第29話 熊と過去と……そして死
タイトルやばいです。
月曜更新は珍しく、一体私の身に何が!?
俺には忘れられない過去がある。
しかしそれは誰もに存在するものだろう。
それがいい思い出なのか、悪い思い出なのかは分からない。
ただこれは……いい思い出になりそうだ。
グシャッ!
「うっ!」
肉が切られたようなグロテスクな音が俺の耳に入る。
それと同時に右肩に激痛が走った。
温かいものがドクドクと流れだした。
神経がやられたのか、骨がやられたのか定かではないが、右腕に力が入らない。
それでも意識だけは保とうと、無くなっていく血液を必死に脳に回す。
目が少しかすむものの、おかげで意識は持って行かれなかった。
「カ、カイ……」
はなびが泣きそうな目で俺を見た。
どういう感情か知らないが、久しぶりの再会では笑ってほしかった。
まあ現在の状況ではそうすることも出来ないだろうが。
「はなび、お前は逃げろ」
俺はできるだけ平静を装って言った。
あまりはなびに心配掛けたくなかった。
しかしはなびは首をブンブン横に振った。
「このままじゃ共倒れだ。だからお前だけでも……」
「嫌なものは嫌!」
はなびが精いっぱい叫ぶ。
いつのまにか涙で顔がグシャグシャになっている。
「しかしな……!」
その間に2発目が俺を襲う。
俺はそれを間一髪避ける。
頬を掠めただけで済んだものの、俺は現在満身創痍なことに変わりはない。
「このままじゃカイ死んじゃうよ!!」
それは覚悟の上だ。
どっちみちほおっておいても失血死しそうだ。
「はなび、俺はまたあのころに戻ってしまうかもしれない。でも……今は迷っている暇はないんだ!」
「まさかカイ……殴る気なの……!?」
何ではなびがそれを知っているのか知らないが、現実はそれどころではない。
死と隣り合わせのこの状況、楽しむ気も起こらない。
そして熊の猛攻が始まる。
今まで散々避けてきたが、限界がやってきそうだ。
俺が後方へ徐々に下がっていき、熊は俺を追い詰め始める。
そしてとうとう……後ろに下がれなくなった。
背後には巨大な岩。目の前には大きめの興奮した熊。
逃げ道はもう無い。
はなびはそれを遠くから血の気が引いた顔で見つめていた
俺はそこではなびに顔を向けて微笑みかけた。
なぜならこれは俺の計算通りなのだから。
「さあ来いよ。俺はもう逃げられない」
熊はその挑発に乗ったかのように腕を振り上げた。
そして俺へとその剛腕が迫っていった。
俺は瞬時にしゃがんでそれをかわした。
すると俺の頭の上でものすごい轟音が俺に届いた。
「かかったな……」
すごいスピードで放たれた剛腕は、俺の後ろにあった岩の手前で止まることができず、そのまま激突したのだ。
さすがの熊も痛みで動きが止まったようだ。
俺はすべての力を振り絞って左ストレートを熊の顔面へと放った。
これまたいい音がして熊は思いっきりよろめいた。
そしてここからが計算外のストーリーになる。
そう、自分……いや、中に潜む昔の自分との戦いだ。
これに勝てなければ俺はもう一生はなびを守ることなんてできやしない。
これは必ず勝たなければいけない戦い。
はなびは相変わらず青白い顔をしている。
そして俺にあの感覚が訪れる……
そう、何者かに自分が支配されるこの感覚。
頭が妙にクリアになり、痛みが全て無くなるこの感覚。
「くっ……」
俺は必死にその感覚と戦う。
思い出せ、修行の意味を。
思い出せ、戦いの意味を。
そして感じろ、俺の本当の気持ち。
「こんなところで……負けてられるか!!」
俺は強引に中の疼きを抑え込み、体の主導権を握る。
後わずかだけ……保ってくれよ……俺の身体……!
