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3-24 “透明人間”

「な、何を……」


 犯人と名指しされたジャーパスは、自分に向ける皆の顔を見返した。その額には汗が浮かんでいる。しかし、仮に彼がいくら弁明をしたところで、ホームズが生きて立っているという事実に抗う術はない。(しん)賢者(けんじゃ)ブラウの神聖遺物ハイ・アーティファクト真実か死かザ・トゥルース・オア・ダイ〉に抗う術は。


「ジャーパス……さん」


 中でも、ひときわ大きく目を見張っているのはクリフだった。ジャーパスも、そのまなざしが自分に刺さることに、ことさら堪えているようで、クリフとだけは目を合わせようとしなかった。


「ちょっと待て!」


 次に声を発したのはトレイブだった、ホームズが目を向けると、ハーフ・ドワーフの職人は、


「おかしいじゃねえか。今の〈たんてい〉さんの話だと、ジャーパスがリパッグを殺したのは、資料室に入ってそう時間が経たないうちってことになる。ところが、見ての通り現場はあの状態だ」


 トレイブは、散乱したままの鎧のパーツ群を指さす。皆も同じ方向を見ると、トレイブはさらに、


「あの鎧がぶちまけられたのは、リパッグが殺されたあとで間違いないって〈たんてい〉さんは言ってたよな。だったら、ジャーパスに犯行は不可能じゃねえか」

「どうしてです」

「ぼっちゃんが中庭に戻ってきていたはずだからだよ! ジャーパスとリパッグがここに入ってきたのは、ぼっちゃんが俺と一緒に保管室に行っている僅かな時間でのこと。だったら、現場をあの状態に」と、ここでトレイブはもう一度散乱した鎧を見やってから、「し終える頃には、もうとっくにぼっちゃんは中庭に戻ってきて、読書の続きに入っていたはずだってことだよ。まして、ジャーパスがリパッグと何かしらのやり取りなんかをして時間を消費していたというなら、なおさらだ。そんな状態で、どうやってここから抜け出したっていうんだ? 知ってのとおり、渡り廊下に繋がるドアは鍵が壊れていて開けられないから、唯一の出入り口は中庭に通じる扉だけだ。ぼっちゃんも自分で言っていたように、いくら本を読んでいたとはいえ、中庭に何者かが姿を見せたら――展示室から出てくるのも同じことだ――絶対に視界の隅に入って気が付いたはずだ」


 一気呵成に喋ったためか、トレイブは大きく息を吐いて口髭を揺らした。場を包んだ沈黙が、ホームズの答えを待っていることを伝えていた。ホームズは、あくまで冷静な口調を変えないまま、


「トレイブさんのおっしゃるとおりです。ジャーパスさんがここを出ようとした頃には、すでにクリフさんは中庭に戻ってきていたはずです。ですが、今のトレイブさんの話の中で、ひとつ訂正があります」

「何だよ?」

「確かに、ジャーパスさんはリパッグを(あや)めてしまいますが、それだけでもう十分時間を消費してしまい――やはり、何かのやり取りも行われたのでしょうね――リパッグを殺害してしまった時点で、すでにクリフさんは中庭に戻ってきていたのです。鎧を散乱させたのは、そのときではありません」

「なに? じゃあ、あの鎧は?」


 トレイブだけでなく、この場にいる――犯人であるジャーパスを除いた――誰もが抱いた疑問だろう。再び場を包んだ沈黙がホームズに回答を促す。


「クリフさんの目をすり抜けて現場、ここ資料室を脱出するために、ジャーパスさんが使ったトリック、そのトリックを隠蔽する結果として起きた事象なのです、あの散乱した鎧は」

