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しがない宰相の回顧録

いつもお読みいただきありがとうございます。

今回は、宰相目線でお送りします。


因みに、宰相の一人称は「自分」です。

 先王の崩御は突然だった。


 隣国との長く続く戦で、我々臣下も疲弊していたのは否めない。戦を早く終わらせたい、そんな焦りもあったと思う。

 士気の落ちて来た我が軍の陣中見舞いを兼ね王が戦場に赴く、極秘情報であった。結論から言えば、情報は漏れ、先王は倒れた。先王の死因は毒であった。


 先王を死に至らしめたのは、二つの毒。

この毒は互いの毒を打ち消し合う作用があったが、片方の毒が体内で生分解を受け消失してくると、身体に毒が回り始める。じわじわと、時間を掛けて中毒を起こし、死に至る。

 毒味係はもちろんいたが、ゆっくりと廻る毒は毒味係もろとも先王を殺した。


 よりにもよって戦場での崩御は、更なる士気の低下を呼んだ。

 当時王太子であった王は、王城でその報せを聞いたが、それからの行動は迅速を極めた。

 崩御を出来るだけ隠し、背景を探り、敵陣には誤報を流布、議会や貴族をまとめ、即位の後、前線に赴いた。

 王は極めて見事な手腕で即位したが、それでも年若い王を王たらしめる為に、自ら戦場に立ったのだった。


 険しい山に面した隣国は、先王の命を奪った毒アコニチンの原料である花が咲いているのが有名だが、もう一つの毒テトロドトキシンは海洋生物からの毒である。海に面していない隣国では、なかなか手に入らないものであった。また、それぞれの毒は世界平和規定で輸入が禁じられている。繋がる国がある事を示唆していた。

 

 王は、先王暗殺を不問にすることで平和条約をもぎ取り、戦を終わらせた。疑惑を追及するよりも、早期解決を選んだ。急ぎ即位した王は、国内の結束を更に高める必要があったからだ。

 その選択に、感情よりも政務を優先する為政者らしさを感じる。王は、その若さに似合わず冷淡な一面を持ち合わせていた。その事に中枢は、安堵と共に畏怖を覚えたのだった。


 ところで、自分を含め国の中枢の顔触れは先王時代と変わりはない。

 これは、王より、


「俺は王としては初心者なのだから、中枢くらい玄人が担うべき。」


 との言があったからであった。

その甲斐あって、比較的スムーズに国は落ち着きを取り戻していったのだった。



 平和条約による王妃の輿入れが決まった。

隣国の第六皇女である王妃のことは、事前に調べてはいた。

 しかし王妃の評価は真っ二つに分かれており、真偽が定かでは無い。

 つまり自分は当初、王妃をまるっきり疑っていたのだった。


 為政者の顔を見せる王に、自分だけではなく、中枢、貴族、国民が信頼を寄せていた。だからこの婚姻についても、用心深く王妃を確かめ、所謂政略結婚の域を出ない関係となるだろうと思っていた。王妃の為の離宮や側妃の手配も進めていた。

 ……しかし。


 王妃は、楚々とした出立ち、王を立てる態度、垣間見せる知性、王妃として理想に近い人物だった。二国の平和を担う誇りを抱きながら、しかし自身については恐ろしい程頓着しない、自己評価の低い人物だった。

 勢力争いを引き起こす火種とはならなそうな王妃に、ひとまず安堵した。


 ……が、安堵した束の間、王は離宮構想と側妃の選定中止を命じてきた。

 王妃と交流を持つうち、王はすっかり王妃に籠絡されてしまった様子だった。


 意志の固い、感情に左右されない、清濁併呑出来る、あの為政者な王が。


 偉大な王になるであろう彼も、まだまだ若い。王妃の手練手管に陥落とは……と、些か肩を落としたが、ここは王妃の手腕に戦慄するところかと切り替えた。

 火種とならないとした考えを改めなければ。




 王妃が嫁いで来て一カ月が過ぎると、王は王妃を砂糖をまぶしたような眼差しで見つめるようになった。王妃は、一歩下がり王を立てる謙虚な姿で王妃に支える者たちからの信頼を集めていった。


