2-0 真賢者ブラウ
まだ地上と魔界が繋がっていた時代、のちに神聖分断を成し遂げて世界を救う勇者皇ロディマス率いる七英雄のひとり、真賢者ブラウ。彼は、魔界貴族ユニクロナスとの最後の戦いに赴く最中にあって、ある疑念を払拭しきれずにいた。
(この中に裏切り者がいる……)
パーティの最後尾にいたブラウは、自分の前を歩いている、他の六人の背中を順に眺めていった。
轟将マグナス
麗騎士ムーンレイザー
聖戒インフェルナ
元素王魔術師ロードロック
残影クイックアロウ
勇者皇ロディマス
そして、自分、真賢者ブラウを加えた「七英雄」
地上全ての人々の祈りと、天界の神々の期待とをそれぞれが一身に受け、魔界からの侵略者ユニクロナス討伐の使命を帯びた、勇敢にして不屈の七人。だが、この中にユニクロナスに通じている裏切り者がいる、必ず……。そうとでも考えなければ、先の戦いにおいて予想外の大苦戦を強いられたことについての説明がつかない。自分たちを迎え撃った、魔重騎士メガゾールが敷いていたあの布陣。あれはこちらの作戦を知ってでもいなければ、絶対に選択できようのない迎撃作戦だった。だが、それに気付いたものは、この中で自分以外に恐らくいないだろう。メガゾールを捕らえて口を割らせることは、後方支援の任務に就いていた自分には不可能だった。
現在遂行しているこの作戦も、全てユニクロナスに伝わっていると考えるべきだ。裏切り者を通して……。
いかな七英雄とはいえ、魔界貴族を相手に戦って倒せるなどとは、誰も考えてはいなかった。ユニクロナスに勝つ方法があるとすれば、それはひとつだけ。やつを魔界と地上界の狭間である煉獄に放逐すること。それを成し遂げるため、勇者皇ロディマスは創世神プライオネルより創世剣プライオンパックスを授かっていた。この剣をもって神聖分断を引き起こし、ユニクロナスを煉獄に永遠に封印する。そして、この神聖分断はもうひとつの効果をこの地上界にもたらす。それは、魔界と地上界との永遠の断絶。
このままでは負ける。神聖分断を達することないまま、自分たちは全滅する……裏切り者ひとりを除いて。
このことをロディマスに伝えるべきか? そうするべきだ。だが、あの純真な勇者皇が、そんなことを信じるだろうか? 今まで幾度も死線をくぐり、あらゆる苦難をともに乗り越えてきた仲間の中に、裏切り者がいるなどと……。裏切り者以外の僚友たちも黙ってはいないだろう。下手をすれば自分たちの結束を乱すだけに終わりかねない。そうなったら、ユニクロナスと対峙する前にこのパーティは自壊する。結束が強かっただけに、それが砕ける衝撃は甚大だろう。
結果、ブラウは裏切り者の存在を明かせないまま、魔界貴族ユニクロナスとの最終決戦に臨むこととなった。
七本の首を持つ究極竜という本来の姿を現わしたユニクロナスとの戦いは、だが、ブラウの予想に反して七英雄側有利に進んでいた。要所要所でブラウは、誰かが不穏な動きを見せるのではないかと目を配っていたが、今のところそれは杞憂に終わっていた。七英雄たちは皆、持てる力の全てを尽くして戦っているように見えた。(もしかしたら、裏切り者の存在さえも自分の考えすぎだったのではないか?)ブラウの胸中にそんな淡い期待も萌芽しつつあった。しかし、その芽は無残に踏みつぶされることになる。
異変が起きたのは、戦いも終盤に差し掛かった頃だった。ついにロディマスが、創世剣プライオンパックスを発動させ、神聖分断を成す機会を得た、そのとき、裏切り者が動いた。裏切り者は巧みな演技でもって、プライオンパックスを構えたロディマスの動きを封じたのみならず、そこに攻撃をかけようとしたユニクロナスをも制したのだった。
どういうことなのか? 結論から言えば、裏切り者の目的はユニクロナスを勝たせることではなかった。「七英雄とユニクロナス、どちらも滅ぼすこと」それこそが裏切り者の目的。自身の意思か、それとも何者かの思惑によって成されたものかは分からない。先の戦いにおいて魔重騎士メガゾールにこちらの情報を流したのも、ユニクロナスを信用させるための工作に過ぎなかったのだ。今の裏切り者の巧みな行動に気付いたのも、またブラウひとりだけだったが、激しい激戦の最中ブラウはそのことを誰にも伝える術を持たなかった。
ブラウは激しく後悔した。やはり戦いの前に皆に伝え、はっきりさせておくべきだったのだ、裏切り者がいたことを。「真賢者」と呼ばれた自分が真実を覆い隠してしまった。そればかりか、最後の戦いが始まる前に自分は「我々の絆は永遠に不滅だ。誰ひとり欠けることなく、この戦いに勝利することが必ず出来る」などと、心にもないことを臆面もなく吐いてしまっていた。それが現実に目を背け、一時の快楽を得るだけの空しい偽りの言葉だと知っていながら。
結果、ロディマスは自分の命と引き替えに神聖分断を成し遂げ、ユニクロナスの煉獄への放逐に成功するも、他の七英雄も全員が死亡、裏切り者もその例外ではなかった。命を賭して己が使命を遂行したのは、裏切り者も同じだった。
煉獄へと放逐される瞬間、ユニクロナスは自分の七本の首に、人間が犯す七つの悪行を宿して、七人の英雄の魂を食らい、煉獄への道連れとした。真賢者ブラウの魂に食らいついた悪行は「虚偽」
真実を偽りの言葉で糊塗した自分には相応しい悪行だと、ブラウは思った。
「その口から漏れて良いのは真実だけ。偽りの言葉には死を。たとえそれが自らの与り知らぬことであったとしても」それがブラウの魂が地上に残した最後の思念だった。
七英雄の魂は、今も煉獄でユニクロナスの牙に囚われ続けている。だが、その偉業と後悔とは創世神プライオネルを通して、神聖遺物という形で後の地上界に伝わることとなる。
創世神プライオネルが七英雄の力に匹敵すると認めたもの、そのものは七英雄の継承者であり、それぞれの地上での最後の言葉を具現化した神聖遺物とともに、世界が必要としたときに地上に遣わされる。