「トリックだと?」トレイブはさらに、「何だ、それは?」

「……その前に」と、しかしホームズは、その疑問にすぐには答えずに、「この謎を解明するためには……クリフさん」

「は、はい?」


 突然名前を呼ばれたクリフは、しゃちほこばった。


「クリフさん」ホームズは、もう一度青年の名を口にしてから、「あなたに関わる“ある秘密”を明らかにしなければなりません」

「えっ?」


 クリフは大きく目を見開く。


「そこまでする必要があるか?」


 声を張り上げたのはジャーパスだった。ホームズは犯人の目を見返して、


「そうしなければ、あなたが使ったトリックを説明できないという事情もありますが、俺の個人的な考えを言わせてもらえるなら、このことはクリフさん自身のためにも、はっきりとさせておいたほうがよいと思います……どうですか、スカージさん」


 今度はスカージの目を見た。ジャーパスを含めた全員の目も工房長に向く。


「スカージにも関係があるってのか?」


 トレイブが訊くと、ホームズは、


「はい。それは、先代工房長で、クリフさんの父親でもあるアンハイドさんが、スカージさんとジャーパスさんのお二人にだけ打ち明けていたことなのでしょう。そのことは、アンハイドさんが自分の後継者として、息子であるにも関わらずクリフさんを指名しなかった理由にもなっています」

「どういう意味だ?」


 トレイブはさらなる疑問の言葉を発し、


「……やめてくれ」


 スカージは憐憫にも似た表情で、ホームズとクリフの顔を交互に見やる。ジャーパスは苦悶を貼り付けたような顔で、じっと床を見つめていた。


「教えて下さい」


 クリフの声が資料室に響いた。まっすぐに〈たんてい〉の目を見つめて、クリフは、


「私は知りたい。どうして父が私を後継者にしてくれなかったのか。どうして鍛冶職人の仕事から手を引くよう言ったのか。どんな秘密でも受け入れます、だから……」


 懇願の色を湛えた視線を、叔父と職長にも向けた。スカージとジャーパスも覚悟を決めたようで、何も言い返すことはなかった。それを確認すると、ホームズはゆっくりと歩き、壁に掛けてある武具のひとつを手に取った。宝石と彩色で彩られた、儀礼用の小振りの短剣(ダガー)だった。その短剣を持って、クリフの前に来るとホームズは、


「クリフさん」短剣の柄にはめ込まれた、ひとつの宝石を指さして、「これと同じものを、あるだけ保管室から持って来てくれませんか」


 ホームズが指さしたのは、緑色に輝くエメラルドだった。その頼みを受けたクリフは、


「は、はい……」


 と、確認するようにエメラルドをしっかりと見つめながら返事をすると、足早に資料室を出て行った。スカージとジャーパスの二人は、複雑な顔でその背中を見送った。

 すぐにクリフは、片手に布袋を提げて戻ってきた。


「ホームズ様」と〈たんてい〉の前に来たクリフは、「言われたとおり、保管室にあった全部を持って来ました。結構数がありましたが」

「見せて下さい」

「はい……」


 クリフはホームズに促されて、テーブルの上に袋の中身をあけた。それを見た――スカージとジャーパスを除く――皆の口からは驚きの声が上がった。クリフが袋に入れて持って来た宝石には、()()()()()()()()が混在しており、()()の斑模様を机の上に広げていた。皆の反応に対し、困惑したような顔でクリフは、


「……何が……どうしたというのですか?」


 自分と宝石を交互に見つめる者たちを見返した。

 ホームズは、机の上からエメラルドとルビーを片手にひとつずつ摘み上げて、


「これが、クリフさんの秘密です」


 ホームズは、未だ状況を把握できていないのだろう、きょとんとした顔で自分を見ているクリフと一度目を合わせてから、


「クリフさんの目は、()()()()()()()()()()のです。俺のいた世界では、“赤緑色覚異常”と呼ばれている感覚なのですが」


 言い終えると、エメラルドとルビーを机の上に戻した。スカージとジャーパスは沈痛な顔で視線を落とし、そのほかのものは皆、一様に驚きの色を顔に貼り付けていた。


「これが」ホームズは話を続け、「アンハイドさんが、息子とはいえクリフさんを後継者に指名せず、職人としての仕事も禁じた理由です。大きな戦乱のない今の時代、この工房では、実戦用のものから、宝石をちりばめ、塗装を施した装飾品(イミテーション)複製品(レプリカ)の武具へと、仕事の内容をシフトしていくこととなりました。そういった“色彩感覚”を特に必要とする新しい鍛冶職人の仕事をこなしていくうえで、特定の種類のみとはいえ、色の区別がつけられないというのは致命的なものだと、アンハイドさんは思ったのでしょう。