 三カ月が過ぎると、王は砂糖に加え蜂蜜もかけたような態度になった。王妃は、慰問の度に市井の者たちから人気となっていった。


 半年が過ぎると、砂糖蜂蜜に練乳をかけ甘過ぎて引く程の王になった。王妃は、少しずつ、自身が持つ知識を基に貴族夫人や中枢連を纏める立場になっていった。


 ……因みに王の甘い態度は基本的にプライベートな時間のみで、政務に関する場では節度ある態度であった。

 まあ、慰問の際などは敢えて甘さを垣間見せている様子ではあったが。

 つまり、オンオフ切り替えが物凄い。


 三年続いた戦のせいで忘れていたが、この若き王は五年前までは貴族学院の学生だったのだ。

 そしてその頃の王(当時は王太子であったが)は、可能な範囲で良く遊ぶ、ざっくばらんな方であった。

 眉を顰められない程度に様々やるが、責任の範囲内で収めるものだから微妙に注意し辛く、学業においてはとても優秀なので更に諫め辛い。

 今は亡くなってしまわれた婚約者との仲も特段問題なく、問題ある浮名を流すような事は無かった。


 ……そう、王はオンオフ切り替えが出来る、デキる男であった……。



 その事を思い出した頃には、自分を含めて中枢は王妃に対しての疑いは薄れていた。

 恐らく、あの王に限って女性の手練手管にやられる事はない、単純に王妃に好意を寄せたのだと。


 嫁いで来た王妃は隣国皇帝の駒である。しかも切り捨てられる予定から、皇帝の単なる一兵、一手に過ぎない。

 そのような見解は、御子がお生まれになる頃には考えを改めざるを得なかった。




 意外にも長く続いた平穏な日々は、やはり隣国皇帝によって破られた。隣国からの侵略があったのだ。


 王妃は誰よりも早く国をまとめる為のスケープゴートになろうとしたが、その頃には絶大なる人気を博していた国王夫妻にそんな役割を振ってはむしろ中枢が批判を浴びる。

 王は王妃の案が議会で却下された事を安堵し、王妃は愚案を提言した事を謝罪した。

 どうやら王は、プライベートで持ち掛けられた王妃の案に大反対したものの王妃が納得しなかった為、議会での提案を勧めたらしい。

 王妃が謝るべきではなく、王妃が皆から慕われている事を実感させる為に提言させた王こそが、王妃と我々中枢に謝罪して欲しい。

 所謂、家でやれ、案件だ。


 その後の停戦協定は、王妃が使者と決まった。王は最後まで渋ったが、王妃は一歩足りとも譲らなかった。


 おや、と思った。


 今までの王妃は、意見を強く通そうとする事は無かったし、王もまた、王妃を真綿で包むように扱っていた。

 お二人とも思うところがあるらしく、またその姿は、国王夫妻として、一皮剥けようとしているようでもあった。


 停戦協定をもぎ取り、晴れやかな自信を纏わせ帰国した王妃に、我々中枢は自然と頭を垂れた。

 王は、両者の態度にとても満足した様子だった。王は、年若いながら我々よりも一枚も二枚も上手であった。





 世界平和規定を破り、北側の国と大国が連合軍で攻撃を仕掛けてきた。予測してはいたが、ここまで愚かとは、閉口せざるを得ない。国力の低下が深刻な大国は形振り構わない状態であった。


