星のない査定
「これはどういうことですか!」
「いや、どうもこうも、実際に君は営業成績よくないだろう?
申し訳ないけど、先期の働きについてはこのくらいの評価しか上げられないよ」
「だからそれは説明したじゃないですか! 営業リコメンドシステムの仕様の可能性が高いって」
「そうは言ってもな、それで営業成績が高い他の社員の評価を下げるわけにはいかないだろう。私たちの評価の拠り所は数字しかないのだから。
もちろん君の頑張りは理解しているつもりだよ。
今期も同じ様だったら考えるから、これからもよろしく頼むよ」
「リコメンドシステムの評価はどうなんです? 個人営業の成果評価をしてくれていたりしないんですか?」
「仮にしていたとしても、我々評価者がそれを鵜呑みにするわけはないだろう。我々の方が直接社員を見ているんだ。誰がどう頑張ったかは、自分たちが一番把握している。話は以上だ。下がりなさい」
◇ ◇ ◇
応接室から退室した後、まっすぐにトイレの個室に向かい、頭の中だけで怒鳴り散らす。
不条理だ。リコメンドシステムのおかげで普通はそうそう失敗しないんだから、チームメンバーの成績は大体どんぐりの背比べだ。難しい案件を任される自分だけが評価が低いなんておかしいだろう。
そもそも営業のリコメンドシステムは、営業担当のチームとしての動きを最適化してるんだから、営業の成功失敗じゃなくて、システムの想定通りの動きができたかどうかで判断しないと変だろう。
そこだけ人の手で評価なんて、恣意的にもほどがある。
人の気配がする。タバコ前の連れションか。
「なあ、神田さんまだ面談終わってねーの?」
「みたいだな。まあ成績良くなかったから、あんまいい評価もらえなかったんだろ」
「あの人営業うまいと思うんすけどねー」
「ここだけの話、あの人が一度行ったところに営業行くと、ほぼ成功できるんだよなぁ。対面営業しないといけない客なんて今や情報弱者なのに、あの人、わざわざリコメンドシステム使って他社比較しながら商品の善し悪しを説明してるんだぜ。
そりゃあ情報多すぎて一旦考える時間くれって言われるよな。そこで間髪入れずに俺らが行って、ガツンと押して契約するわけよ。神田さんのおかげでうちの印象良いからヨユーでいけて、ごっつぁんですって訳だ」
「うわぁ、じゃあ神田さんは売上横取りされてんの?」
「おいおい、失礼なこと言うなよ。誰の成果なのか、ってのは上が判断する事だろ。まあわざわざ神田さんのおかげで契約できました! って上司にいったりはしねーけど」
◇ ◇ ◇
……まあ奴らは悪くない。
真っ当に仕事してるだけだ。
昔は営業は誠意だって言われてたんだがな。何度も往訪して個人的な信頼を掴むのが、長い付き合いをする上で重要だって。
一旦契約したらあとは全自動っていう今の仕組みだと、個人的な長い付き合いなんて必要ないよなあ。
辞めるか。
システムの思惑を実現するだけの営業なんて、だれがやっても変わらない。もはや自分がここにいる意味はない気がしてきた。
◇ ◇ ◇
「いらっしゃいませ。カウンターの席へどうぞ」
帰宅時間になり、全自動タクシーに乗り込むと、久しぶりにあの喫茶店に連れてこられた。
「アイスコーヒー。ブラックでお願いします」
注文を済ませ、辞めてどうなるのか、自分が何をしたいのか取り留めもなく考えていると、マスターが話しかけてきた。
「どうぞ。アイスコーヒーになります。その後、営業の調子はいかがですか?」
「ああ、どうも。いや、もう辞めてしまおうと思いまして」
「それはまた穏やかじゃないですね。どうかされたんですか?」
「いえね、この間ご指摘いただいてから、自分が成功できなかったお客さんを調べてみたんですよ。すると、大体そのあとすぐに別の担当がお客さんのところに行って成約できてるんですよね。
なのでそのことを伝えて、営業リコメンドシステムの仕様の話をしたんですが、なしのつぶてですよ。案の定評価を下げられて、もうどうしたらいいか」
「それは災難でしたね。ご存じかもしれませんが。こういったシステムは、うまくいったケースを学習して繰り返す傾向にあります。
商品や目的地のリコメンドでそんな仕様だと、似たような商品ばっかり紹介したり同じ場所にばかり行くことになるので、それなりに工夫してるんでしょうけど、営業戦略でそれをやる理由はないですからね。失敗するまでは同じ戦略を使いますよね」
「いやいや、それで評価下げられる方はたまらないですよ」
「システムを使う側がちゃんと特性を理解していれば問題ないんですけどね。昔からずっと言われてますが。
自動運転の初期でもあったじゃないですか。周りの車がよけてくれるからって、無理な追い越しばかりやって事故になったやつ。ルールを完全に無視して車線の真ん中を走り続ける車なんて機械は想定してないですから、そりゃあ誤作動だってしますよ」
「そんなこともありましたね。すると全自動がいろんなところに行き届いてる今の世の中、そういったことが次々と起こっていくんですかね?」
「今回のお客様の件なんて正にそうじゃないですか? 査定に人が変な手を入れた結果、おそらく戦略の要だったお客様が辞めようとされている。きっと機械は想定外だと思いますよ」
「……なるほど。そう考えると少しは気が楽になりますね。だからといって会社に留まろうとは思いませんが」
「ええ、ええ、私からは何も申しません。これからの社会は全自動とどううまく付き合って、乗りこなしていくかだと思います。個人も、会社経営も」
「ははは、それはうちの会社には未来はないって言ってるようなものじゃないですか」
ふむ、なんかやりたいことが分かってきた気がする。
◇ ◇ ◇
『わからない人ほど、正しく全自動に頼ろう』
私は会社を辞めた後、このようなキャッチフレーズで全自動の啓蒙活動を始めた。
これまでの保険営業で培った個人的なネットワークを武器に、全自動に戸惑いを持っている壮年世代を主なターゲットとした全自動導入サポートと、様々な全自動サービスに対してどういう目線を持つと自分の望んでいるサービスにより近いことをやってくれるようになるか、信用してはいけない企業はどういうところか、といった事を教えている。
評判は上々で、長い時間をかけて築いた信頼関係っていうのは、決して無駄ではないな、と改めて感じることができた。そして、全自動で残すべきモノが何なのか、少し理解できた気がした。
一方、辞めた会社は結局対面営業を取りやめ、来るべき社会の全自動化対策を加速せざるを得なくなったのだった。システムの歯車として営業してた彼らは、今頃何をやっているんだろうか。
読んでいただきありがとうございます。
これは未来の話じゃなくて、ちょうど現在進行形の話ですね。