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日々こまごま、オムニバス

日々こまごま、オムニバス。Case.6 親父とプアホワイトとバーベキュー

作者: 大道寺 轟天(だいどうじ ごうてん)

さて。到着早々、赤っ恥を掻いた親父と友人は、アリゾナ空港のエントランスに立っていた。飛行機こそ相席だったものの、彼らは別々のホストファミリーに引き取られる事になっているのだ。砂漠地帯から流れ込む乾燥したそよ風と、ブルーキュラソーの様なケバケバしい空から降り注ぐ炎天下の日光に体力を奪われながら、それぞれのホストファミリーが寄越す迎えの車を、今か今かと待つ2人。ワクワクを抑えきれず、あーでもないこーでもないと期待に胸を躍らせながら語り合っていると、入り口の街路樹を颯爽と通り抜け、1台のオープンカーがロータリーに姿を現した。まるで映画のハリウッドスターが乗っている様な、白一色のリンカーンコンチネンタル。当時のアメリカでシェアを二分していた高級車。高嶺の花である。


4人乗りの車内から涼しげに手招きする、映画俳優の様なホストファミリーを見て、華のホームステイ生活を夢想して狂喜乱舞する親父。しかし、そそくさとリンカーンに乗り込んだのは、友人の方であった。


「じゃあね。○○くん(親父の名前)。また1カ月後に、ここで。」


バツが悪そうに別れの言葉を告げた友人を乗せると、ロータリーを引き返したリンカーンが、外に広がる砂漠をユラユラと包み込む陽炎の中へ走り去って行った。…空港のエントランスに1人取り残された親父。親父の脳裏に()ぎる、じっとりとした嫌な予感が、アリゾナの暑さがもたらす大量の汗へと姿を変えて、みるみる親父の全身を湿らせて行った。


「ヘイ、○○~!○○~!ハロー?」


友人が出て行ってから数分後。親父の目の前に現れたのは、やたら陽気なスキンヘッドの中年男が駆る、2人乗りのオフロードトラック。これまた、海外映画の定番。主人公がヒッチハイクをする場面で必ず通りかかる、あのトラックである。


(…もしかして、このオッサンが俺のホストファーザーか?)


その証拠に、銀色が映えるトラックの荷台の角には(のぼり)が立てられており、ご丁寧に日本語で「よこうそ!(原文ママ)」と言うメッセージが書かれている。


「君が○○だね?ようこそアリゾナへ。うちの家族も○○が来るのを、スゴく楽しみにしてるんだ!僕もアジアには行った事が無くてさ。日本がどんな国か気になって仕方ないんだよ!何はともあれ、お前の家だと思って(くつろ)いで良いから。その代わり、お前の家族や日本の事を沢山教えてくれよな!」


親父曰く、トラックに乗り込むや凄まじい腕力でハグをされ、満面の笑みで↑的な話を捲したてられたのを、今でも鮮明に覚えているらしい。とにかく、躁気質かと疑いたくなる程テンションが高いホストファーザー。それから、彼の体臭も凄まじかったそうな。

アリゾナの平地は、基本的に砂漠地帯である。ホストファミリーの住まいに着くまで、代わり映えしない岩肌や砂地が2時間以上延々と続く。ホストファーザーも親父を気遣ってか、瓶に入った冷たい水を渡してくれたり、ラジオをかけたり、親父に色々とバカ話を振ったりして楽しませてくれたそうだ。そして、トラックが砂漠に佇む閑静な住宅地に入り、いよいよホストファミリー宅が目前に迫った頃、ホストファーザーの口から嬉しい申し出が。


「そうだ、○○。うちの家族が、キミの歓迎の為にバーベキューの準備をしているんだ。長旅でお腹も空いてるだろうから、良かったら参加しておくれよ!」


バーベキュー。

それは、慣れない気候と長時間のドライブに、体力・気力共にゴリゴリと削られていた親父にとって、思いもかけぬサプライズであった。空港で友人と別れて以来、心を巣くっていた不安とモヤモヤが一気に晴れ、ホストファーザーにサンキューを連呼する親父。しかし、ホストファーザーは、こう付け足す事も忘れなかった。


