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風は遠き地に  作者: 香月 優希
第一章 遥かな記憶
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予兆 2

 壁にかけたランタンが一灯照らすだけの、薄暗い石造りの四畳半ほどの牢の奥に、両の手を後ろで縛られて身体を横たえている人影があった。

 背中の中程まである黒い髪を、肩の辺りで緩く結わえている。今そっと開いた瞳は、髪と同じ黒。暗くて分からないが、微かに濃茶の光も湛えたその瞳を彷徨わせ、景色が変わっていないことを確認して、啼義(ナギ)は一人、嘆息した。

<いつまでここに居ろってんだよ>

 ずっと縛られているわけではなく、簡素な食事の差し入れと、用を足す時には、監視の元で自由だったが、それにしても飽きた。いちいち看守を呼ぶのも面倒臭い。

<それとももう、今度は本気かな>

 自分のしでかしたことの重大さは、よく分かっている。あの(レキ)が、黙って見過ごせるはずもないことも。だが、自分の意思でなかった出来事に、こんな仕打ちを食らうのは理不尽だった。

<何なんだよ、あれは>

 自分の力なのに、自身で制御出来ない未熟さが歯痒かった。なんとか自在に操れるよう鍛錬しているのに、最近はむしろ、自分の意思と離れていく気すらするのだ。

<どうしてなんだ>

 考えても、思い当たる節はない。やればやるほど、感じるこの違和感は何なのか。このまま鍛錬を続けていけば、やがて出口が見えるのだろうか。

 その時、格子の外側、階段を降りてくる足音がした。長い濃紫の羽織の裾を揺らし、ゆったりとした足取りで冷たい靴音を響かせ、現れたのは靂だ。

「靂様!」

 看守が慌てて(こうべ)を垂れると、靂は言った。

「ご苦労。下がってよい。鍵を貰おう」

「はっ」

 看守が姿を消すと、靂が鍵を開けて、悠然と牢の中に入って来た。帯刀している。啼義は身を横たえたまま、靂を見上げる。

「起きろ。釈放だ」

 あまりにあっさりした宣告に、不思議に思いながら身体を起こした途端、左肩に衝撃が走り、吹っ飛ばされた。手を縛られていたので、体勢をどうかする術もなく、顔から硬い床に叩きつけられる。靂が、鞘に収めたまま、刀を振るったのだ。口の中に血の味が滲んだ。

「……ってぇ! 」

 間髪入れず、今度は足で蹴り飛ばされ、背中を激しく壁にぶつけて、啼義は呻いた。靂は金の瞳を冷ややかに細めて、歩を進める。それでも怯むことなく睨み返してきた啼義の視線を無視して、刀を下ろし、片膝をついた。

「無傷で出すと、外野が(うるさ)いからな」

 靂は言うやいなや、刀を鞘から抜くと、啼義の手を縛っていた縄を造作もなく斬り解き、また刀を戻して、何事もなかったかのように身を翻し、啼義が起き上がるのも待たずに去って行った。


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