 本来ならば、国王夫妻は王城で守られるべきであった。防衛戦で、彼等が前に出る必要は無い。

 しかし王は意外にも野心家であった。

 早々に王妃を避難特使とし、王は自ら戦場に赴いた。


 自分は、王城から報を待つ。

 自軍、隣国、北側、大国、世界平和規定、地図にそれぞれを表す駒を置き、情勢を考察する。

 その様はまるでチェス盤のようだと、激しくなる戦火を傍目に思った。

 これが自国の事でなければ、大胆に策を練っただろう。

 しかし、この対局を動かすのは自分では無かった。自分は単なる駒で、指し手では無いのだと、痛感したのだった。




 隣国に王子を連れて避難していた王妃は、世界平和規定を相手取り縦横無尽の働きを見せた。まるで本当に、チェスのクイーンになったように。


 チェスにおいて、クイーンは縦横無尽に駆ける最強の駒だ。キングが一手で一マスしか進めないのに対し、クイーンは何マスも進む事が出来る。


 隣国の皇帝の、一兵だと思っていた。単なる兵、チェスで言うポーン。

 『第六皇女』を調べた時は、その通りだったと思ったし、嫁いできてからも、その認識を覆す程では無かった、ハズだった。


 王は、どこまで分かっていたのか。


 今は連絡のつかない王だが、北側、大国の動きから、王が健在である事は明らかだ。恐らく世界平和規定連合にも手を打っているのだろう。


 王妃が駆け回る中、一手一手、確実に仕留めている王。

 王妃の動きを阻害する事なく、彼女の発言力を高めながら、追い討ちをかけていく。

 王は、優れた指し手でもあった。




 世界平和規定連合からの圧力もあり、終戦と相成った。

 王妃の帰国の際、今までの非礼とこの度の感謝で、自分は平伏した。自分に倣い、中枢も平伏したが、王妃は当たり前の事で感謝されるなんて私もまだまだですね、と笑われた。

 多分な謙遜に戸惑ったが、王妃らしいと言えば王妃らしい、と我々は笑い合った。


 何処からか王妃の活躍は伝え漏れ、国民は「武なき英雄」と声高に王妃を讃えた。

 まだ戻らない王は、恐らくここまで計算していたのだろう。漏れ伝わったのも、王の一手であろう。未だ帰らぬ王は、歯を見せて笑っているに違いない。

 自分も含め中枢は、王の手腕に舌を巻くとともに怖れを抱いたのも事実。

 また、一杯喰わされた形の我々は、王に一矢報いたいとの思いも抱いた。未だ行方をくらませている王に、王妃は消沈していたのだから。

 凱旋と式典では、オンオフ分ける王が珍しくそのポーズを崩し、我々はしてやったり!と歓喜の声を上げるのだった。





 式典も終わり、王に詳細を報告、王からも現状を説明頂いた。


「甘く見ていただろう。」


 王はやはり歯を見せて笑った。


「申し訳ございません。」


 侮った自分の落ち度である。


「まあ、仕方ない事だ。皇帝からあれ程迄に抑え付けられ、更にその才は巧妙に隠されていた。お前の科は無い。……が、次は無い。」


「二度と御座いません。」


 見返す目の力に、王は満足した様子だった。


「質問を宜しいですか。あくまで個人的な疑問ですが。」


「許す。楽に話せ。」


 硬質な響きの声が幾分和らぎ、私的な声色で許可が下りた。


「王妃の才を、いつから確信されたのですか。」


「お前は、昔から固い話し方だな。まぁいい。王妃の才か。いつからだと思う。」


 こちらも声色は柔らかいのだから、話し方は許して欲しい。昔からこうなのだから、もはや癖なのだ。

 ところで、質問を質問で返すなと、学生の頃に意見したのを忘れているのだろうか。良いですが。


「……、初めから……、とか?」


「……ふ、くくく、お前は真面目だなぁ。」


 自分の言葉に、王は笑い出した。


「そこまで俺を立てなくていい。俺だって初めから分かっていた訳じゃない。」


 笑いながら王が告げる。


「嫁いで来た時は、王妃はただの、与えられた『兵』だったさ。『ポーン』。お前、チェスは得意だったよな。」


 紳士の嗜みの一つであるチェスは、自分も楽しんでいた。得意かは置いておいて。


「チェスでは取った駒を盤面に並べる事は出来ない。俺は王になると同時に、そのポーンを入れて、新たなチェスを始めたんだ。」


 王は笑っていた。笑っていたが、それは『キング』という駒の顔では無かった。その顔はまるで。


「ポーンはな、お前なら知ってると思うが、敵陣最奥まで歩みを進めると、強力な駒に昇格する。チェスの特殊ルール『プロモーション"昇格"だ。ポーンは、ルーク、ビショップ、ナイト、そしてクイーンに成る事が出来る。」


