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悪魔と踊る時、言葉を口にしてはいけない

作者: 湯納

会場にその二人組が姿を現した時、凍り付いた空気の中で誰かがぽつりと言った。

「悪魔が現れた」と。


年に一度開かれる、国王主催の宮廷舞踏会。

他の舞踏会とは一線を画す規模のそれは、数多の大貴族や王族、周辺国家の重鎮達が一堂に会する唯一にして無二の巨大な祭典である。

それは地位の高くない貴族の誰もが招待を夢見る煌びやかなイベントであると共に、出席する貴族達にとっては様々な貴族達と面識を持てる場である。勿論、身に纏う衣装や装飾品、踊りの相手などの権力闘争の場でもある事は言うまでもない。


豪華絢爛な会場には、その日200人ほどの来賓と主催者たる国王の姿があった。

錚々たる顔ぶれが集い、数々の思惑を胸に臨むその会場に、しかし予期せぬ来客が訪れる。


格式高い催事は一般人が覗きに来れるものではなく、また要人も多いことから周辺には警備の者が多く配置されていた。入り口では招待状の確認と持ち物の検査も行われ、検査官の誰もが知らない人物が紹介もなく入場する事は出来ないはずだった。


開園時間もとうに過ぎ、一度は閉ざされた扉が大きく開け放たれる。


貴族たちが社交辞令に満ちた歓談に花を咲かせる中、ざわりと会場の一帯に動揺が広がる。

やがてそれは会場中に伝播していく事になる。


姿を現したのは、奇怪な一組のペアだった。

漆黒の燕尾服に身を包む長身痩躯の男と、純白のタキシードを着たやはり長身痩躯の男。

二人ともトップハットを目深にかぶり、磨き上げられた光沢のあるエナメルシューズを鳴らして堂々と中央ホールへと歩みを進める。


呆気に取られる貴族たちは反射的にその潤沢な資本で養ってきた審美眼で彼らを今一度見つめ、そしてある者は感嘆の声を漏らし、ある者は苛立ちを露わにするのだった。

見るからに仕立ての良いウィングカラーシャツに、漆黒の燕尾服には藍色の、白のタキシードには紅色の蝶ネクタイが合わせられ、塵一つなく皺一つない純然たる黒と白の衣服は大した審美眼のない者でも"安価なものでない"事を一目瞭然に分からせた。


二人の異質さは、群を抜く背丈もさることながら、片や黒い渦がまく面を、方や太陽を象ったと思われる白い光が四方に放たれるような面を被っている事もあった。

明らかに、場に似つかわしくない不気味な異彩を放っているのだ。


そして最も不自然な点は、その出で立ちにある。

本来、この祭典において最上の階級に位置しない、もっといえば下の方の貴族であればなおさら、身分の高い王位に名を連ねる者や公爵などにコネクションを作るなどを目的としている。

当然、アピールにあたって重要な要素となるのは会話や手土産など多々あるが、最も人を惹きつけ、そして興味を持たせるのは……

中央におあつらえ向きに設けられたダンスホールで、周囲を圧巻させる事である。


人によっては代理の者を呼びつける事も珍しくなく、舞踊の才によって雇われる者も多い。貴族家に仕える専属の、いわばお抱えの舞踏家なども現にこの場にはちらほらとその姿が見受けられた。

