第18話 残された者達の溜息
ライブ編完結。
終わりが見えてきました。
「ふざけんな!!!!」
ビリリリリ!!
「ああ!!」
Steraが突然名刺を破きだした。
何だか知らないがかなり怒っていた。
「帰れ!お前らに話すことなんか無い!」
Steraの怒鳴り声が控え室内に響く。
Steraがここまで怒るのを見たのはこれが初めてだった。
「オ、オイ!一体どうしたんだよ!」
「そうですよ!名刺を目の前で破るなんて失礼にもほどがあります!」
俺はSteraに訊いた。
それとほぼ同時にレコード会社の若い方の人がSteraに詰め寄った。
確かに目の前で名刺を破るなんて失礼すぎる。
「お前ら……俺に喧嘩売っているのか!?」
Steraの怒声が響き渡る。
さすがのはなびも不安そうな顔をしている。
「す、Stera!少し落ち着け!」
俺は宥めに入る。
止められるとは思っていないが、しないよりはマシだと思った。
「今すぐ帰れ!私はお前らに用は無い!!」
Steraの声に年上の方の男が席を立ち上がる。
「どうやら相当嫌われているようだ。今日のところはこれで失礼するよ。水島さん、連絡をお待ちしております」
「あ、はい!」
そのまま二人は控え室から出て行った。
残された俺達は気まずい状態になってしまった。
「……」
「悪い。ついカッとなっちまった」
「いや」
Steraが俺達に謝る。
そんなことより俺はあのSteraがどうしてあんなに憤慨したのかが気になった。
「なあ。お前、あのレコード会社と何かあったのか?」
「……まあな」
「そっか……」
俺はこれ以上聞かないことにした。
「これは俺の個人的な問題だ。お前達は気にしなくてもいい」
「……」
そんなことを言われると余計に気になります。
でも今はそれより……
「それでその……」
俺ははなびを見た。
「あ、私ね、さっきあの人たちから言われたんだけど……」
はなびが話をし始めた。
「私達と契約しないか?って」
「……なるほど。君の歌声が奴らの耳に深く残ったのか」
Steraはすぐに納得したようだ。
「で、でもね!私はみんなと一緒にやりたいから……」
「……いや、君の歌声は正直かなりのものだ。こんなところで燻っているのはもったいないのは確かだよ」
「Stera……」
Steraはどうやらはなびを契約させるのには意外にも賛成らしい。
「正直ここにいたら君はいつまでも上を目指せない。下手すると才能を潰してしまうかもしれない」
「Stera。でも俺達だって結構……」
「音楽をなめるな!」
「う……」
俺はSteraに怒鳴られた。
「正直な話、魂の叫びとか抜きにして純粋な才能で考えてみれば、一番なのは彼女だ」
Steraがはなびを指す。
「そして音楽界は実力主義。才能の無い奴はすぐに蹴落とされる。それにな、別にもう絶対会えないわけでもない。はなびがレコード会社と契約しても俺達は音楽を続けられる。確かにはなびの予定とかでスケジュールが大変かもしれないけど、音楽で俺達は繋がっているんだ。そうだろう?」
Steraが俺に、いや、俺達にそう問いかける。
SteraはSteraなりに彼女と自分たちのことを考えているのがよく分かる。
これからはなびは才能をどんどん開花させるだろう。
でも彼女と一緒に音楽をやるのは自由だ。
誰にも止める権利は無い。
だからこれが最善の選択……なのかもしれない。
俺は何故か心が少しだけ痛む。
でもこれも彼女の、はなびのためなら……!
「ああ。はなびの才能をここで失うのは厳しいことだ」
「……」
はなびは黙って俺の話を聞いている。
「確かに契約したら活動しなきゃいけないからあまりここに帰ってこれないかもしれない。でも俺達のところにいつでも帰ってこれるだろ?ダメだったら解約すればいい」
本当は解約なんて大変なんだけど。
「……カイは……それが一番いいと思ってる?」
「……ああ。俺ははなびの歌が好きなんだ」
俺ははなびの目を見ながら言った。
「そう……分かった。私は行く。だから絶対またみんなで音楽やろうね!」
「おう!」
こうしてはなびはシャイニングラインレコードと契約することが決まった。
するとしばらくは向こうにいることになるらしい。
新しい環境への適応とボイストレーニング。
なので、今から2ヶ月は戻ってこれないが、その後は自由にしてくれるらしい。
もちろん自身の音楽活動もするという条件だが。
そして……
「あー眠い」
「お前また欠伸かよ」
俺は今、ものすごく眠い。
何せ……
「仕方ないだろ。俺の部屋に姉さ……マイさんが住み始めたんだ。大変になるよ」
そう、大きな環境の変化だ。
俺を恨んでいるはずの姉さんが何故か帰国して俺の部屋に住み着いている。
この異常な事態を俺は飲み込みきれず、この状況に甘えてしまっている。
「ふうん……」
俊哉は意味ありげな視線を俺に向ける。
「な、何だよ」
「本心では嬉しいくせに」
「な……!」
「このシスコン」
「レイ!」
いつのまにかレイも会話に加わって、教室内がいっそう賑やかになった。
そんないつもの光景……
いや、違う。
彼女だけここにはいない。
いつも俺の隣にいて、俺に拳骨を食らわせたり、怒る彼女の姿が無い。
それが寂しい。
いつもいただけにいざとなるとこんなにも虚しいのか。
この空虚感は俺の心にもあったのかもしれない。
でも俺はそれに気が付かない振りをしたのかもしれない。
この選択が正しかったと胸を張って言える自信が今の俺には――――――――――
――ない。
ライブ編<完>