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風は遠き地に  作者: 香月 優希
第一章 遥かな記憶
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予兆 3

 まもなく、夜の帳が下りようとしている。等間隔の燭台が灯された回廊を行く、男が一人。緩やかに波打つ金の髪を高く結い上げ、すらりとした長身に、深紅のマントを纏っている。赤い瞳の奥には、どこか仄暗い光が沈んでいた。

 (レキ)の右腕と呼ばれる魔術師、ダリュスカインだ。

 十年ほど前に、このエディラドハルドの大陸の南部から、ドラガーナ山脈を越えて現れた彼は、当時まだほんの十七、八歳の青年だったが、魔術の腕は目を見張るものがあった。彼は、当時やたらと周囲に出ていた魔物を、いとも容易(たやす)く始末し、(やしろ)の安全を確保した。そうすることで信頼を得、熱心な信仰心も手伝って、靂も側に置くようになった。

 だが──

啼義(ナギ)様の力は、一体……>

 ダリュスカインにとって、啼義は弟のような気がしないでもなかったが、正直、どこか相容れない空気があるのも事実だった。啼義の持つ力には、他にはない独特の"気"を感じるのだ。

 その力が、社の象徴である淵黒(えんこく)の竜の像を破壊した。あの時、像を打った雷のような光に、明らかな敵意を感じたのは、気のせいか。

()()は、意志を持っている>

 ダリュスカインは、そう直感した。啼義とて、この羅沙(ラージャ)の社で育ったからには、靂に倣った信仰心を持っている。社の方針に逆らうようなことを、決して自らするはずがない。だがあの勢いは、ただ間違って当たった、などという生ぬるいものではなかった。では、何故──?

 気味の悪い波動だった。魔術師として様々な力の波動を見てきたが、ここのところ啼義が鍛錬のたびに僅かに発している、本人も気づいていないであろう不協和音のようなものに、彼は密かに警戒を高めていた。今回の事件は、それが具現化したようにも感じる。社の信仰に抗うような、決して交われない存在のもの──

<……もしや>

 ふと、思い当たった。

蒼空(そうくう)の竜?>

 遥かな昔、淵黒の竜を退治したとして語り継がれる、もう一匹の竜。その竜から授かった"竜の加護"と呼ばれる力を継承する者が治めるイリユスの神殿が、彼の故郷と同じ大陸の南にある。しかしその継承者は、ダリュスカインが故郷を去った当時、もう何年も不在で、神殿の人間が行方を探していた。その力は今、どうなっているのだろう? 継承者は?

 思いを(めぐ)らしかけた時、回廊の向こうから、とぼとぼと俯き気味に歩いてくる啼義の姿が目に入った。

 ダリュスカインが立ち止まると、啼義が顔を上げた。右の頬は擦り剥き、額からの出血も見られる。

「啼義様……」

「大したことねぇよ」

 何か言おうとしたダリュスカインを遮り、啼義は不貞腐(ふてくさ)れた口調で答えた。左の肩を、庇うように押さえている。背で緩く結えた髪は乱れ、(ほど)けかかっていた。

「お部屋まで付き添いましょうか?」

 ひどく疲れた様子が気にかかり、思わず言ってみたものの、啼義は「いや」と短く断った。「心配には及ばない。すぐに治る」

 そのまま歩き去る後ろ姿が突き当たりを曲がって消えるのを、ダリュスカインは立ち止まったまま見送った。

<すぐに治る、か>

 そうなのだ。啼義の身体の回復力は、普通の人間のそれをやや上回っている。怪我をしても、いつも医者の見立てより早く完治するのだ。あれも、力の一種なのだろうか。

<調べてみる必要が、ありそうだな>

 もしも、淵黒の竜の力の復活を阻むものなら、削がねばならない。黄泉の国へ渡った魂を呼び戻すことができると言われる力。魔物の牙にかかって失った家族を取り戻すために、自分はここにいるのだから。

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