"技量を持つ舞踏家"を持っているという事は、彼らがそれほどの人脈を持ち、維持する力がある事も意味する。

そして同時に、彼ら貴族が表舞台に立たせるごく一握りの舞踏家達は、最優である事を求められる。


故に、彼らはそのアピールを技術と装飾で表す。


あらゆるダンスを網羅し、即興をいれつつも高い演技力で魅了する。

高価で煌びやかな衣装で人の目に映り込み、いかに自分に視線を集めるか、圧倒させるかを競うような、

そんな場にあって二人の衣装は黒と白というシンプルな組み合わせだった。

赤、青、紫、金と様々なドレスを纏う女性達の中で、しかしそれは、隙を感じさせない雰囲気によって凄みのあるものへと化けていた。


加えて、二人ともが燕尾服にタキシードと男性の公的な服を着用している。

そこに不自然はないが、それがペアである事が異常であった。


しかし貴族たちは高貴なプライドもあってか、その雰囲気に一瞬でも圧倒された事を認めたくなかった。

そのために、からかうような口ぶりでひそひそと陰口を叩く。

曰く「男色とは気持ちが悪い」「意表を突くことに必死になりすぎだ」「不格好で華がない」「どうせ踊れもしない」。

皮肉な事に、会場の誰もが二人の一挙手一投足に、既に魅入られているというのに。


周りの注目を一身に浴びる中、二人は中央のホール、それもど真中まで来たあたりでようやく足を止めた。

辺りをキョロキョロと見渡し、軽く手をあげる一人の男を見つけ出すと、二人は揃って軽い会釈をした。


手を上げた男の名前は、アイールという名の伯爵だった。この会場で言えば位は下から数えた方が早い、あまり冴えない男だったが、実はこの男こそが招待客の一人であってかつ、異様な二人組を連れてきた張本人である。

二人の会釈に対し、アイール伯爵は鷹揚に頷くと、再び手をかざした。それは「さぁ、踊ってくれ」という合図であった。


会場にいた人間は徐々に気づき始める。

仕草や挙動をずっと見ていたからこそ。


黒のタキシードは、女性であると。


そして無意識にでも、もう魅了されつつあるのだと。


期待は最高潮に達し、誰もが息を飲み二人の様子に意識を向けていた。


白の男と、黒の女が向かい合う。

ゆっくりと呼吸を合わせ、仮面越しに見つめ合っている。

広げられた白の両腕に、黒の手が合わさる。


スタンダードホールドから、二人の一歩が同時に大きく踏み出された。会場に、靴を鳴らす音が響き渡った。


それは、二人にとってみれば呼吸にも似た平凡な演舞だった。

しかし、人々にとってみれば竜巻のように荒々しい奔流とも、獣のような本能的な闘争とも取れた。

黒と白がせめぎ合い入り交じる激動と、不意に訪れる刹那の静止。時に熱く昂るタンゴのようなステップで、時に風に揺れるようなワルツで。高身長を活かしたダイナミックな迫力と躍動感。美しい体躯から伸びるしなやかな五体の表現力と軽やかな舞。

