君の全てを望んだ俺と、最上で特別な君。
初めてレビューを頂き、嬉し過ぎたので王目線も書いてみました。
君はずっと、「特筆して秀でたところがない」と自分を卑下する。
「特段美しい訳じゃない」そう呟く。
君にどう伝えたら、私にとっての最上で特別なのだとわかってくれるのだろう。
婚約者を亡くした時の気持ちは、幼い頃からの同志を失った、が一番近い。
彼女とは長い間婚約者の関係ではあったが、互いに恋焦がれる感情は持ち合わせていなかった。
かと言って疎ましく思い合っていた訳でもない。互いに結婚は貴族の義務だと考えていた。
そんな彼女が流行り病で呆気なく逝った。
同士の喪失に、心が傷んだ。
亡くなる前、思えばあれが彼女と話した最後になる会話で、
「あなたは強い王になるわ。けれどこのままでは良き王ではない。あなたの心を揺さぶるものを見つけて。」
途切れ途切れにそう告げられた。
その会話の3日後、彼女は逝った。
最期は家族と、そして彼女の長年の親友が看取ったそうだ。
安らかな顔で眠る彼女は、心を揺さぶるものを見つけていたのだろうか。
彼女の葬儀で、涙すら流せず佇む彼女の親友を見つけ、そう思った。
彼女を亡って間も無く、三年ダラダラと続いていた隣国との交戦の中、父が亡くなったとの報が舞い込んだ。
暗殺の線が強いもののはっきりとした証拠が
掴めず、さらに王不在のまま証拠探しを続けようにも、長引く程に隣国に付け入られる。
猶予は無かった。
父の訃報から1週間という短い時間で、俺は王となった。
一人称を「俺」から「私」に変える余裕すら無かったと言えば、当時の余裕の無さが分かって貰えるだろうか。
それからは、王の暗殺疑惑を不問とする代わりの平和条約の締結など、目紛しく俺を取り巻く環境が変わった。
若い王は力が足りず、などの声を上げさせないよう文字通り駆けずり回り、隣国からの策略や国内の謀略に辟易した頃、君は人質同然で嫁いで来た。
天上から授かりし女神と称えられた君の姉上たちの噂を耳にした。勿論、これから嫁いで来る君の噂も。
お荷物皇女、そう噂された君は、真っ直ぐ俺を見つめ我が国に降り立った。
そこに人質という悲壮感は欠片も無く。君の肩に乗る隣国との和平という重石は、同時に君の誇りでもあるかのようだった。
全てを望んだ。
策略、謀略、腹の探り合い。戦略、統治、その全てに疲れていた俺は、初対面で嫁いで来る君に、無条件の降伏勧告をしたに等しい。
けれど勧告の後、言わなくてもいい俺からの降伏宣言がするりと口をついた。
君は瞬き数回の後、了承してくれたけれど。
実はあの時、俺は何故、君に全てを望んだのか、わかってはいなかったんだ。
心を揺さぶるもの。
遠くで誰かがそう囁く。
君の何が俺を揺さぶるのか。
強い眼差しか、折れる事のない誇りか、香り立つ気品か、知性を感じさせる声音か、百合を思わせるかんばせか。
ああ、言葉が足りない。何が、と表現することが出来ない。
けれどこれで君の全てが俺のものなのだと、喜びが広がったのを覚えている。
互いに堅苦しい言葉使いなのに、俺は耳が熱すぎるし、君は花が咲くように微笑んでくれた。
心が揺さぶられるとは、こういうことか。
束の間の穏やかな日々。優しく過ぎる季節に、俺も君も幸せを感じていた。
思ったよりたくさんの時間を二人で過ごし、その姿を王宮のみならず慰問先でも晒してしまったようで、そのお陰で君が広く受け入れられる事になるのだけど。
側近の咳払いで赤面する君の顔を見るのが楽しみだったと白状したら、思ったより強めの拳が飛んできた事に驚いた。
君は兄や姉たちの話をポツリポツリと話してくれるようになった。
姉は絹糸のような髪なの、少し寂しそうに君は話す。虫が紡いだ糸よりも豊かな麦の穂のような君の髪が好きだと言えば、ドレスを着る時に色々考えてしまいそうだから辞めて、と笑われた。
史学は二番目の兄が、政治学は一番目の兄が、チェスは四番目の兄が得意なのだと教えてくれた。
君は?と聞けば、それぞれの兄たちが一番で私はいつも二番か三番手よ、と事もなげに言う。
