星3つの男
「……」
ぺこり。
「……」
ぺこり。
なんとなくお互い気まずい感じの会釈を行う。
やっぱり、異性との相乗りなんて、夢の世界の出来事なんだと思う。
◇ ◇ ◇
相乗りタクシーを介した出会いが認知し始めるにつれ、人々は相乗りする相手に、過剰な期待を持つようになった。
「相乗りする相手は美少女じゃないと」
「相乗りする相手は白馬の王子様!」
元々は、相乗りしたくない相手と相乗りしなくて済む、といった程度のマッチングだったはずのこのシステムは、利用者が本来の用途と異なる期待を持つことで徐々に変容していった。
簡単に言ってしまえば、彼らの要求はこうだ。
「異性との相乗りは、美少女(王子様)だけはオッケー」
基本的に近所の人間同士しかマッチングしないタクシーの相乗りで、そんな夢のような出会いが簡単に演出できるわけはなく、結果として相乗りで出会うことができる男女は、共に万人に望まれる王子様や美少女らに限定されるようになっていった。
この現象は、システムが人を評価した結果だと認識されて、マッチングされた男女は、商品や店舗の評価になぞらえて「すごい。☆5メンじゃん!」と呼ばれるようになっていった。
◇ ◇ ◇
「やっぱり自分は☆3だなぁ」
手元のウェアラブルから表示される画面を見てつぶやく。
そこにはこう記されていた。
ーーーーー
あなたの☆はいくつ? 簡単! 相乗りマッチング傾向から見るあなたの評価
相乗りタクシー、皆さんもよく使ってますよね。
一部では、運命的な出会いの手段として、すごく流行ってるんです。
自分が相乗り相手として望まれていて、個人の☆評価が高いほど異性との相乗りが実現しやすいって言われています。
その時に、「自分は☆いくつなんだろう?」ってことが気になりませんか?
私もとても気になったので、調べてみました。
その結果、分かったことがあるので、今回はそれを紹介していきますね。
個人の☆評価は、概ね以下のようだと言われています。
☆5:驚異のイケメン・絶世の美女
自身がイケメンや美女としか相乗りしたくないと思っていても、自然に男女の相乗りになってしまう人。相乗りするだけで最高のペアが生まれちゃいます。
☆4:それなりにモテる人
自身が誰とでも相乗りしてもいいやと思っていると、男女の相乗りが実現する人。☆5の人以外の人とは大体相乗りが可能です。
☆3:相乗りによる出会いが期待できない人
自身が誰でもいいから異性と相乗りしたいと思っていても、なかなか実現しない人。☆3の男女がお互いに誰でもいいから出会いたいと思っていても、機械がお互いの好みの異性タイプを分析した結果、相乗りしない方がいいと判断されているケースが多いです。
☆2:自分を見直した方がいい人
同性との相乗りすらやや少なく、一人で乗ることが多い人。身だしなみは大丈夫ですか? 清潔感はありますか? 同性でも相乗りに嫌悪感を持たれている可能性がありますので、相手に不快感を与えないよう、外に出る準備をしてください。
☆1:相乗りしてはいけない人
乗るときは一人で、かつタクシーが中々来ない人。過去に相乗りした相手とトラブルになったことはありませんか? 無理なナンパや強引な勧誘など、相乗りタクシー自体の評価を下げるような評価をしていると思われますので、相乗りタクシーのご利用はお控えください。
どうですか? 自分が☆いくつかわかりましたか?
今後の出会いが楽しみですね!
これまであまり出会えていない人は、身だしなみを整えて、心から「出会いたい!」と念じてみてください。
これからも相乗りタクシーと☆評価について調査を続けていこうと思います。
最後まで読んでくださって、ありがとうございました!
ーーーーー
「はああぁぁ」
深いため息をついて、今一度考える。
確かに彼女いない歴25年のベテランだけど、ちゃんと働いてるし、身だしなみにもそれなりに気を使ってるし、体形だって普通だ。顔も普通だ……
とにかく祈ろう。手元のウェアラブルに祈る。
マッチングの神様、どうか僕に出会いをください!
