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風は遠き地に  作者: 香月 優希
第三章 邂逅の街
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再会 3

 名乗られてみれば、朝矢(トモヤ)に間違いなかった。啼義(ナギ)より一歳上の彼は、幼い頃の唯一の遊び相手だった。成長した今も、その髪や瞳の色は勿論そのままだ。日に焼けていることもあってか、天真爛漫な雰囲気は増している気がする。

「ど、どうしてこんなところに……」

 懐かしさと驚きが入り混じって、啼義はやっと、それだけ言った。朝矢は「嬉しいなぁ」と手を広げて喜びを全身で表し、ふふん、と得意顔になった。

羅沙(ラージャ)を去った後に戻った、母さんの故郷も港町だったからさ。そこで働かせてもらうようになって、今は船で北と南を行ったり来たりしてる。お前こそ、こんなところで会えるなんて! 何より、無事で良かった!」

「無事?」

 会えたことを驚いているより、安否の心配をされるような何かがあっただろうかと、啼義の心に疑問が沸いた。自分の身に降りかかったことは、彼は一切知らないはずだ。そこで朝矢もふと、「あれ?」と怪訝な顔になった。

「俺──羅沙の(やしろ)が、焼け落ちたって、昨日港に着いたら聞いて……」

「え?」

 啼義は一瞬、言葉が飲み込めずに目を瞬いた。


 ──焼け落ちた?


 その時、

「啼義」

 彼に近づいたイルギネスは、様子の変化に気づいた。朝矢も、啼義の表情を見て、眉根を寄せる。

「……知らなかったのか?」

 朝矢が、恐る恐る聞いた。啼義は首を振り、俯く。

<焼け落ちた──羅沙の社が?>

 全く心の準備のないまま突きつけられた言葉が、頭の中を駆け巡る。急に身体が冷えてふらついた彼を、イルギネスが支えた。

「どうした?」

 その肩が微かに震えている。イルギネスは朝矢の方に顔を向けた。

「俺は、こいつの連れだ。何があった?」

「……羅沙の社が、焼け……落ちたって……」答えたのは、啼義だった。

「なんだって?」

 イルギネスは、啼義の受けた衝撃を瞬時に理解した。

「それは、本当なのか?」

 朝矢は頷く。啼義の様子に、彼も動揺している。

「俺は……昨日ここに着いたんだけど。俺が羅沙の社にいたのを知ってる仲間が、情報を持ってきたんだ。だから俺、啼義のことも心配してて……そしたら、ここに……でもほら、噂だけかも知れないし」

 やや早口にそこまで言ったが、続く言葉は見つからなかった。

 啼義は自分で立とうと、なんとか気を保ってイルギネスの手そっと外した。

「──大丈夫」そうは言ったものの、声はか細く、その顔からは血の気がひいている。

「ちょっと、どこか座ろう」イルギネスが言った。

 通りの向こうの樹木の下、ちょうど影になっている場所に、三人は腰を下ろした。そうしてやっと、啼義の耳に周りの人々の行き交う喧騒や、波の音が再び届き始めた。

<どうして──>

 焼け落ちた、の意味をいやに冷静に受け止める一方で、(レキ)の涼やかな顔が脳裏に浮かんだ。噂は本当だろう。啼義は直感した。淵黒(えんこく)の竜と相反する位置にいる自分を逃した時点で、靂はおそらく、社が長くないことを悟ったのだ。だが火をかけたのは、彼自身なのか。それとも──ダリュスカインなのか。

「朝矢、俺……」

「ごめん」

 遮るように謝った幼馴染に、啼義は力なく微笑んだ。そして、思わず呟いた。

「──俺のせいだ」

「え?」

「……靂が俺を、逃したりなんかしたからだ」

 唇が震えた。哀しみなのか怒りなのかわからない衝動が込み上げ、啼義は顔を覆った。だが──そこで必死に堪えた。そうしないと、身体の芯から崩れ落ちてしまいそうだった。

「靂様が、お前を逃がした?」

 朝矢が訝しげな眼差しを向ける。では、啼義は一人なのか?

 すると啼義は、拳で顔を覆ったまま、小さく頷いた。

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