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3-14 彼らの事情

 この世界の朝の早さに未だ慣れないホームズだが、寝床が事務所の寝室にある愛用のベッド以外となると、さらに体を起こす際に重みを感じる。


「ホームズ、起きて」


 ワトソンに体を揺さぶられて起こされるのも久しぶりだなと、まどろんだ思考の中でホームズは思いながら、重い体を起こした。

 風呂を済ませて食堂に入ると、


「おはようごぜえやす」


 食事の準備をしているリパッグに迎えられた。食卓にはすでに、クリフとスカージの二人もついている。

 クリフから今日の予定を訊かれたホームズは、ミラージュと会う予定になっていることを告げると、「それならば、また応接室を空けておきます」と返されて頭を下げた。何の用事で会うのかまでは訊かれずに済んだ。

 食事の用意を終えると、リパッグは自分の分には手を付けないまま食堂を出た。クリフによると、門の通用口を解錠しに行ったのだとか。時刻はまだ午前六時をまわったところで、アンハイド武具工房本来の就業開始時刻は午前七時なのだが、早めに来て仕事の準備をする職人がいるためだという。それを聞いてホームズは、早く出社したがる人はどこの世界にもいるのだなと、感心と呆れがないまぜになった心境で食事を続けた。



 ミラージュが訪れたのは、就業から一時間後、ちょうど教会の鳴らす午前八時課の鐘が聞こえた頃だった。他に衛兵は連れておらず、彼ひとりだけだった。昨日と同じく、ホームズ、ワトソンの他には誰も同席せず、水を持って来たリパッグも、人数分のグラスを置くとすぐに応接室を出て行った。


「首尾はどうだった?」


 ホームズが訊くと、


「存外、収穫があったといっていいかもな」ミラージュは鞄から書類を取りだして、「何人かに、これはという事情があることが分かった」

「何人か? 誰なんだ?」

「ざっと名前を挙げると……」ミラージュは書面に目を走らせて、「工房長のスカージ、職長のジャーパス、職人のトレイブ、この三人だな」


 ホームズは思わずワトソンと目を合わせた。まさに、昨日聴取をした工房の重要人物たちではないか。


「……その順番で頼む」

「分かった」


 ホームズの言葉に、改めてミラージュは書類に目を落とした。


「まず、工房長のスカージだが、彼は三年ほど前までは冒険者ギルドの職員だったそうだ」

「ああ、俺も本人から聞いた」

「なら話は早いな。スカージは、その職員だった時代に不正をはたらいていた疑いがある」

「不正だと?」

「そうだ。この世界の冒険者ギルドについては詳しいか?」


 訊かれてホームズが(かぶり)を振ると、「我々衛兵騎士団については調べていたのに」とミラージュが、


「冒険者ギルドという場所は、各地に残る地下迷宮(ダンジョン)探索のためのパーティを組織するという仕事以外にも、個人、組織を問わず持ち込まれたトラブル解決の依頼を、冒険者に斡旋するということも行っている。未踏破の地下迷宮がだんだんと減っていく昨今、冒険者の仕事は、地下迷宮踏破などの探索(クエスト)と、そういった外部からの依頼が半々を占めるくらいになっていると聞くな。話が逸れたが、とにかく、そういった持ち込み仕事――“依頼(リクエスト)”と呼んでいるが――も内容はピンキリだ。簡単かつ稼げる“おいしい仕事”となると、複数の冒険者パーティ、あるいは個人が受注を希望して、そうなったら最終的に、くじ引きで受注者を決定することになっている」

「スカージの不正というのは、もしかして?」

「ああ、恐らくお前が察したとおりだろう。職員としての立場を悪用して、そのくじ引きに仕掛けをしていたらしい。前もってくじに細工をしておいて、“当たり”が分かるようにしておき、その“当たり”の引き方を冒険者に教える。当然、それ相応の報酬と引き替えにな」

「証拠はあるのか?」

「こちらでは把握していない。だがな、スカージが不正を行っていたという証拠を握っている元冒険者だか職員というのが、この近くにいるらしく、そいつがスカージに接触したという話もある」