◇ ◇ ◇
「……」
ぺこり。
「……」
ぺこり。
はい、ダメでした。お祈りしたくらいじゃダメだよね。
僕と一緒で、身だしなみには気合を感じる彼と相乗りになり、いつもの気まずい沈黙の中タクシーは目的地へ向かう。目的地なんて決めてないけど、全自動だから適当なところで下ろしてくれるだろう。
タクシーが止まる。到着の合図はないから、相乗りだ。
入り口を眺めて気付いた。女の人だ!
祈りが通じたんだ。ありがとう!
乗ってきたのは、自分よりも5歳くらい年が離れていそうな、女性の二人組だ。
少し派手めなOLといった感じで、地味目な自分は尻込みしてしまう。
「こんにちは! 二人はどこに行くの?」
突然、彼女たちに話しかけられた。驚いて、返事に困っていると、
「んー慣れてないのかな? 私たちは相席目的だから、行くとこ決めてないんだー。君たちは? 違うの?」
「ち、違いません!」
「決めてません……」
被り気味に返事をしてしまい、元から相乗りしていた地味な彼と顔を見合わせる。
お互い同じことに気付いて、驚いた顔をしている。
これは2-2の相席だ!
「じゃあ、とりあえずどっかで飲もうか。へいタクシー。出発進行!」
まだお酒も入ってないのに、すごいテンションだ。相席タクシーに慣れてる感じがする。
◇ ◇ ◇
銀座、コリドー街。かれこれもう三時間は飲んでいる。
「だーかーらー、マッチングはホントになんとかならないの?
年齢とかでキャップかかってる気がするんですけどー。
男子! お前らが自分よりも若い子で! とか思ってるせいじゃないのー?」
この話も三回目だ。
彼女は5歳くらい上だと思ってたけど、実際には10歳くらい年上みたいだ。見た目がすごく若い。
「さすがにもうイケメン王子! みたいなことは考えてないわよ。
でもさー、こいつは個々人の性格まである程度読み取ってくれてるんでしょ?
性格さえマッチングしてくれればいいんですけど?」
彼女はずっと一人でしゃべっている。気付いたら、残りの二人はどこかに消えていた。
「そうですね、性格でマッチングしてくれてもいいですよね」
「でしょでしょ。スペックでマッチングしたいんだったら相乗りタクシーなんかに頼らずに、マッチングサイトで検索しろっちゅーの。マッチングサイトに登録するのは嫌がるくせに、相乗りではスペック重視とか、見栄張って自分アゲしたいだけじゃん」
「わかります。本来は性格マッチングこそ重要ですよね」
「そうそう。だから、あなたの事も教えてよ。相性いいから相乗りになった可能性もあるんだし」
正直、女性と二人でしゃべることがそんなに多くない自分にとって、こういうマシンガントークをしてくれる女性は気を使わないで済むから大変助かっている。
◇ ◇ ◇
「さあ、行こうか」
二人で相乗りタクシーに乗り込む。
「さてさて、どこに向かうかなー」
彼女が言うには、こういうときはとりあえず全自動タクシーに乗るものらしい。
タクシーは高速道路をしばらく走った後、一般道に降りたと思ったら近くのお城みたいな建物に入っていく。
「ふふふ、えっちだね。恥ずかしがって本心を隠しても、全自動運転はどこに行って何をしたいか、お見通しなんだよ」
彼女が耳元で艶めかしく囁く。
僕はもう何が何やらわからない。
25歳だけど心は子供なんですけど。
「大丈夫。おねーさんに任せて」
僕は、理性を手放した。
♡ ♡ ♡
こういったマッチングの妙によって本来交わらない二人を結んだ結婚は、「同星婚」と呼ばれ、マスコミ等に大きく取り上げられることとなった。
一方で、「同星」の概念が広まるにつれ、同星婚は揶揄や嘲笑の対象とされるようになっていった。星5婚でない限りお互い結婚相手に妥協している事が明確にわかるこの仕組みは、理想の出会い、理想の結婚を夢見る一部の層の大きな反発を招いたのだ。
その結果、これまで自然に使っていた「お似合いだね」という祝福の言葉は、「同星」を連想させるため徐々にタブー視されるようになっていったのだった。
お読みいただきありがとうございました。
ふとした時はよく見るのに、こちらから探しに行くと中々みつからないですね、文中に書いたようなサイト……