俺は脚を高くあげてそのまま熊に踵を振り下ろした。
熊は雄たけびを上げながらその場に崩れ落ちる。
いや、俺も、だ。
「カイ!」
はなびが俺に寄ってくる。
「来るな……」
俺の「中」の戦いはまだ終わっていない。
このままだとまた3年前を繰り返すことになりかねない。
「カイ!血が!血が!」
「ぇ?」
息も絶え絶えな俺が右腕を見る。
そこには夥しい量の血が水たまりを作っていた。
頭のフラフラはこれが原因かもしれない。
幸運なことに俺の身体は限界らしいので、俺の「中」の戦いは起こらないようだ。
しかしそれでも来るのは死の恐怖。
「……はは。結局お前を悲しませることになりそうだ」
「そんなこと言わないで!まだ大丈夫だから!早く病院に行くわよ!!」
はなびが俺の左腕を自分の肩に掛ける。
どうやら俺を病院まで連れて行くらしい。
しかしもう間に合いはしないだろう。
自分でも分かる、助かる見込みがないことを。
「最後に言わなきゃいけないことが……」
それまでにどうしても伝えなければいけない。
「最後って……そんなわけないじゃない!!」
はなびが涙でグシャグシャの顔を無理矢理怒った表情にする。
はなびは必死そうだ。
「はは……出来ればお前の笑顔が見たいんだが……」
久しぶりの再会で泣き顔と怒り顔しか見れないのは悲しすぎる。
せめて笑顔が見たい。
「ダ、ダメだもん!いいから急ぐわよ!!」
「は……」
やばい……意識が飛びそうだ。
もう限界だ、口も動かないし、前も見えない。
かすかにはなびの息遣いが聞こえる、それだけ。
「カイ!カイ!」
そう呼ぶはなびの声ももうどこか遠くで聞いている感じだった。
俺ははなびに抱かれながら静かに眠りについた……
死体が満足そうな顔をしているのは、死ぬ間際が幸せだったからと言われている。
実際どうなのかは知らないが、死ぬ直前が幸福だったのは一つの幸せなのであろうか。
それとも死ぬこと自体いけないだろうか。
人が死んだら悲しむ人が出る。
そうすると残された者はどうだろう、幸せと言えるのだろうか。
否、言えるはずもない。
しかしこれは残された者の理屈であり、当事者となればまた違う見方となる。
つまり何が言いたいのかと言うと、死の見方は人それぞれであるものの、いいことではない。
そして彼女はやってきた。
彼女もある意味の犠牲者の一人だ。
もう動かなくなった体を泣きそうな目で見つめる。
そんな悲しみに暮れた彼女を見るのはもう何回目か。
今日も俺のところに花を持ってきた。
そして毎日のように語りかけてくる。
今日あったこと、友人たちのこと……話すネタは尽きないようだ。
そして一通りしゃべった後、泣きながら俺のもとを去っていく。
そんなことが続いていた。
「……」
俺は彼女に返事をすることも、会釈することも出来ない。
ただ見つめるだけ。
「……」
「何だよこの本!?」
俺は読んでいた本を閉じた。
「あれ?持ってくる本を間違えちゃった?」
はなびが目の前で首を傾げる。
そう、死ぬかと思ったあの日、俺は奇跡的に一命を取り留めた。
あの後姉さん達が何故か俺達の元に来て俺を急いで助け出したらしい。
さすがは皇家というところか。
そして俺は入院、全治半年以上と言われたものの、驚異的な回復力ですぐに退院できるらしい。
ただし、右腕にギブス着用。
失った血液は
「俺と血の繋がりがある、とある男性」が輸血を申し出たらしい。
全く以って見当もつかないが。
問題の右腕はやはり神経を損傷し、最悪半身不随になるところであったが、こちらも驚異的な回復力で何とかなるらしい。
ただし、完治はしないらしいので、後遺症と傷痕は残る。
しかしまあ助かって良かった良かった。
「あのさ……ずっと聞きたかったんだけどさ、どうしてこっちに来たの?」
お前だってどうしてあんな樹海に?とは聞かない。
何せはなびが泣きそうにしているからな。
今回のこと、はなびは全面的に責任を感じているらしいし。
「それはな……我が儘を言うためだ」
「へ?」
はなびは呆気に取られた。
それでも俺はこのことを伝えなければいけない。
「その……お前って歌手になりたいのか?」
「え……?どうして?」
「いいから。お前の本心を知りたい」
俺は真剣にはなびの目を見続けた。
それが伝わったのか、はなびの目も本気になった。
「歌うのは好きだけど、歌手にならなくてもいい」
「そうか。じゃあ言うぞ。一度しか言わないからよく聞けよ」
息を呑む音が聞こえた。
はなび、いや、俺かもしれない。
「その……ずっと俺のために歌ってくれないか?観客もファンも俺一人でいい。だからもう俺の元から離れるな」
「カイ……その意味、理解してる?」
はなびの目は真剣そのもの。
きっと俺が今まで思わせぶりなことを言ってきたせいなのかもしれない。
「ああ」
「じゃ、じゃあ態度で示してよ」
泣きそうな顔で言うはなび。
不安を抱えているのかもしれない。
「わかった」
しかし俺は迷わずはなびを抱き寄せた。
そしてその唇に口づけを落とした。
「「ん……」」
俺とはなびの声が重なり合う。
少ししょっぱいけどそれはご愛嬌だろう。
そしてゆっくり唇を離す。
はなびの顔はかなり赤みを増していた。
いや、多分俺もそうなのだろう。
「で、返事が欲しいんだけど……」
俺がその言葉を言い終わる前にはなびは動いた。
だから気がついたら俺達はまたキスをしていたのだ。
「ずっと……待ってた……」
この時見せたはなびの笑顔は今までで一番輝いていた。
次話、最終話!!