全自動乗用車
「便利な世の中」が今よりもう少しだけ進むと、やりたい事、欲しいものがもう少しだけ簡単に手に入るようになります。
そんな世の中が行きつく先は、果たして「ユートピア」でしょうか?
実は「ディストピア」だったりしないでしょうか。
「便利な世の中」で何が起こるのか、ご覧いただければ幸いです。
文明人は誰もが「全自動」に憧れるものだ。「全」の定義は置いておくにしても、少なくとも1980年代にはすでに、洗濯機は「全自動」であることがステータスだった。
2020年代は、自動車メーカーによる自動運転技術と、巨大IT企業によるリコメンドマーケティングが激しい競争の中で大きな進化を遂げていた。
そんな中、世界最大の自動車メーカーであるT社と、同じく世界最大の情報収集力を持つG社がタッグを組んで生み出したのが「全自動乗用車」だった。
これは、自動車に乗り込む人間が誰であるか、その服装、乗り込む人数などを自動車が検知し、G社の持つ本人の普段の行動パターンや趣味嗜好の情報と組み合わせることで、これからどこに行くつもりなのかを予測し、乗り込むだけで目的地に連れて行ってくれるというものだ。
はじめは仕事なのかレジャーなのかを判別する程度で、仕事であれば職場に行き、レジャーであれば過去に行った事があるおススメのスポットに行くといった簡単なものだったが、「誰を、何を乗せているか?」「何をする格好か?」といった情報が集まるにつれ、特にレジャー方面での全自動運転技術の進展は目覚ましかった。
休日午後に夫婦で乗り込めば最寄のショッピングモールに向かい、バットを持った子供が乗り込めばいつものグラウンドに行き、ネズミのカチューシャを付ければ千葉に遠征してくれるようになった。
◇ ◇ ◇
「さて、行くか」
土曜の朝は車に任せてオススメのモーニングをいただく事にしている。私の愛車は、いつも渋滞しない道を選び、待たされずに店内に入れる店を選んでくれる。
週末の朝くらいは渋滞でイライラしたりする事なくゆっくり過ごしたいので、全自動運転様々である。
あれ? 知らない道だな。
気付いたときにはやけに狭く、一方通行の道を走っていた。自動運転だから、逆走したり、ぶつけたりする危険がないのは安心だが、こいつは私を一体どこに連れて行く気なんだろうか。
しばらく進むと、小さな民家に辿り着いた。
一台分のスペースしかない駐車場で車は止まった。ここは一体なんの店だろうか。
木造の家の屋根には蔦が絡まり、ノスタルジックな雰囲気を醸し出している。
都会の喧騒はなく、あたかもタイムスリップでもしたかのような錯覚に襲われる。
外装に不釣り合いな重厚感のある扉を開けると、そこはカウンターがある小さな純喫茶だった。客は私だけらしい。
「いらっしゃいませ」
一人で切り盛りしてるであろうマスターがカウンター席に案内してくれる。
「ご注文が決まりましたらお声がけください。当店の朝のお勧めはこちら、モーニングブレンドになります」
「ではそれでお願いします」
「かしこまりました」
メニューを見ることなくお勧めを頼み、落ち着いたところで周囲を見回す。
品の良い調度品、サイフォンのアルコールランプ、窓の外に見える蔦。
すべてが私の時の流れを遅くしてくれる。
何をするでもなく、雰囲気に酔いしれていたが、しばらくするとマスターが私を現実に引き戻した。
「失礼します。モーニングブレンドになります」
「あ、どうも」
砂糖やミルクについては聞かれない。ブラックで飲めという事だろう。
サイフォンで入れているのだから、香りはいいに決まっている。
一口いただく。
酸味は控えめで、苦みはどちらかというと強いが、苦すぎず香りと共に楽しめる、非常に私の好みの味だ。
これほどに研ぎ澄まされた一杯は飲んだ覚えがない。
「お気に召しましたでしょうか?」
「はい、大変満足です。私の好みにピッタリで、本当に驚いています。素晴らしいです」
「ふふふ、せっかくですので、少しテストをやってみませんか? 私が質問しますので、はいかいいえで答えてみてください」
「? まあいいですよ」
「あなたは休みの日にはよく一人でモーニングに行っていますね」
「はい」
「モーニングではいつもコーヒーだけブラックで頼んでいますね」
「はい」
「あなたはSコーヒーよりもTコーヒーを好んで飲んでいますね」
「すごいですね、なんでわかるんですか?」
「簡単なことですよ。朝の時間帯に車で当店に来る人は、全員そういう行動を取っている方だからです。
つまり、今述べたような人が当店のモーニングブレンドに最も合っていると全自動運転システムが判断して、そういう人を朝の時間に一人だけ選んで自動車が連れてきてくれている、というわけです」
なるほど、我が愛車に感謝しないとな。こんないい喫茶店を紹介してくれたんだ。
「そういう事ですか。言われてみればそうだ。いや、本当に美味しかったです。また来てもいいですか?」
「もちろん歓迎いたします。ただ、いついらっしゃれるかはお客様のお車に聞いていただくしかないかと。
見てのとおり駐車場が一台しかないので、実質的に予約制みたいになってしまってるんです。
本当に予約制にすることも考えたんですけど、朝の時間はそういうものではないと思い考え直しました。
ふらっと寄っていただくのが一番でございます。」
「確かにそうですね、ゆっくりしたいのに予約するなんて愚の骨頂だ」
「お車の気の向くままにいらしてください」
顔認証で決済を済ますと、扉の前で愛車が待ってくれている。本当に気が利くやつだ。
「今日はありがとうな」
なんとなくお礼を言いたくなった。
エンジンが少し喜んだ音を出した気がした。