隣国のかの王には、一番に秀でていなければお眼鏡に適わないらしい。なんと視野の狭いことか。
特筆して秀でたところがない、と言えばそうかもしれない。しかし、その全てを同時に活かせるのならば。
隣国を恐れる要素は少ない、そう感じるのは君から聞く自らを卑下する言葉のせいだと、何度伝えてもわかってもらえなかった。
君を蔑ろにした、君を理解出来なかった隣国
は、近い将来必ず自滅すると確信した。
しばらくすると、君は「あなたに全てを捧げる事が出来なくなった。」と言った。
俺は鳩尾の辺りがすうっと冷たくなり、どうやって君の心を引き留めようか瞬時に考えを廻らせた。
「子供が出来ました。」
続く言葉に、安堵のため息が出たのだけれど、君が顔色を失くしたから本当に焦った。
違うんだ、誤解だと言っても信じない君に、情け無い俺の心情を打ち明けねばならず、その格好悪さに頭を抱えたが、君が盛大に笑ってくれたから良い事にする。
生まれたのは男の子で、こう言ってはなんだが俺にそっくりで。ああ、これからこの子が婚約者を持つまでずっと君を争うライバルになるな、と予感した。
早く女の子も作ってハーレムにしたいと言ったら、物凄く残念なものを見る目をされた。君に似た女の子がいたら両手に花で幸せが倍になるじゃないか、そう思ったのがバレたのか、宰相が生温かい目をしていた。まぁ、中枢の大半は笑ってくれた。
隣国からの侵略を受けた。北側の国が接触していたようだ。
君はすぐさま国の意識統一を、と自らを贄にと望んだ。
俺も、中枢も、国民も、誰しもそんな事は望んでいない。君がいかに我が国を愛し、尽くしてくれているか知っているからだ。
君は提案を受け入れられず落胆したね。けれどそれは、君を愛している俺たちを蔑ろにしているのだと、わかって欲しい。
君は泣きながら肯くけれど、ちゃんと意味を考えて欲しい。中枢も、国民も、君が大切なんだ。そして俺は、首以外の全てを捧げる程君が特別なんだ。伝わらない思いに焦れる。君が自分を犠牲にしようとするのが許せない。君は俺のものなのに。
隣国との停戦協定の使者の任に君が就く事となった。母国だからと押し切る君。けれど、もし君が帰って来なかったらと思うと中々肯く事が出来ない。
だが、これは転機でもある。君を蔑ろに扱い続けた隣国に、君の力を才を遺憾無く見せつける好機。ずっと蔑ろにされ続け、君の自己評価はすこぶる低い。この機会に、払拭出来るならば……。
前者の不安と後者の期待、二つを秤にかけ少しだけ後者に心が傾く。
渋々ながら使者の任を任せる事にした。
幼い息子は離れる事を泣き、俺はこれを転機に利用しようとしている事を詫びた。
君が悲しそうな顔をしていたのがとても気掛かりで、強く抱き寄せた。僕も、と息子もぎゅうぎゅうに抱き着いて、困ったように君が目を伏せる。ああ、やはり任を与えるべきでは無かったか。
しかし、予想以上の成果を手に帰国した君を見て、心を鬼にして送り出した甲斐があったと感じた。
父である隣国の皇帝と対等な立場で話せた事は、少なからず君を強くしたようだ。
皆が君を称えているよ、どうか声に気付いて欲しい。
無事の帰国にきつく抱き締めると、少し暗い顔をした君。違うんだ、君の仕事に不安があった訳じゃ無いんだ、これは……、寂しかった等と子供のように言える筈も無くて途方に暮れた。
こんな俺の心情も慮って欲しい。
続き様に上がる戦火を予想して、軍議など必要な会議には君も参加してもらう事にした。始めは否の声も聞こえてきたが、君の広い見識、多角的視野、調整力を前に、中枢は自ら首を垂れた。
少しずつ、俺だけでなくこの国からも必要とされている事を実感してくれたら嬉しい。
王家、中枢が君を加えて堅牢な一枚岩になろうとする頃、大国から先触れのない攻撃が始まった。
君がもぎ取ってきた停戦協定のお陰で、直ぐ様隣国が避難先として名乗りを挙げた。
避難指揮は君に一任した。君こそが相応しい。