 アンハイドさんが、どのタイミングでクリフさんの色覚認識に異状があることを知ったのかは分かりませんが、そのことを当人に知らせなかったというのは、もしかしたら、鍛冶仕事に興味を持ったクリフさんが自分の色覚のことを知ると、ショックを受けて立ち直れなくなってしまうのでは、という心配が先立った結果だったのかもしれません。ですが、アンハイドさんは、そのことを弟であるスカージさんと、長年の付き合いで職長に指名したジャーパスさんの二人にだけには伝え、クリフさん本人にそのことを決して明かさないよう釘を刺していたのだと思われます。自分の亡きあとも、この秘密を守り通して、クリフさんを鍛冶仕事に就かせないために」


 その二人が何も言い返してこないことが、ホームズの言葉――断定を避ける言い回し――を肯定していることを教えていた。続けてホームズは、


「アンハイドさんがしたことは、息子へショックを与えまいとする配慮のつもりだったのかもしれません。が、クリフさんのほうでは、自分は父親に見切りをつけられたのだと、そういう捉え方をしてしまったのではありませんか?」


 ホームズに顔を向けられて、クリフは力なく頷いた。ホームズも、やさしく頷きを返してから、


「俺が、このクリフさんの秘密を明らかにしたほうがよいと思ったのは、そういう理由からでもあります。クリフさん、このような裏目に出る結果となりはしましたが、お父様がクリフさんを後継に指名せず、鍛冶仕事も禁じたのには、そういった事情があったのです。決して、クリフさんのことを職人として見限ったわけではなかった」

「……はい」


 クリフは返事をした。目に潤みを湛えながら。父、アンハイドの思惑を断定的に口にしても、ホームズが変わらず立っているという事実も、その理由だったに違いない。


「それにしても……」とスカージは、「ホームズ殿は、どうしてそのこと……クリフの目の見え方が普通とは違うということを知ったのですか?」

「それまでも、思い返せばヒントは色々とあったのですが、決定的だったのは、つい先ほど、クリフさんがここに来て、散らばっていた鎧のパーツを拾い上げたことです」

「どういうことでしょう?」

「クリフさんが、散乱しているパーツのひとつ――小手でした――を拾い上げたとき、彼の手の平には、まだ乾ききっていないリパッグの血が、べっとりと付いてしまったのです。どうしてクリフさんは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()? そう疑問に思ったとき、それはつまり、もしかしたら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()せいなのではないか? と俺は思いました」


 そのときのことを思い出したのか、クリフはすでに拭っていた自分の手の平を、じっと見つめた。それを見てから、ホームズは、


「俺は、それが起きた直後に、クリフさんにこのようなことを訊いてみました。“保管室から宝石を出すときに、何かおかしなことがなかったですか?”と。クリフさんは、“同じような宝石をたくさん使うことがある”という意味のことを答えてくれました。これはつまり、実際は緑色のエメラルドと赤色のルビーを使用するのであっても、クリフさんの目から見れば、()()()()()()()()使()()()()()()、と捉えられてしまったためです。

 さて、この考えが浮かぶと、俺はこれまでに見てきた中に、クリフさんが赤と緑を区別できていなかったせいで起きた出来事があったと思い至ったのです。それは、リパッグの死体発見時のことです、クリフさんは、俺たちと同じように、床に流れ出たリパッグの緑色の血を目撃していながらも『死んでいるのは誰か?』という意味のことを口にしていました。そのとき現場に居合わせたものの中で、緑色の血液を目にしながら、『この血の持ち主は誰か?』ということに疑問を持つものなどいません。流れ出ている()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。ですが、クリフさんの目には、人間の赤い血もゴブリンの緑の血も一緒に見えるため、被害者を特定できなかったわけです」


