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3-13 血塗られた鎧

 リパッグに連れられて、ホームズとワトソンは作業場に案内された。事務所棟にいても届いていた作業音は、当然だが近づくにつれ音量を増していき、作業場の中に入ると、すぐ隣同士でかろうじて会話が可能というレベルにまでなっていた。これでは教会の鳴らす鐘の音など、耳に出来る道理がないなとホームズは納得した。

 各作業場を訪れてホームズが感じたのは、職人みんなからリパッグは慕われているということだった。職人同士でもそれは同じで、中にはワトソンと同じ肌の色をしているものもいるが、そんなことはまったく関係なく、全員が全員、仕事仲間として誰に対しても分け隔てなく接しているのだということが、働きぶりや会話の端々から伝わってきた。

 その中でも、先ほど聴取した、ドワーフの混血であるトレイブの存在感は突出したものがあると、素人ながらもホームズは感じ取っていた。彼のもとには多くの職人がアドバイスを求めに訪れる。トレイブは自分の仕事をしているのと同じ程度、そういった他の職人へのアドバイスに時間を費やしていた。かといって面倒くさがるような素振りはない。どんな質問や疑問点にも的確に、時には実践を交え――口調には乱暴なものを交えつつも――真摯に応対しているなとホームズは思った。


 作業場のひとつには、職長であるジャーパスの姿もあった。話を訊くと、本来、彼は休憩所に併設された職長室に詰めてデスクワークをしていることが多いのだが、手が空くと、こうして現場を廻っているという。ちょうど今は大口の注文をさばいている真っ最中で、少しでも手が空くと現場に手伝いに来ているらしい「邪魔をしに来ているだけですよ」とジャーパスは笑ったが、さすがにその仕事ぶりは確かなものがあるとホームズの目には映った。周りの職人たちもジャーパスのことを本気で頼りにしていることが窺え、職長という立場になってはいるが、彼も未だに職人たちに囲まれて現場にいるのが好きなのだなと、ホームズはその様子を見て感じ取った。


 作業場の仕事自体も、ホームズは興味深く見学した。熱い鉄を打ち、武具を形成し、装飾品(イミテーション)ならば、さらに塗装を施したり、宝石や金箔などで飾り付けをしていく。荒々しさと繊細さが同居している独特な仕事場だった。

 四つの作業場をひととおり見学し終える頃、「そろそろでさあ」とリパッグは作業場を出て行こうとする。何事か、とホームズが問うと、仕事終わりの鐘を鳴らすために展示室棟に戻るのだという。もうそんな時間か、と思うと同時にホームズは、時計のないこの世界でリパッグの持つ時間感覚に改めて感心した。


 教会からの午後四時課の鐘が聞こえた直後、アンハイド武具工房にも終業時刻を知らせる、けたたましい鐘声が打ち鳴らされた。今度もリパッグに誘われたが、しかしホームズは屋根には上らず、鐘楼の真下で大地をしっかりと踏みしめたまま、その音を聞いた。「高いところが怖いんでしょ」というワトソンの突っ込みには無言をもって回答とした。



 この日の仕事が終わり、職人たちは帰り支度を整えると、三々五々、正門を出て自宅への帰路に就く。その中には、トレイブと、職長であるジャーパスの姿もあった。職人たちが全員工房をあとにすると、リパッグが正門を閉め、隣に開いた通用口とともにしっかりと施錠をした。

 戸締まりが終わると、ホームズとワトソンは事務所棟の食堂に招かれて夕食をいただくことになった。クリフとスカージ、リパッグも同席し、昼食時と同じメンバーとなった。つまり、この三人が、事務所棟兼住居であるこの建物に常時居住しているということだ。クリフとスカージは甥と叔父という関係であり、先代工房長のアンハイドの時代からこの家で働いているリパッグも家族同然の間柄なのだろう。そのリパッグは、先に食事を済ませると、