「…大したご馳走は用意出来ないけどね。ハハハ!」


…そう。親父がアリゾナ空港で感じた嫌な予感は、ここに来て的中する羽目になるのだ。


――――

「お前ら、○○を連れてきたぞ!」


「オー、○○!ようこそ我が家へ!」


「コニチワ、○○。」


「オオー。ジャパニーズ!ジャパニーズ!」


バーベキューの会場は、寝泊まりする為だけに建てられた様な、コンクリート製の簡素な一軒家の裏庭であった。トラックから降りた親父を恭しく出迎えたホストファミリーは、中年夫婦とティーンエイジの娘、それから5歳の息子の4人暮らし。


「○○はお腹がペコペコなんだ。堅苦しい挨拶は抜きにして、早速始めようぜ!」


「そんな事言って。ダッドが食べたいだけでしょ?それじゃ、ソーセージを持って来るわね。」


「あなたー、マッチを何処に置いたの?ああ、○○は座ってていいのよ?ゲストは貴方なんだから。」


陽気で愉快な父と、それにツッコミを入れる赤毛とそばかすがチャーミングな娘。マイペースながらも、余所者の自分を労ってくれるふくよかな母。猫の額ほどの庭を所狭しと走り回る弟。アリゾナに到着する前まで親父が思い描いていた、何一つ不自由かつ不自然な所など見当たらない、アメリカの良き家族の姿がそこにはあった。…ただ一つ。庭中の何処を見渡しても、バーベキューに欠かせない筈の、焼き台と網が置かれていない事を除いては。


「さあ、皆!○○の歓迎パーティを始めよう!」


ホストファーザーの掛け声を合図に、火をくべた一斗缶を庭のド真ん中に並べ始めた家族たち。すると、娘が1本の鉄串を親父に差し出してこう言った。


「これがウチのバーベキューなの。見てて。」


娘は、傍らの手頃な石の上に置かれた銀皿から、病人の便を思わせる青黒い貧相なソーセージをやおら掴むと、親父に渡した物と同じ鉄串に、そのソーセージを「縦向きに」差し込みだした。そして、ソーセージの頂点から突き出た鉄串の先端と持ち手の部分を、器用に一斗缶の両端に掛けて、クルクル回転させながら炙り出したのである。さながら、秋田のきりたんぽよろしく。


「○○、Hear you are!(はい、どうぞ!)」


細いながらも、獣の臭いをプンプン漂わせるソーセージを、父譲りの眩しい笑顔で差し出す娘。…ここで食わなきゃ、男が廃る。


「ジャパニーズ、セイ。いただきます!」


親父は、湧き上がりそうになる胃酸を懸命に堰きとめながら、娘が鼻先に突き付けたソーセージを串から抜き取り、一思いに齧り付いた。


「…Yummy?(美味しい?)」


「グッド、グッド。アハハハ…。」


…ドチャクソに不味い。生ゴミ。…そのソーセージは「牛乳まみれの犬、雑巾で拭き味」がしたそうだ。正直、可愛らしい娘が笑顔で勧めて来なければ、とうの昔に吐き出していた事だろう。ところが、必死の思いでソーセージを飲み下したのも束の間。しばらく娘と談笑していた親父は、口直しのドクターペッパーをガブ飲みしながら、恐るべき光景を目にしたのだ。


「ああ、もう!シッシッ、あっちに行け!」


バドワイザーを片手に庭の奥に座り込むホストファーザーが、何やら無数の黒い靄を、両手で仰ぎながら追い払っているではないか。そこには、彼のソーセージに有り付こうと群がる無数の蠅、蠅、蠅。…親父は、飲み込んだソーセージをついに戻した。




次回、「親父、散歩と仕事と食あたり」に続く。















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