 ホームズが説明し終えると、室内にはしばしの間、沈黙が停滞した。

 また、リパッグから預かった緑色のエメラルドを、ホームズが赤い絨毯が敷かれた廊下に落としてしまったことがあった。それをクリフに見られていたであろうにも関わらず、クリフが何も言ってはこなかったことも、ホームズの推理の補強になっていたのだが、そのことは今は伏せておくことにした。


「そ、それは分かったが……」と沈黙を振り払うように、トレイブの声が、「そのこと……ぼっちゃんの目の見え方が普通と違うということが、どうジャーパスの使ったトリックに繋がるっていうんだ? いったいジャーパスはどうやって現場から脱出を?」

「“透明人間”になったのです」

「透明人間?」


 ホームズの答えを聞き、トレイブは叫んだ。ホームズは、冷静な声を保ったまま、


「ええ、“透明人間”です。とはいっても、もちろん本当に透明になったわけではなく、いわば、クリフさんの目だけに通用する“透明人間”になったということです」

「ぼっちゃんに対してだけの、透明人間?」

「はい。だからこそ、紅騎士(スカーレット・ナイト)と呼ばれた、デモリスの鎧が必要だったのです。ご覧のとおり」とホームズは散乱した紅い鎧のパーツ軍を示して、「デモリスの鎧――あれは当然複製品(レプリカ)ですが――は、全身隈なく深紅に染め上げられています。もし、あの鎧を着て、()()()()()()()()()()()()()()()()、クリフさんの目にはどう映るでしょう」

「……ああっ! それは、まさか!」


 トレイブは大きく口を開けて、髭の間から口腔を覗かせた。


「そうです。皆さんもご存じのとおり、この展示室棟の中庭に面した外壁は、すべて、高さ三メートルはある生垣で覆われています。さらに、その前に広がる中庭は全面に芝生が植えられています。クリフさんは、事務所棟側に設えられたテラスの椅子に座り、展示室側に体を向けて本を読んでいました。つまり、クリフさんから見えるのは、生垣と芝生で構成された一面緑色の背景。そこを深紅の鎧が歩く。これを、赤緑色覚異常を持つクリフさんの目を通して見れば、どうでしょう。鎧と背景の色が混じりあい、まさに“透明人間”と化してしまうのではないでしょうか。もちろん、その様子を注視していれば、いくら色の区別がつかないとはいえ、“何か動くものがあるな”ということは察せられたでしょう。ですが、そのときのクリフさんは、本を読むのに集中していました。視界の隅には捉えたかもしれませんが、背景と見分けが付かない色をしたものが動いていたところで、それは読書の集中を妨げるほどのものではありませんでした。あのデモリスの鎧は、演劇用に作られた複製品(レプリカ)のため、演者の扱いやすさを図って、着用者ひとりで着脱できるよう設計されており、かつ、本物の鎧よりも余程軽量に作られてもいます」

「ここに数ある鎧の中でも、“紅騎士”の鎧が選ばれた理由はそれか。選ばれたというよりも、それでなければならなかった」


 一緒に現場を見聞したミラージュが言った。


「そう」とホームズは、「加えて、当然ジャーパスさんは、クリフさんの目に少しでも違和感を抱かせないよう、可能な限りゆっくりと歩いたのでしょうけれど、どんなに気をつけたとしても、鎧を着用しての歩行など、金属同士が触れ合う音を立てずに済ませることは不可能でしょう。しかし、ジャーパスさんは、その音も消し去ることが出来ました。正確には、消し去るというよりも、紛れさせるというほうが正しいですが」

「……工房の作業音」


 トレイブが言うと、ホームズは、そうです、と頷き、


「工房に絶えず響いている作業音、中庭を埋めた緑、資料室にあった深紅の鎧、これらを味方につけることで、ジャーパスさんは、クリフさんに対してだけ通用する“透明人間”となり、現場を脱出することが出来たというわけです」

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