「あっしは、もう休ませていただきやす。食器はそのままにしておいて下せえ」


 と言い残して食堂を出た。その姿をクリフが心配そうに見送る。昼間の騒動で気苦労を抱えているのだろうなとホームズは、ドアの向こうに消えていくリパッグの小さな背中を見て思った。


 食事を摂りながらクリフとスカージは、ホームズとワトソンに工房を見学した感想を訊いた。二人は口々に工房と、そので働く職人たちに対しての賛辞を口にして、それを聞くたびにクリフとスカージは相好を崩していた。しかし、ホームズは内心に複雑な気持ちを抱えていた。職人たちを讃える言葉に嘘はない。が、製品の宝石をガラス玉にすり替えた犯人は内部にいることで間違いないと見られているのだ。クリフとスカージも同じことを考えているのだろうとホームズは察した。二人の笑顔の中に憂いのような感情が滲んでいるように思えたからだ。


「ああ、そういえば、クリフさんとリパッグに案内されて、展示室も拝見しましたよ」


 ホームズは話題を変えた。「どうでしたか?」とのスカージの問いかけには、


「事前に、この工房で扱っている仕事内容をクリフさんから聞いていましたが、想像以上でした。どれもこれも芸術品と称しても良い見事なものばかりでしたから。まるで、ゲームやアニメの世界から抜け出てきたような――あ、いえ」この世界にない言葉を耳にしたせいだろう、きょとんとしたクリフらを前に、ホームズは小さく手を振ってから、「とにかく、素晴らしかったですね」

「そうですか、そうですか」とスカージは満足そうに頷いて、「特に印象に残ったものは何かありましたか?」

「それは何と言ってももう、あれですね。“紅騎士(スカーレット・ナイト)”の鎧です」

「ああ」とスカージは納得したように頷いて、「あれは、先代の最高傑作と言われた逸品ですからね」

「先代ということは、クリフのお父様、アンハイドさんの?」

「ん? クリフ、お前、あれがアンハイドの作品だということは言わなかったのか?」


 スカージは甥に顔を向ける。


「ええ」とクリフは、「何だか、身内を自慢するみたいで変じゃないですか」


 その言葉を聞いて、ホームズは、


「そんなふうに感じることはないと思いますよ。人に誇れる立派な仕事じゃないですか。見学したときに言って下さればよかったのに」

「はは、そうしたら、もっと褒めてくれていましたか」クリフは笑い声を漏らして、「でも、正直な話、それには触れたくないっていう気持ちがあったことも事実です」

「……どういうことでしょう?」


 笑みが消えたクリフの顔を覗き込み、ホームズが尋ねた。


「私は、父から職人失格の烙印を押された人間ですから……」


 ホームズは思い出した。クリフが父である先代工房長アンハイドから、職人の仕事をするのを禁じられたという話を。食卓の空気が静かになる中、クリフは、


「だから、ちょっとコンプレックスでもあるんですよね、父のことが。もしかしたら、父が私を職人にさせなかったのは、このまま同じ職人としての道を進むと、否応なく自分と比較されてしまうことを配慮してのことだったのかもしれません。息子の仕事は先代の足元にも及ばない、みたいなことを言われてしまわないようにという――」

「そんなことはないぞ、クリフ」


 真剣な表情でスカージが口を挟んだ。クリフは言葉を止めて叔父の顔を見返して、


「だったら、どうして父は、私を職人にしてくれなかったのでしょう?」


 だが、スカージはその答えを返さなかった。知らないのか、あるいは知っていて教えられないのか。表情から窺い知ることはホームズには出来なかった。無論、クリフ自身もそうだろう。


「そういうことでしたか」とホームズは場の空気を引き上げるように明るい声で、「俺も、あの鎧は他のものとは違うなっていう、何て言うかオーラみたいなものを感じましたから」


