タクシーに乗って
飛行機を降りたのは、夜も更けていた時間だった。
レイナは寝ぼける父親を引きずりながら改札を通り、空港を出た。
「この街が私達の新しい故郷なのね。」
「そうだな。この街で沢山の思い出を作るとしよう。」
モリーはレイナの呟きに真面目な声で返した。
ようやく目が覚めたらしい。
「それじゃあ、近くでタクシーを拾うとしよう。婆さんも、お前のことを待ちわびてるだろうからな。」
「え、飛んで行っちゃダメなの?タクシーなんかより早く着くよ。」
レイナの提案にモリーは渋い顔で答える。
「ダメだ。万が一、誰かに見られてたら俺たちはすぐにロンドンに帰らなくちゃならなくなる。」
「確かに。考えればすぐにわかる事だったわ。」
「慣れない土地で、まだ頭が上手く回っていないんだろう。仕方がないよ。」
モリーはそう言ってタクシー乗り場へと向かった。
タクシーは、五分と経たないうちに捕まえることができた。
タクシーに揺られながら、レイナは考える。
(やはり人間は私達を恐れるものなのかしら。もしここで私が運転手の首にかぶりついたら怒られるかしらね。
でも、もしかしたらこの街には、私達の存在を認めてくれる人もいるかも知れない。
それとなくそんな人を探すくらいなら、パパも怒らないよね。いざとなったら知らんぷりしてしまえばいいだけだしね。)
フフフ、と小さく笑った後、レイナは眠りにつくことにした。
車の心地よい揺れは、目を閉じたレイナをたちまち夢の中へと誘って行った。
助手席に座っていたモリーは、バックミラーで後部座席にいる可愛い娘が眠りについたのを確認して、再び運転手と話し始めた。
「可愛い娘さんですね。」
「いやあ、私が頼りないせいですっかり大人びてしまってねぇ。」
「いいことじゃないですか。娘さんがしっかりするのは。」
「複雑なものですよ。娘の世話になるってのは。」
「そんなもんですかね。」
「そんなもんなですよ。でも見てください、この寝顔。
まだ、幼さが残っていて可愛いでしょ。」
「確かに。」
「この顔を見ていると、この子が私の娘で良かったとしみじみ感じますよ。」
「…….。いまのアンタも、娘さんに負けず劣らずいい顔してるよ。」
「そうですかね。」
「そうですよ。」
そう言って二人で笑い合った。
勿論、レイナを起こさない為小声でだが。
「そう言えば、お客さん何処から来たんです?」
運転手が切り出した。
「イギリスからです。飛行機に乗って来ましたよ。」
「へぇ、イギリスから。それにしては随分と日本語が上手いですね。以前にも日本に来たことがあるんで?」
「ええ、少しね。」
モリーは少しはぐらかして答えることにした。
吸血鬼は先祖代々人間の数十倍の頭脳を有しており、日本の言葉など少しばかりかじれば充分なのだ。
だが、それを言ってしまえば横で楽しそうに話している運転手を殺さなくてはならなくなる。吸血鬼も、快楽殺人鬼ではないので殺人などしたくないのだ。
モリーは言葉を必死に選びながら会話を進めた。
しばらくは他愛のない話をしていたが、目的の場所が近づいてくるにつれ、口数は少なくなっていた。
やがて、車が停車した。
「着きましたよ。お客さん。」
「はい。夜遅くに有り難うございました。」
モリーが頭を下げると、運転手は手をパタパタさせた。
「いいよ。こっちは仕事なんだから。」
「では、せめて……。」
モリーはそう言って運転手に握手を求めた。
「なんか気恥ずかしいな。」
運転手は照れながらも、手袋を取り、握手に応じてくれた。
「アナタとは、いずれまた会える気がします。」
彼の言葉に、運転手は頬を染めながらも、
「へへ、ジブンもそんな気がします。」
と言って、代金を受け取ると名残惜しそうに去っていった。
寝ぼけ眼を擦りながら、レイナが言った。
「綺麗な人だったね。」
「ああ、綺麗な女性だった。」
モリーは真面目な声で同意する。
「惚れた?」
「惚れた。」
「‼︎」
冗談で言ったつもりの言葉に、まさかの返答が返ってきて、レイナの目は一気に覚めた。
十秒程の沈黙が二人の間に流れる。
「……。また、会えるといいね。」
「逢えるさ。きっと。」
「うん。じゃあ、家に入ろっか。」
「そうだな。」
短い言葉を交わし、二人は目的地へと歩き出した。