星4つのカフェ
第二部始めました。二話投稿の二話目です。
「いらっしゃいませ。お好きな席にどうぞ」
「……ああ、どうも」
まただ。少しがっかりした顔。原因は分かっている。彼は選ばれなかったんだ。
◇ ◇ ◇
当店は大体☆4くらいの評価をもらっている、そこそこ評判がいいカフェだ。
落ち着いた店内、温かみのある椅子とテーブル、なにより万人が飲みやすいと思うバランス型のブレンドが名物だ。
そんな自慢の当店だが、ときどき入店時点で失望を隠せない客がいる。モーニングの時間帯に特に多い。
彼らの目当ては、近所にある評価が☆5の喫茶店だ。一日に数人しか客を取らないのに、予約制ではなく、全自動運転に任せた気ままな経営をしている。
そこのコーヒーは、苦みが強く、一部のマニアにはたまらない味らしいが、そういうコーヒーは人を選ぶ。当店のように、様々な客が来るような店では用意しづらい。
「ご注文は?」
「ああ、じゃあブレンドで」
きっと飲みたかったのはこれじゃないって思うんだろうけど、その店があなたを選ばなかったのであって、当店のせいじゃないんだからせめてフェアに評価してほしいな……
◇ ◇ ◇
「邪魔するぞ」
およそ喫茶店には似つかわしくない、威厳のある壮年男性が付き人らしき男性を伴って入店してきた。
「いらっしゃいませ。お好きな席へどうぞ」
「ふん。大衆向けか。全自動運転とやらはロクなところに連れて行かんな」
あ、これはイヤなお客さんだ。少し身構える。
「ご注文はお決まりでしょうか?」
「この名物とやら、どういったブレンドになっている?」
「はい、ブラジル産の豆をベースにしたもので、マンデリンの苦みが特徴的ながらも飲みやすい仕上がりになっております」
「ではそれを二つもらおうか」
ふー、くわばらくわばら。さて、第一関門は突破したけど、問題は次だ。
◇ ◇ ◇
「ブレンドになります」
「ふむ、ハンドドリップか。まあまあの香りだ。色も悪くない」
何かつぶやき始めたのでゆっくりと下がる。
後ろを向いて、よし、戻れると安堵した瞬間、呼び止められる。
「おい、お前。ちょっと待て。この苦みはなんだ?」
「とおっしゃいますと?」
「苦みが特徴と言っておきながら焙煎が浅いんじゃないか? こんな薄い印象で名物と言えるのか? それにマンデリンの量も少ないだろう? どこにでもあるような味じゃないか!」
どこにでもあると言われて、さすがに頭に来る。何と比べてるんだ。
周囲の注目を集めつつあったが、気にすることなく反論する。
「お客様、当店は少しでも多くのお客様が楽しめるよう、バランスの取れた味わいをウリにしております。確かにマンデリンの風味はマイルドかもしれませんが、原材料コストも考慮して、安価ながらもアクセントのある味をご提供差し上げているものです。ほとんどのお客さんが当店の味に十分満足されております」
「そこそこの味じゃ困るんだよ。凡百のコーヒーチェーンに比べれば遥かにマシかもしれんが、こんなものでは全く満足できん!」
あまり客と口論しても仕方ないんだが、言うしかないか。
「お客様。お客様が比較なさっているのは、当店の近所にある、日に数人のみを受け入れ、ものすごい手間と時間をかけて淹れる喫茶店のコーヒーでございますよね。少人数の舌に特化した味は、当然その方々を十分満足させるものにものになるでしょう。
しかも一杯1500円を超える値段設定をされております。
そのようなコーヒーは、さぞかし美味しいでしょうね。
しかしながら、少しでも多くのお客様に美味しいコーヒーを飲んでいただきたいという当店の理念には反します。もしそれをご希望であれば、そちらの店に向かわれてはいかがですか?」
「私だってそうしたいが、自動車が連れて行かないから仕方ないだろう。代わりがここだというのなら、満足させて見せろ!」
「そういう意味でいうと、当店は間違いなくお客様の舌に適うコーヒーを出していると自負しております。お客様の評価はそれほど高くないかもしれませんが、この周辺では二番目に美味しいということは、全自動運転でお客様がここに来たという事実が教えてくれてますので」
「確かにまずくはない。まずくはないが。ぐぬぬ……」
常連さんたちが拍手をくれる。すでに注目の的だ。
「もしそれでも満足できない、あの店に行きたいということであれば、お客様自身の客としての評価を高めるべきだと愚行いたします。全自動運転のマッチングは、当然お客様のニーズが第一ですが、お店側が来てほしいお客様かどうか、といった事が作用する可能性もありますので」
「わかった、もういい。こんな店二度と来るかって思っておけばいいんだろ。帰るぞ」
「ありがとうございます。ブレンドお二つで、960円になります」
彼は顔認証による精算を済ますと、さも自分が口論に勝ったかのような態度で帰っていった。
「お客様方、大変失礼いたしました」
騒がしくしたことに頭を下げると、再び拍手。
「いやー今回もよかったね」
「強敵とみてたけど、思ったより弁が立たなかったな」
常連客がやいのやいのと今日の感想戦で盛り上がる。
そう、当店ではこれが日常茶飯事なのだ。
◇ ◇ ◇
「邪魔するぞ」
彼は毎日のように来るようになった。よほど当店に来たいという想いがシステムに伝わっているのだろう。
そして獲物を見つけてはこういうのだ。
「貴様、マンデリンが足りないだと? バカめ、ここの客層を見ろ! これ以上苦みを強くしたらほとんどの客には苦みよりもエグみを感じるようになってしまうだろう」
私の仕事を肩代わりしてくれるのは結構だが、結局客同士の諍いを止めなければならず、私の仕事は減らないのであった。
お読みいただきありがとうございます。
コーヒーについては、コーヒー界のYOUZANことなまこ先生に監修いただきました。感謝。