表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
風は遠き地に  作者: 香月 優希
第三章 邂逅の街
36/96

再会 4

「そっか……」

 話をひと通り聞いた朝矢(トモヤ)は、空を仰いで呟いた。流れる雲を、何とはなしに目で追いかける。七年前に自分がいなくなって、弟のように懐いていた啼義(ナギ)がどうしただろうかと、ずっと気になっていた。そこへ昨日、あんな話を聞いて気を揉んでいたところで、まさか啼義本人がこんなところにいるなんてと喜んだのも束の間、こんな展開が待ち受けていようとは。

「昔からお前にあった不思議な力は、蒼空(そうくう)の竜のものだったわけか」

 啼義は黙って、海を眺めている。気持ちが落ち着いたというより、ひどく空っぽだ。イルギネスも、再び結えた髪先をなんとなく整えながら、黙っていた。しばしの沈黙の後──

「一人になりたい」

 啼義がいきなり立ち上がり、二人を待たずにさっさと歩き出した。

「おい、ちょっと待て」

 朝矢も立ち上って声をかけたが、聞こえていそうにない。後を追おうと、横をすり抜けたイルギネスに、朝矢が慌てて言った。

「俺、一度船に戻らなきゃ。そっちの奥に停泊している羅真(らしん)丸だ。まだ三日ほどいる。──啼義を、よろしく頼みます」

 どことなく鎮痛な面持ちで頭を下げた彼に、イルギネスは柔らかく微笑み、短く答えた。

「わかった」

 すでに人垣の向こうに消えてしまいそうな啼義を追いかけて、銀髪の青年の姿もすぐに小さくなった。朝矢は彼が見えなくなるまで立っていたが、意を決して踵を返し、足早に自船へと走った。もうかなり、言われた時間を過ぎている。船長に説明したら、出来るだけ早く戻って、あっちの方をまた探してみよう。せっかく会えたのに、これで終わってしまうなんてことがあってはいけない。


 啼義は桟橋で腰を下ろし、波打つ水面を見つめていた。潮の匂いを含んだ風が、頬と髪を撫でる。心地良い。ここは港の中心から外れているせいか、ほとんど人の姿も見当たらなかった。波の音と、海鳥の声がする以外は静かだ。

 喧騒から離れて、青々とした景色を眺めているうちに、思考がゆっくりと巡り始めた。

 (やしろ)は大きな規模ではなかったが、併設する平屋では、世話係や、信仰を求めて集まった者たちが少数で慎ましやかに暮らしていた。みんなはどうしたのだろう? 自分のせいで、居場所を失くしてしまったのではないか?

 彼は今初めて、自分の存在を疎ましく感じていた。どうして噴火の時、一緒に消えてしまわなかったのだろう。そしたら、こんなに酷いことにはならなかったのに。(レキ)だってきっと、死なずに済んだのに。

 蒼空の竜も何も、もうどうでもいい。別に俺じゃなくたって、誰かがなんとかすればいい。それに──

<もう、苦しい>

 途端に思った。

<苦しい>

 これ以上、耐えられない。食いしばった歯の間から、嗚咽にも似た声が漏れた。顔を覆って俯いたその時、

「啼義!」

 イルギネスの声が耳を打った。こちらへ向かってくる見慣れた姿を確認した途端、心の奥ではほっとしたにも関わらず、意志とは裏腹に、啼義は反射的に腰を上げて彼と逆方向へ駆け出した。イルギネスが「あっ」と声を上げる。

「待て! そっちは──」

 言われて足元を見た時は遅かった。勢いづいた啼義の足先に、続く地面はなかった。

 咄嗟にイルギネスが手を伸ばす──が、到底届く距離ではない。


 ──バシャーン!


 何が起こったのか理解する間もなく、啼義の身体は桟橋の向こう、海へと飲み込まれていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