強請(ゆす)りってことか?」

「だろうな。もう辞めているとはいえ、職員時代の不正は立派な犯罪として成立する」

「それで、口止め料として金が必要だったと」

「十分犯行動機になるだろう」

「……そうかも、いや、そうだろうな」


 ホームズは乾いた喉を潤すためグラスを手に取った。ミラージュも水で唇を湿らせてから、


「で、次は職長のジャーパスなんだが、こっちは単純な話だ。彼はこの近くに家を持っていて、妻子と暮らしているんだが。他にも女性を囲っているらしい」

「なんと。愛人ってやつか」

「そうだな」


〈愛人〉という言葉が通じたことを意外に思いつつ、ホームズはミラージュが言葉を継ぐのを待つ。


「『囲っている』というのは語弊があるかもな。その愛人自身も酒場で働いている。その酒場近くの小さな家で、幼い女の子と男の子と三人暮らしをしているんだ」

「子持ちなのか」

「ああ、女の子のほうが年上で、歳は十歳くらい、男の子は五つか六つといったところだそうだ」

「その子供は、もしかして……」

「確証があるわけじゃない」

「だろうな」


 ホームズが、自分のいた世界であれば、DNA鑑定にかけて血縁関係の有無をはっきりさせられるのに、と詮無いことを思っている間にも、ミラージュの話は続き、


「ジャーパスがその親子の家に行くときには、マントにフードもかぶり、あからさまに人目を避けているということだ。酒場で働いて得られる賃金なんて、たかが知れてる。自分ひとりならともかく、食べ盛りの幼い子供二人を養っていくのは難しいと思う」

「その資金を……」

「十分ありえるだろう」

「はあ……。よくそんなことまで調べ上げたな、この短時間で」

「感謝してくれていいぞ」

「そうさせてもらう」


 ホームズは深いため息をついた。スカージもジャーパスも、昨日聴取した限りでは人当たりも悪くなく、本気で事件の解決を願っているように見えた。それが、一皮剝けばこれとは……。もう一度水を喉に流し込んで気を取り直してホームズは、


「さて、じゃあ、最後はトレイブか」

「そうだな。こっちも単純な話だ。彼はギャンブルが好きで、結構な額の借金を背負ってるらしい」

「なるほど、単純な話だ。しかも、極めて強い動機になる」

「だな。彼にはドワーフの血が流れているそうだな。ドワーフっていう種族は、元来ギャンブルなんかの勝負事が好きなんだ。しかもだ、そのギャンブルの胴元というのが、どうやらかなり危険な組織だということらしい。強攻(きょうこう)騎士団にもリストアップされているくらいのな」

「組対――じゃなかった、その何とか騎士団の名前が出てくるということは、つまり、この世界におけるヤクザ屋さんてことか」

「〈やくざやさん〉?」

「ああ……反社会的組織、って言えば通じるか?」

「それなら分かる。そうだな、行儀がいいとはいえない商売を生業とした、危ない連中だということだ。そんなところに作った借金というのであれば、返せなければ命に関わってくる」

「だろうな」

「だが、私の聞いた話では、そもそも今回の事件が発覚したのは、そのトレイブという職人の手柄だそうじゃないか」

「そうなんだが、分からんぞ。誰かに犯行を勘ぐられそうになって、もう潮時だと思い、疑いを逸らすために自ら犯行を暴いた――いや、暴く振りをした、ということもありうる」

「そういう考えもあるか」


 ミラージュは書類をテーブルに置くと、背もたれに背中を預けて腕を組んだ。


「しかし」とホームズは、その書類を眺めながら、「さっきも言わせてもらったが、昨日の今日で、よくこれだけの情報を掻き集められたな」

「それは衛兵騎士の機動力と物量、それに何と言っても能力の賜物さ」


 ホームズのいた世界と違い、この世界では高速長距離移動をするための足がない。従って、人々の生活範囲も必然、一定の範囲に収まることになる。当たり前の話だが電話などのパーソナルな通信手段もなく、調べる範囲が極めて限定されるために可能なことなのだろうとホームズは思った。もっとも、ミラージュの言うとおり、調べに当たる衛兵の人数、能力も無視できない要素であることも確かだろう。


「他の職人からは、特に事件の動機となるようなことは見つかっていないな」


 ミラージュが書類を鞄に戻し始めると、ホームズが、


「クリフとリパッグは?」


 二人の名前を口にした。


「なに?」その言葉に手の動きを止めたミラージュは、「クリフは前工房長のひとり息子で、リパッグというのはここで働いているゴブリンだな」


 ホームズは頷く。ミラージュは、しまいかけていた書類に再び目を通し、


「……いや、その二人も当然調査対象としたが、他の職人たちと同じだ。事件の――ガラス玉とすり替えて宝石を盗む――動機になるようなことは見つからなかった。特に、リパッグのほうは、ほとんどこの工房の外に出ることはないみたいだな。食料なんかの生活用品の購入も、出入りの業者の配達に頼っているらしい」

