屋敷の老婆
夜。辺りは暗いはずなのに、この街は至るところから光に当てられ、まるで昼間の様に感じてしまう。
父に連れられてレイナが来たのは、広い庭のある屋敷だった。
「今日からここが私達の家だ。」
モリーは玄関を通る時にそう言った。何処となく緊張しているようだ。
少しの沈黙を見せ、やがて意を決したようにドアノブに手を伸ばす。
ガチャリ、と音を立てて扉は開いた。
モリーが玄関から声を上げる。
「母さん、モリーです。レイナを連れて来ました。」
すると、廊下から愛らしい老婆が出て来た。
モリーの母、エマである。
「やあレイナ、三年ぶりだねぇ。」
「ご無沙汰しております。おばあさま。前にイギリスを訪れて来た時以来ですね。」
レイナは丁寧に頭を下げる。
するとエマは軽く手を振り笑って言った。
「まあまあ、そんな堅苦しい挨拶しなさんな。前みたいにおばあちゃん、て呼んでくれていいんだよ?」
「ですが、おばあさまは今や私達の一族の長。無礼な真似は出来ません。」
「そんなぁ。」
レイナが頑なに敬語を辞めないのでエマはこう言った。
「それじゃあ、族長からの命令として言うよ。レイナ、アタシをおばあちゃんと呼んでおくれ。」
「はい。おばあちゃん。」
レイナがそう言うと、エマの顔はパァと明るくなり嬉しそうに手招きをした。
「うんうん。ささ、そんな所にいつまでも立ってないで上がりな。レイナの好きな料理も用意してるんだから。」
「はい。お邪魔します。」
レイナが屋敷の中に進むのを見て、モリーも後に続く。
エマの勧めるままに、二人が客室のソファに腰掛けるのを見て、エマも椅子に座る。
「ところで、どうして日本に移住しようと思ったんだい?」
話を切り出したのはエマだった。
「母さんが日本にいるからだよ。叔父や父が失踪して、一族は私達だけになってしまった。そんな中、母さんを独りでいさせる訳にはいかない。」
モリーが答えると、エマは「そうかい」とだけ言って、部屋を出て行った。
「ふう。」
モリーは安心したように息をついた。
「おばあちゃん、怒ったの?」
心配そうにこちらを見る娘に、モリーは優しく笑いかけた。
「大丈夫。怒ってなんかいないよ。昔から感情表現の苦手な人だったからね。誤解されやすいんだ。」
「ならよかったわ。」
レイナはそう言い、肩の力を抜いた。
祖母といえど、一族の長。それを前にしてすっかり緊張してしまっていたのだ。
軽い足音と共にエマが客室に入ってくるなり言った。
「さあ、夕食にするよ。それが終わったらアンタ達を部屋に案内するからね。レイナ、準備を手伝ってくれないかい。」
レイナは突然の展開に頭が追いつかず、思わず父の方に目を向ける。
モリーはそれに気付き、にっこりと笑って頷いてやった。
「はい。おばあちゃん。」
レイナはエマの方に向き直り、笑顔でそう言った。