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風は遠き地に  作者: 香月 優希
第一章 遥かな記憶
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予兆 4

 暑い。

 身体を包む空気は、異常な熱を帯びて、息が詰まった。

 視界は闇に閉ざされて何も見えない。ただ、自分が宙に浮いていることだけは分かった。手足をばたつかせてみるが、何も掴めず、何も当たらない。急速に上昇している感覚。遠ざかる地面の気配。どこからか響く轟音。いつの間にか、灼けるような熱は感じなくなっていた。息が吸えるようになって、啼義(ナギ)は安堵する。

 どのくらい経ったのだろう。気付けば再び、地面の感触が背中にあった。もう浮いていない。しかし今度は、立ち上がることが出来ない。目を開けてみても、やはり闇。

 どこ?

 無意識に求めた、覚えのある温もりは、ここにはないようだった。

 身体を動かそうとするが、怪我をしているわけでも、縛られているわけでもないのに、どうにも自由が利かない。一体、自分はどうしてしまったのか。

 たまらなくなって、声を上げた。振り絞るように上げた声は、僅かな余韻を残して、暗い空間に吸い込まれてしまい、どこにも届いた気配がない。喉も乾いている気がする。息を吸うと、埃っぽい空気に()せた。早くなんとかしないと。

 もう一度、力の限り声を上げた。自分のその叫び声で、啼義は目覚めた。


<夢──>


 視界に写っているのは、見慣れた白い天井。今いるのは、紛れもない自分の寝床だ。今度は難なく身を起こすことができた。だが、息が上がって、全身が汗だくだ。外はうっすらと明るい。

 夢。だが、ひどく現実味のある──かつて本当に経験したような。

 身体の痛みはほとんどなかった。頬や額の傷も、もうそれほど気にはならない。起き上がり、とりあえず、邪魔な長い髪をまとめて括った。

<切ったっていいんだけどな>

 なんとなくそれが出来ないのは、自分の黒髪が、かつて(レキ)が愛した女性の髪と同じ色であることを知っているからだ。

 いつだっただろうか、まだ幾分幼かった自分の髪を手に取り、靂が独り言のように呟いたのは。

姫沙夜(キサヤ)と同じ色だな』

 その時の、優しげで哀しげな眼差しに、啼義は何も言えずにただ靂の手元を眺めて、ああこれは、自分の髪を撫でているのではないんだな、とだけ理解した。靂はしばらく愛おしげに啼義の髪に指を絡め、それからふと顔を近づけ、何かに気づいたように身を引くと、自嘲気味に口元を緩ませた。あんな靂を見たことがなかった。少し酔っていたような気もする。

 自分は、靂の本当の子供ではない。本当の両親という存在が、どんなものなのかも知らない。でも時に、靂に対して何かを渇望する気持ちがないでもなかった。故に、言われたわけでもないのに、靂の望みをなんとなく汲み取り、受け入れてしまうところが、啼義にはあった。靂の意向はそのまま、啼義の意向でもあった。

 この山脈のどこかに眠ると言われる淵黒(えんこく)の竜の力を復活させ、若くして病で命を落とした靂の許嫁(いいなづけ)、姫沙夜を()()()に呼び戻すこと。

 それが靂の、最大の目的だ。

 啼義には、物心ついた時から不思議な力があった。何かが一致した時、それは自由に操れるような気もしたし、かと思えば全く反応を示さず、誰もその扱い方が分からないので、指南も受けられない。そんな掴みどころのない、得体の知れないものではあるが、淵黒の竜とて、得体が知れないのは同じこと。あるいはこの力は、その一部だったりはしないか──とも思ったのだが。

 違和感。

 暗中模索ながら鍛錬を積み、僅かながら力の所在を感じることができるようになってきた矢先の、今回の事件だった。自分でも驚くほどの勢いで迸った稲妻が、淵黒の竜の像を直撃したのは、偶然だったのか。

 啼義は微かに痛みを思い出し、自分の身体を抱いた。あれしきの折檻で済んだ案件ではなかったのではないか。靂にとっても、自分なんかより、姫沙夜の存在の方が重いはずだ。

 (やしろ)の人間は、どう思っただろう。ここに集まる者たちは、皆それぞれ、どこか似たような事情を抱えている。自分のしたことは、その思いに牙を剥くような行為だ。元々、出自のわからない自分や、この力を気味悪がる者がいることも、自覚している。それでも、ここにしか自分の居場所はないのだ。

<靂──>

 息が苦しくなった。

 掻き消そうとしても、孤独が身体を包み込んでくるような気がした。寒い。

<誰か>

 夢で求めた温もりは、どこに在ったのだろう。現実に存在していたのだろうか。そんなものを、自分は求めているのか。望んだとて、有り得ないものを。あの時一瞬、靂が見せたような感情を?

「──畜生! 」

 胸に詰まった重石を吐き出すように呟き、拳を横の壁に打ちつけた。それでも、暗雲のごとく立ち込める思考は拭えず、啼義の心の奥に不穏な影となって、重く沈むのだった。

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