頷き返す君の眼差しからは、確かな自信が見て取れ、誇らしさと安堵が広がる。
そこには、特筆して秀でたところは何も無い
と卑下する姿は重ならない、威風さえ感じさせる王妃の顔があった。
戦火が続き、前線に立つ俺は連絡を送る事が叶わなくなった。父が暗殺された時と同様の動きがあったからだ。あの暗殺には大国が一枚噛んでいたのかと、今更ながら後手に回った対策に奥歯を噛み締めた。
ならばその策、逆手に取ってやろう。
君が世界規定連合と渡り合う事はわかっていた。君ならば必ず国を導いてくれる。
俺が出来る事は、裏からそれを支える事。
打ち合わせなどせずとも、君の考えが判る。濃密な君との時間が、俺たちを奮い立たせた。
今はまだ帰れ無い。けれど待っていて。必ず君の元へ帰るから。
鮮やかな手腕で終戦を勝ち取った君だけど、
俺はすぐに帰国する事は出来なかった。
君は為政者としてはまだ少し力が足りないようで、手心を与えたようだね。まだまだ甘い。
非公式に北側、大国と会談を設け、一切の情を感じさせない条約を交わした。勿論周辺国、世界規定連合にも入念な根回し済みだ。
少なくとも俺が王である限り、二国からの侵略は無いだろう。
君との時間を奪われた怨みでは無い、と一応言い訳しなければ。帰国したら宰相の小言は覚悟した。
早く帰って来いという意味なのか、凱旋と式典の報せが届いた。
思ったより時間がかかった調整のせいで、中枢はむしろ穏健な思考の君の方が冠に相応しいと考えたようだ。または、君に未だ残った残念な自己評価の払拭を図ったか……、その両方かもしれない。
世界規定連合本部から帰国するにはギリギリで、中枢の本気度が窺えた。
君が塞ぎ込む姿を見て彼らが怒っているのだろう。君は中枢や国民の声を実感する頃かな。
俺の最上で特別な思いは、結局最後に思い知る事になりそうだ。
君は何と言ってくれるだろう。伝わっていると良いのだけれど。
ギリギリだと思った日程は、むしろ無理なのでは、という行程になった。
これでは式典でサプライズ演出になってしまう。なんて格好付けで気障な男だと笑われたら、世界規定連合本部の連中を怨んでやる。
果たして、想像の一番恥ずかしいタイミングでの帰還となったのは、誠に遺憾である。
君は空の玉座の隣で頭を下げ続けていたから知らないだろうけど、このタイミングでの帰還に笑いを堪えている中枢の顔を見せてやりたい。
自棄になって盛大に格好を付けてやった。
君が泣くから、君が笑うから、公の立場を忘れて、話してしまった。
ただいま。ただいま、愛しい君。最上の君。特別な君。
泣かせてすまない、けれど泣いてくれて嬉しい。
泣き顔でもなかなか王妃の顔を崩さない君に焦れる。今見たいのは、その顔じゃない。
少し意地悪く本音を聞き出そうと思った。
「死ぬまで、死んでも、私を側に置いて。あなたの首が渡るなんて、死んでても嫉妬で狂いそうよ! 」
君からのキスは、俺の思いは伝わっていたのかと思い知るのに相応しい情熱だった。
俺の心を揺さぶるのは、君しかいない。
ならば君が側にいる限り、俺は強く良き王になるだろう。亡くなった彼女の言葉なので君には教えないけれど。
君が誇る強い王になろう。君が願う良き王になろう。君が側にいるなら、俺は。
「特段美しい訳では無く、特筆して秀でているところがある訳でも無い」なんて、二度と言わせない。
君の強く良き王の王妃は、そんな事言わないんだろう?
不敵に笑えば、君はそれはもうおかしそうに笑ったのだった。
強く良き王が亡くなるまで、その国が戦火に見舞われる事は無かった。
かの王の大切な王妃は、誰よりも幸せで百合の花のように美しく、全てにおいて秀でた女性だった、と末長く語り継がれる。
それから、王は王妃を、王妃は王を心から愛していた、とも。
息子目線とかも書いてみたいような。
完全に蛇足だろうか…
感想など頂けたら生きながらえます。
誤字報告ありがとうございます。誤字たくさん申し訳ありません……助かります。
皆様に頼っていくスタイルです、ありがとうございます。