 王妃は、停戦協定の使者として祖国に赴いた。そして自信と威厳を携えて帰国した。


 王は、ニヤリと笑う。


「プロモーションした後は、ゲームが終わるまでずっとその役割だ。」


 王が帰還する前に、王妃にその座に座るよう仕向けた事を遠回しに非難しているのだろう。


「……お言葉ですが、王が不在の中では、仕方ない事では。」


 王の非難は揶揄いを含めたもので、本気ではない。我々の意趣返しは成功した様だった。


 ずっと『指し手』の顔をしていた王は、今度こそ、声をあげて笑い、すまんすまんと謝ったのだった。








 あれから暫く経つが、平和そのものな我が国では、王の即位十年及び国王夫妻結婚十年を迎えた。

 平穏過ぎるせいか、我が国はこのところ浮足立っていた。


「国民からの要望で、国王夫妻の回顧録を出版することになりました。」


 終戦から幾年経ち、傷跡も薄れた国民だが、あの時の『武なき英雄』は今でも人気が高く、市井では人気の舞台や歌となっている。

 即位、結婚十年を記念した記念の品が欲しいと、市井のみならず貴族のご婦人方からも要望戴いている。


「ですので、お二人による回顧録の執筆をお願いいたします。」





 さて、書き上がってきた内容はと言うと。  


 王は、


「パブリックバージョンとプライベートバージョン、どっちから見る?」


 と、忙しい政務の中、わざわざ二つのバージョンを執筆なされたらしい。プライベートバージョンがパブリックバージョンの三倍はあるのが気になるが。

 ところで、本当に、いつこの量の文章を書いたのか……。政務はきちんとこなしているし、相変わらず超人的なお方だ。


 王妃の方は、王妃らしい美しい文字で綴られていたのだが、……、これはあまりに短い。

 読んでみると、出来事が淡々と綴られており、さながら読み易い年表を見ているようだった。


 例えば、王妃が隣国へ使者として赴いた際の事。同行した護衛などから報告を受けているので、誰がどの様な発言をしたのか自分は知っている。

 王妃が記したこの出来事は、


『天災による被害を受けた祖国に、王は寛大にも多大なる支援を行いました。にも関わらず、我が祖国は、恥知らずにも侵略を開始。皆様の御怒りは計り知れません。祖国が本当に申し訳ありません。

 私は自責の念を抱き、停戦協定の使者として旅立ちました。父である皇帝と謁見し、我が王の意向を示した結果、程なく協定は結ばれたのでした。』


 もの凄いカットっぷり。王妃の発言は丸々カット、ご自身の考えは『自責の念を抱いた』程度。


 ……、もっと!色々!あった!でしょう!


 一事が万事この調子なので、王妃の回顧録は非常に短かかった。

 仕方ないので、王の回顧録としてパブリックバージョンを、王妃の回顧録は王のプライベートバージョンと王妃がお書きになったものと各報告書を編集したものとなった。


 王妃は編集された回顧録を読んで、


「私、こんなに活躍しておりません!これを厚顔無恥にも出版するなんて!」


 と、後は言葉にならない声を上げ、羞耻に悶えておられましたが、「言う程盛ってませんし、言葉も飾っておりません」と真顔で伝えると、


「あなたにそう言い切られると、頷きたくなるから怖いわ。」


 と、照れたように笑われた。

 なお、その笑顔を向けられた自分は、珍しくオンオフ切り替え無い王から、深夜まで掛かる政務を押し付けられたと記しておく。ご自身は、自らの政務を時間内に終わらせて、オンオフきっちりでご帰宅なされた。

 確かに急がなければならない案件でしたが、自分の持ち分では無かったのに……、解せぬ。

 まあ、この案件はあの担当には荷が勝ち過ぎていたけれど。割り振ったの誰だ……。相変わらず王の目は何処に着いているのか分からない。


 十年回顧録は自国内のみならず、広く発売され、人気を博した。

 何年か毎に新編が出版されるのだが、その度に話題となった。国王夫妻が退位し、お二人が崩御なさるまで、何冊も回顧録は出版された。


 ……つまり、我が国が語り継がれる程平和で、憧れる程お二人は幸せだったと、皆が知っているのだ。

 嫁いで来た時は疑われる存在だった隣国の皇女は、自らの力で王妃と成った。


 それは指し手の意向を反映したものか、それとも、役割に否を唱えた駒の意思か。

 お二人が楽しそうであったから、その事には深く踏み込まない、と見つめるしがない宰相は思うのだった。




いつも誤字のご指摘などありがとうございます。全力でご協力頂くスタイルで申し訳ありません。

例のごとく、感想など頂戴出来ますと生きる糧になります。よろしくお願いします。



余談ですが、結婚時の年齢は

王妃…十代後半、王…二十代前半、宰相…三十代前半で、先王の中枢の中で宰相が優秀で年若い設定でした。

王と宰相は割と砕けた間柄でしたが、宰相、王の任に就いて忙しかった+戦大変で、互いにそれぞれの役割に徹していたので、性格を掴み損ねていたのでした、という。


あと、第四皇子にチェス設定盛り込んだ時から書こうと思ったネタが今回書けて良かったです。


ところで。宰相の一人称が思い付かず、閃いたのが儂だったせいで設定を変更しようかと思う程でした。

もしおすすめの一人称がありましたら、お教え頂けると助かります!一人称不足で人数出せない笑

一人称、男女問わず募集中です!




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[一言] カッコよくて甘い話でした!創作ありがとうございます!
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