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風は遠き地に  作者: 香月 優希
第一章 遥かな記憶
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亀裂 2

 薄曇りの空の下、職人たちが壊れた淵黒(えんこく)の竜の巨像の左翼を修復しているのを、(レキ)は静かに見つめていた。

 今朝、啼義(ナギ)がしばらく力の鍛錬を休みたいと言ってきた。いつもは気丈でさえある彼が、珍しく気落ちしている様子に、靂も何も言えず、ただそれを受け入れてやった。だが、それで解決するはずもない。かと言って、また先日のようなことが起きれば、啼義だけでなく、自分にも非難の矛先が向かうことだろう。ここは少し時間を置いて、ほとぼりが冷めるのを待つのが、まずは最良と思えた。

 そこへ、ダリュスカインがやって来た。

「靂様、お話ししたいことが」

 少し声を忍ばせ気味なダリュスカインに、靂は顔を向けずに答える。

「なんだ?」

「ここでは、周りの耳が気になります」

 そこで初めて、彼は視線をダリュスカインに向けた。整った顔立ちの若者は、一歩下がった場所で、やや思い詰めた表情で伏目がちに控えている。

「奥の間へ行こう」

 静かに言うと身を翻し、靂は歩き出す。ダリュスカインは軽く頭を下げ、すぐに続いた。


 靂の私的な応接の場としても使われている奥の間は整然としていて、必要な調度品以外の、余計な装飾品は見当たらない。濃い朱色の壁に模様はなく、黒に近い茶の柱と梁には、唐草の彫刻が施されている。良質の木材を貼った床は、落ち着いた深い茶褐色。

 見張りには扉の外で待機するよう命じ、靂は奥の、一段高い壇上に据えられた重厚な椅子に腰掛けた。悠然と足を組み、肘置きに右肘をついて、その手の甲に顎を軽く乗せ、片膝をついて礼の姿勢をとっているダリュスカインを見下ろす。

「顔を上げよ。無駄な礼は要らぬ」

「はい」

 ダリュスカインの視線が、靂の金の瞳にぶつかった。それだけでどこか気圧されそうな空気を破るように、ダリュスカインは口を開いた。

「啼義様のお力のことでございます」

 靂の右の眉が、僅かに上がる。だが何も言わず、やや目を細めただけで、先を促しているのだとダリュスカインには分かった。視線を床に落とし、彼は続ける。

「今一度、真実を突き止めるよう、尽力なさった方がよろしいかと」

「真実?」

「あの力が本当は何なのか、分からぬまま利用しようとすることは、危険かと思われます」

 顔を上げると、真正面から見つめる金の瞳に、一瞬、鋭い光が走った。

「啼義様には、少し鍛錬をお休み頂き、その間に……」

「それならもう、そのつもりでいる」

 靂は、あくまで静かな口調で、しかし毅然とダリュスカインの言葉を遮った。

「また同じようなことが起こっては、厄介だからな」

「左様でございましたか。出過ぎたことを申しました」

 ダリュスカインはすぐに取り下げたが、去る気配はない。

「まだ何かあるか?」

 とりわけ苛立つふうでもなく、靂が尋ねた。

 彼の和らいだ口調に、ダリュスカインは、一瞬、躊躇(ためら)った。だがここまできたら、引き返すわけににはいかない。彼は切り出した。

「靂様は、ドラガーナ山脈(竜の背)の向こう、大陸の南部あるイリユスの神殿を、ご存知でいらっしゃいますか?」

「……聞いたことがあるな」

蒼空(そうくう)の竜の力の継承者が、治めるという神殿です」

 靂は記憶を辿った。

「確か、今は機能していないと聞いたが──それが?」

「そこで受け継がれている、"竜の加護"の継承者について、気になることがございます」

 靂の眼差しに再び、ちらりと鋭利な気配がよぎる。彼は黙ったまま、ダリュスカインを見返した。深紅の瞳の奥に、仄暗い感情の炎が見える。この青年もまた、自分と同じように、取り戻したくてやまない悲願を抱えていることを、靂は思い出した。

「──話を聞こう」

 座を正し、(あるじ)は答えた。

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