付き合いをするんじゃないの?」
「ああ、いいお友だちとしてな、お隣さんで幼馴染なのは変わらないよ……。そして真奈美はショコラの件も自分の中で克服すること出来たんだ。俺なんか役に立たなかったよ。あいつの《《しっぽ》》には敵わないからな」
「じゃあ、拓也お兄ちゃんは……!?」
「未祐、これからも末永くよろしくな。おっと、これは《《しっぽ》》じゃないから安心してくれ!!」
差し出してくれた拓也お兄ちゃんの左手、ずっと私を守ってくれたんだ。
「拓也お兄ちゃんの馬鹿……」
「泣くな、未祐、あんまり泣くと目ん玉を落っことしちゃうぞ!!」
そう言ってくしゃくしゃのあの笑顔で私の頭を撫でてくれた、優しい手のひら。
「お兄ちゃん、大好き……」
私はお兄ちゃんの胸に深く顔をうずめた。
想像上の《《しっぽ》》をちぎれんばかりに振りながら……。
大好きなお兄ちゃんの《《アレ》》をこれからもずっと未祐に握らせてください!!
拓也お兄ちゃんの優しくて大きな手のひらを……。
おしまい♡




