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風は遠き地に  作者: 香月 優希
第五章 竜が啼く
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対峙 6

 啼義(ナギ)は、一歩一歩踏みしめるようにダリュスカインに歩み寄った。ギラついた深紅の瞳が、啼義を捉える。だがやはりその目には、人間の感情らしい光が見えない。


「ダリュスカインはどこだ」

 すると彼は、辛そうに息を吐きながらも、愉快そうに答えた。

「ここにいるじゃないか」その細めた瞳孔が、光を飲むかのように闇色に変化し──妙な引力を持って吸い込まれるように注意を奪われた、一瞬とも言えぬ隙だった。


「──!」


 驚異的な速さで黒い右手が肥大化したのに気づいた(しらかげ)が、剣を引こうとしたが間に合わなかった。

 ダリュスカインの右手は首元の剣先を跳ね除け、そのまま驃の身体を悠々と鷲掴んで持ち上げると、自身の脇腹に刺さっていた剣ごと抜き去り投げ飛ばした。軋む金属音とともに、驃の身体が岩肌に打ちつけられて落ちる。

「ぐっ……」驃は何とか顔を上げたが、受けた衝撃の大きさで立ち上がれない。

 ダリュスカインの脇腹から、鮮血が溢れ出す。自身の壮絶な状況を全く意に介すことなく、ダリュスカインは元の大きさに戻った黒い腕で、斬り込もうとしたイルギネスの剣先を掴み、彼の右腕を巻き添えにして捻り上げる。「う……ああっ!」その身体が宙に浮いた。

「イルギネス!」

 強靭な腕力の前に成す術もなく、イルギネスも剣もろともに投げられ、容赦ない勢いで大木に激突した。驃の傍、地面に突っ伏したイルギネスは、胸を圧迫する痛みに呻く。息ができない。右腕があらぬ方向へ向き、感覚が欠如している。


 ダリュスカインは噴き出る己の血に構いもせず、すかさず両の手の指を絡め合わせて何かを唱えると、その指先の照準を二人に合わせた。

「やめろ!」

 啼義は本能的に剣を構えて走り出した。しかし、繰り出された疾風に阻まれて押し戻されて倒れ、圧倒的な力で後方へ転がされる。そこに仕込まれた目に見えぬ刃が、身体のあちこちを鋭く斬りつけた。それは一気に駆け抜けるように、体制が整わないイルギネスと驃まで巻き込み、威力を増して二人の身体を持ち上げると、軽々と大地に叩き落とした。


 あまりに急な最悪の展開に、啼義の顔に絶望の色が浮かんだ。


「悪いが今度こそ、葬らせてもらう」

 ダリュスカインは満足そうに笑い、指を複雑に組み直す。そこにふわりと、見たことのない黒い炎が生まれた。

<撃たせるな>

 ともすれば思考が停止しそうになる自分を叱咤し、啼義は剣を握り直した。自分の後ろの茂みには、おそらくリナがいる。どうしても止めなければならない。


<どうしたらいい>


 倒れているイルギネスと驃に、動く気配はない。啼義は全身に震えが駆け上がるのを必死に押し戻した。


<ここを通したら終わる>

 せめて後退に追い込み、あの二人とリナだけは返さねば。


 その時だった。

「!」

 啼義の頭上を背後から目にも止まらぬ速さで光が飛び超え、激しい爆発音と共にダリュスカインを包んだ。眩しさと音に、啼義は硬く目を瞑って身体を伏せる。地面を振動が伝った。

 パラパラと舞い上がった砂が、そして吹き飛んだ葉が舞う。


「あ……ああ……うわああああ!」


 果たして、立ちこめた煙が薄まったそこには、血まみれのダリュスカインがのたうち回っていた。

「ああ‥…! うう……はあ」

 激しく息を吐き、目を剥いたダリュスカインが前方に左手を伸ばしたその先に転がっているのは、あの化け物のような黒い前腕──

 それは自らの意思があるかのように鉤爪をバラバラに動かしていたが、やがて黒い煙が立ち上ると同時に泡立ちはじめ、ダリュスカインの手が届くのを待たずに、不気味な黒い液体の染みだけを残し消え去った。


 何が起こったのか理解できずに啼義が振り返ると、魔法杖(ワンド)を手にしたリナが立っていた。彼女の瞳も、杖を持つ手も、切迫した激情に震えている。

「リナ……隠れてろって──」

「無理よ」

 リナは首を振り、戦慄(わなな)くように言った。「隠れていられるわけないじゃない」


「おのれ……」

 息も絶え絶えに起き上がったダリュスカインが、憎悪に満ちた目で啼義を睨みつける。

「ここで消されてなるものか」

 よろよろと立ち上がったその口元からも、血が流れ落ちた。

 目を逸らしたいほどの凄惨な姿を前に、啼義は気力をかき集めた。

<今しかない>

 とどめを刺そうと啼義が踏み出した途端──ダリュスカインの左手が大きく弧を描き、地面が隆起した。


 ドドドドドッ!


 轟音と共に大地がひび割れ、そこから立ち上がった土の塊が視界を塞ぐ。舞い上がった砂埃を吸いこみ、リナと啼義は咽せた。

「ダリュスカイン!」

 叫びながら、立ちはだかる土の塊を越えようとするも、大地の揺れに足を取られ上手く進めない。

 微かに見えた砂色の狭間の向こうに、操り人形のように不自然なバランスを保ちながら去り行く、ダリュスカインの姿が見えた。

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