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風は遠き地に  作者: 香月 優希
第二章 未知なる大地
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南へ 5

 結迦(ユイカ)は、ダリュスカインが急に自分の助けを避けるようになったことに気付き、戸惑った。

 宗埜(ソウヤ)慈源(じげん)(ほこら)へ赴いてからの彼は(かたく)なになり、あの怖いような波動が強まって、それを感知するたびに不安が増す。恐らく彼は、あの祠を使うつもりなのだ。このままではいけないということだけは痛いほど感じるのに、どうしたらいいのかも分からず、近寄ることもできずに数日が過ぎた。

 

 一方──

 ダリュスカインは祠を訪れた日の夜、不思議な夢を見た。

 啼義(ナギ)の姿が、街中にあったのだ。銀髪の見知らぬ男と一緒にいる、その景色には見覚えがあった。

<どこだ?>

 必死に記憶を辿り、やがて思い出した。そうだ、あれは自分が北へ山を越えて渡ってきた時に滞在した、ダムスの街だ。

<やはり、南へ渡ったのか?>

 それは、記憶と執着が見せたものなのか、現実のことなのかは分からない。そのはずだが、彼の勘は、単なる夢ではないと訴えていた。そしてその朝もまた、存在し得ない右腕の先に、冷ややかな違和感を覚えたが、それはまたすぐに消えて行った。

 あれが現実なら、やはり一刻も早く山を越えなければならない。何かに憑かれたように、その思いは強まった。

 それから数日の間に、彼は片腕での生活を、驚くほど器用にこなすようになっていった。魔術は幾らかの助けにはなるが、各属性の気を集めて術を施すには、己の生命力から導かれる魔力も消耗する。ゆえに普段の動作は、やはり自力でできるようにしておいた方が無難だ。とは言え、それを短期間である程度こなせるようになったのは、ダリュスカインが魔術のみならず、相当の精神力の持ち主であったからに他ならない。いや、魔術とて、その精神力でここまで鍛え上げてきたのだ。


 その日、宗埜は早朝から麓の集落に物資の調達へ出かけていた。食事の支度をしていた結迦が、それとなく振り返ると、奥の間ではダリュスカインが腰を下ろし、左手で(ほど)きっぱなしの金の髪に触れ、まとめるように集めて握っている。しかし、それ以上どうすることも出来ずにまた解き、しばらく考えて、頭を振った──片腕では結わけない。そこで、結迦と目が合った。

 互いにすぐに目を逸らしたが、ダリュスカインが伏せた目線を再び上げると、結迦もこちらを見ていた。

 少しの間、二人は黙ったままで視線を重ねた。

 ふと──

「明日にでも、行こうと思う」

 ダリュスカインは、落ち着いた口調で告げた。静かだが、その声に死への覚悟が乗っているのを、結迦は感じ取った。彼女は言葉もなく目を伏せると、小さく頷いた。

「母の、瞳と似ていてな」

 まるで独り言のように、ダリュスカインが沈黙を破った。結迦は顔を上げる。その横顔は、見たことがないほど儚げで、何か言葉をかけたい気持ちがこみ上げて思わず口を開いたが、声は出なかった。もう、自分の声は、存在すらしていないのかも知れない。

「世話になったな」

 また沈黙が降りた。

 何も、できるはずがない。結迦は彼の横顔を見つめた。彼は心を決めているのだ。そして恐らく──祠を通り抜けられずに死んでもいいとすら思っているのだろう。生きていても苦しいだけならば、いつ終わらせてもいいのだと。自分がどこかで、そう思っているように。

 けれど──

 結迦はたまらず、ダリュスカインのそばへ駆け寄ると、彼が身を引くより早くその手をとり、両手で包んだ。その途端、波動が手のひらから伝わってくる。だがそれは、彼女が怖れる憎しみや哀しみの情念ではなく、初めて感じる──

「──!」

 次の瞬間、ダリュスカインが振り払うように手を引いた。

「よせ」彼は目を逸らした。

 結迦はしばし何かを訴えるようにそこに佇んでいたが、やがて深々と頭を下げると立ち上がり、さっと踵を返して部屋を出ていくと、また支度に戻った。

 その姿を視界から追い出すように、ダリュスカインは背を向け、今しがた結迦が包んだ左手を見つめる。

<俺は、ここにいるわけにはいかないのだ>

 自らに言い聞かせ、その温もりを砕き消すように、拳をきつく握り締めた。

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