「そうか」


 ホームズは安堵した。とはいえ、動機がないからといって容疑の圏外に置くのは早計に過ぎると、自分に言い聞かせてもいた。


「何だ」とミラージュは、「お前までリパッグのことを疑ってるのか?」

「そんなわけあるか!」


 思わず大きな声を上げてしまう。すまん、とひと言詫びてからホームズは、


「リパッグを疑うといえば、あの第二部隊の隊長さんは、どうしてる?」

「スワイプスか。そういえば、昨日から姿を見ていないな」

「怪しいな。また何かしでかしに来るということも……」


 ホームズは言葉を止めた。ミラージュ、ワトソンもそれについて何か言うことはなかった。二人もその原因に気付いたためだろう。音が近づいてくる。作業場から絶え間なく聞こえてくる作業音とは明らかに異質の、それは大勢の人間が隊列を組んで歩いてくる足音に聞こえた。三人は顔を見合わせると、同時にソファを立って応接室を走り出る。廊下を抜け、玄関に差し掛かったところでクリフと鉢合わせた。


「クリフさん、リパッグは?」


 ホームズが訊くと、


「自室に待機させています」


 クリフが答えた直後、玄関扉が荒々しく開かれた。その向こうにいたのは、数十名に上る衛兵たちと、


「スワイプス……」


 その中心に立つ男の名をホームズが呟いた。衛兵騎士団第二部隊隊長スワイプスは、そのホームズには一瞥くれただけで、すぐに、


「ミラージュ、こんなところで何をしている」


 ホームズの隣に立つ第一部隊隊長に鋭い声を浴びせた。


「お前こそ、何のつもりだ、こんな大部隊を引き連れて」

「ふん、決まっているだろう。この工房の一斉捜索を行う」

「なに?」

「まずは、この事務所棟からだ――」

「待て!」


 腕を上げて引き連れた衛兵を動かそうとしたスワイプスを、ミラージュの一喝が止めた。


「お前」ミラージュはスワイプスににじり寄って、「一斉捜索など、本部の許可は取っているんだろうな」

「……」


 スワイプスは答えず、ミラージュを睨み返すだけだった。


「やはりな」ミラージュは笑みを浮かべて、「いくら部隊長とはいえ、許可もなしに私有地の一斉捜索など出来ないことくらい、お前も分かってるだろう」

「許可は申請中だ」

「だったら令状を取ってからにしろ。私有地を一斉捜索する際には、令状を土地家屋の持ち主に開示する義務があるはずだ」

「なんだと」

「俺が何か間違ったことを言ってるか?」

「……」スワイプスは顔色を変えて唇を噛んだが、すぐに、「だったら、こちらも言わせてもらうがな、お前、俺に隠れてこそこそと何やら調べていたらしいな」


 今度はミラージュの顔に焦りの色が浮かんだ。ふん、とスワイプスは鼻を鳴らしてから、


「管轄外の事件の捜査に勝手に首を突っ込んで、それこそ許可は取ってるんだろうな」

「お前の捜査があまりに杜撰(ずさん)だから、見るに見かねて手を貸しただけだ」

「手を貸す? そうか、そこの〈たんてい〉とかいう怪しいやつにだな」スワイプスはホームズに視線を動かして、「おい、昨日も言ったが、この事件は我が衛兵騎士団第二部隊の担当だ。部外者は即刻消えろ」

「なんだと――」


 拳を握って足を踏み出しかけたホームズを、腰に両腕を回してワトソンが止める。


「待って下さい」そこにクリフが割って入り、「ホームズ様は、私が個人的に雇った〈たんてい〉です。衛兵とはいえ彼をどうこうする権限はないはずです」

「しかしですね、クリフさん――」

「どうしてもとおっしゃるのであれば、ミラージュさんの言うとおり、令状を持って来てからにして下さい」


 クリフに睨み返されて、スワイプスは舌打ちをすると、


「いいでしょう。許可申請を出しているのは本当だ。遅くとも、今日中に令状は下りるはずだ。それからゆっくりと調べてやる。とにかく、今日中だ。あのゴブリンに覚悟していろと伝えておいてやれ」

「リパッグは無実です」


 クリフが毅然と反論した。


「ふん……いったん戻るぞ」


 スワイプスは率いてきた部隊を連れ、正門に向かって歩いていった。

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