未知の動き、不可能とも思える技、そして完璧に合った二人の息。

圧倒的な技術と、暴力的なまでの構成。そして非現実的な完成度。


五分程のダンスの後、踊りを終えた二人はホールの中央でピタリと静止した。


長い、長い沈黙が訪れる。


誰もが声を出せずにいた。動けずにいた。

感動のあまり嗚咽する者がいた。魅了され放心状態の者がいた。見せつけらた技巧の差に絶望した者がいた。


興奮冷めやらぬ会場で、ただ一人。

想定外の事象に、想像以上の興に、王が初めて声を上げる。

それは二人に、その素性を問いかけるものだった。


「お前たちは……何者だ。」


しかし。

二人は素知らぬ様子で、すっと背を向け歩き出してしまう。

白い男が片腕を浮かせ、黒い女はその腕を取る。


王の言葉を無視など、到底考えられないというのに。

エスコートされながら歩幅まで揃えて会場を去る二人を、誰も止める事すら出来なかった。


多くの謎と衝撃を残し、二人は姿を消した。

アイール伯爵は、「私に仕える者である」としか口にしなかった。

会場を混乱させ、また王に無礼を働いた責任については王自らが許しを与え、そして彼には侯爵の爵位が与えられた。


やがて噂話は国中に広まり、誰が言い出したのか彼らは畏敬と共に『悪魔』と呼ばれた。


しかし驚くことにその後も、彼らは伯爵と共に度々パーティー等に姿を現す。

彼らは常に仮面で顔を隠し、また言葉を話す事はなかった。

そしていつも、1、2回踊るとどこかへと消え去っていった。


ある時、あどけない少女が好奇心から二人に向けてダンスを申し込んだ。

慌てて止めようとした父親の想定に反し、白の男も黒の女も頷いて少女へと手を伸ばした。

ただし、もう片方の手は口元に人差し指を立てながら。しーっ、喋ってはいけないよ、とでも言うように。

意外な事に彼らは相手のレベルに合わせ、ゆったりと踊って見せた。少女も大層ご満悦の様子だったという。


「悪魔と踊る時、話してはいけない。」


いつからか、そんな噂が広まる中。


王族のパーティーに姿を現した彼らは、王のご息女にダンスを誘われる。

白の男はこれを受け入れ、左腕を伸ばした。右手ではいつものように、人差し指を口元に立てながら。

王女をエスコートしながら、白の男がゆっくりとステップを合わせて体を揺らしている時だった。

男の耳元で、王女がそっと囁いた。


「ねえ。貴方、私のものにならない?」


白い男がどのような表情をしていたのか。誰も知る由はない。

ただ事実として、王女はダンスを終えると同時に倒れ込んだ。


慌てて駆け寄った医師も、ただ愕然と首を振り項垂れてしまった。

気付けば『悪魔』たちは消えていた。


その日を境に、以降その姿を見る者はいなかったという。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「人間界の舞踏というものを見てきたが、ああいう都市部は仰々しいだけでダメだな」

白い面を外した悪魔が、雲の上に立ち遠く昇る朝日を見ながら言った。


「もっと自然と共存する部族の方が楽しいわ」

黒い面を外しながら、もう一人の悪魔は頷いてみせる。


「イアネルクの部族は面白かったな!」


「オーリア達の舞踊は私たちに無いものを見せてくれたわ」


悪魔たちは思い返しては、自然とリズムを刻むように体を揺らす。


「またどこか探しに行こうか」

悪魔の一人が、もう一人へと手を伸ばす。


「ええ!」

伸ばされた手を掴み、悪魔は立ち上がった。


悪魔たちは雲から飛び降り、霧のように姿を消した。

また誰かに呼ばれるも良し。自分たちで好きに放浪するも良し。


王女とのダンスから一夜明け。

悪魔たちは元伯爵と、そして王国の首都から去っていった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


曰く、彼は悪魔を呼び出したそうだ。

牛のような頭をしたその悪魔は、願いを三つ叶えると言った。

彼の願いは、王程の絶大な権力を手にするといった大層な野望は持っていなかったが、少しばかり周辺の領地を得る事を第一に望んだ。次に、娘の病気の治癒を願った。そして第三に、ひときわ関心のあったダンスへの熱から誰よりもうまく踊りたい、または最も素晴らしい舞踏家を召し抱えたいと思った。

最後の残り一つ、その願いの枠に対して、二つを同時に叶えることはできない。

別の願いにしようかと考えあぐねていると、しびれを切らした悪魔は眠たげな眼で語り掛けた。


666の悪魔の中に、ダンスを"全て"とする悪魔が一対いると。

私は彼らを呼び、そして契約を取り交わしてやろうと。


彼はその話に、自分への危険はないか、恐ろしい後払いの対価はないかなどと確認をしたが、害はないという事でその願いを選ぶ事とした。


どこからともなく現れた二人は、人間の姿をしていた。

代わりに闇へと消え去る際に、牛頭の悪魔はは二つの忠告を残した。


一つ「悪魔と踊っている時に、言葉を口に出してはいけない」

一つ「彼らはしばらく君に従うが、彼らは興味を失うとどこかへと消える」


結局、悪魔たちはどこかへと消え去り、

至高のダンスを最も近くで見続け、あまつさえ自分に仕えさせる事で夢を見れた彼は、王女の死に関与し、代理人たる白い男に毒を盛らせたのだとして反逆罪で捕まった。


真相は闇に消える事となったが、悪魔のようなダンスは今もまだ、王国周辺では噂となって独り歩きしている。

やがてダンスは禁忌となり、結果として今では誰も踊ることはなくなったそうだ。


獄中で一人、狂ったように踊り続ける公爵を除いては。


OceanDriveという曲を聞いた時に、この話を書こうと思いました。

読んでくださった方、ありがとうございます。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 美しくも妖しい悪魔が目に浮かびました。 男が白で女が黒というのも素敵です。 ただ怖いではなく、少女には優しいというような決められた「ルール」以外では紳士淑女のような彼らが綺麗でした!
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