〈オーラ〉という単語が通じるか不安だったが、特に誰も不可解な顔をするものはいなかった。


「ありがとうございます」とクリフは小さく頭を下げて、「先代の仕事は、あまりこの工房に残っていないんです。展示室を作る際に、方々から先代が作った製品を買い戻そうとしたのですが、ほとんどの方から断られてしまいまして。それだけ手元に置いておきたい、手放したくない逸品ばかりだったということなので、誇らしいことではあるのですが。ですので、先代が作った完全な製品で展示室にあるのは、あの紅騎士の鎧ただひとつだけなんですよ」

「さすがですね」とホームズは頷いて、「で、あの紅騎士の鎧はだけを買い戻すことができたと。どうしてです?」


 その質問をされるとクリフは黙り、横目でスカージの顔を伺うように見た。叔父が許可を出すように黙って頷いたのを見たクリフは、


「あの鎧が、演劇用に作られたということは昼間にもお話ししましたが」


 ホームズは、はい、と答えた。そのため通常の鎧と違って、演者ひとりでも着脱できるよう工夫がされていると聞いていた。


「あの鎧を使って紅騎士デモリスの演劇を行っていた劇団で、事件が起きたのです」

「事件?」

「はい。殺人事件でした」


 ホームズは色めきだった。クリフは話を続け、


「劇団の中で女優をめぐっての三角関係が勃発して、その中のひとりであったデモリス役の俳優が、ライバルの俳優に殺害されてしまったのです。しかも、劇の本番が演じられている中での出来事だったそうです。三角関係とはいっても、デモリス役の俳優と女優とが相思相愛で、殺害犯は端から蚊帳の外という状態だったらしく、そのことを恨んでの犯行だったそうです。

 犯人の俳優は、デモリスと戦う冒険者パーティの戦士役でした。劇のクライマックス、本来でしたら、戦士役の俳優は模造剣でデモリス役の俳優の胴体を貫く芝居をするはずでした。ですが、その日、戦士役の俳優が鞘に収めていたのは、練習やそれまでの本番舞台で使用していた模造品(イミテーション)ではなく、本物の剣だったのです」

「ということは、まさか?」

「はい、戦士役の俳優は、デモリスに剣を突き立てる際、()()をしませんでした。切っ先は鎧の隙間に入り込み、デモリス役の俳優の腹に深々と突き刺さったそうです。一瞬、迫真の芝居だと勘違いした観客たちは、息を呑んでその場面を見ていたといいます。ですが、戦士役の俳優が剣を抜いた直後、デモリス役の俳優の腹部から鮮血が噴水のようにほとばしって……劇場は混乱の渦と化したそうです」

「それで、どうなったのです?」

「舞台上の俳優たちによって殺害犯の俳優は取り押さえられ、即刻衛兵に引き渡されました。それが原因となって、その劇団は以降、紅騎士デモリスの演劇を封印してしまったそうです。そういった事情があったものですから、あの鎧だけは簡単に買い戻すことができたのです。私たちが引き取ると言って、劇団の方々はむしろ感謝していたくらいでした」

「そんなことが……」


 ホームズは、展示室であの鎧があれだけの存在を放っていたのは、先代の手による逸品という理由の他に、それも関係していたのではないかと思い背筋を震わせた。



 夕食を終える頃には、もう完全に陽は沈み、辺りは闇と静寂に包まれた。新鮮な空気を吸いに外に出たホームズは、お昼休み以外は作業音が鳴り止むことのなかった昼間とは様相を一変させた工房に、何やら不気味なものを感じ取った。夕食時に聞いた紅騎士デモリスの鎧についての話も雰囲気作りの一役を買っていることは間違いない。


「ホームズ!」

「――うわっ!」


 突然、名前を呼ばれると同時に背中を押され、ホームズは跳び上がった。


「な、何だよ、お前か……」


 振り向いたホームズは、後ろに立っているワトソンを見た。


「もう寝ようよ」

「そ、そうだな」


 ホームズは闇に包まれた作業場方面に一度目をやってから答える。「びっくりした?」「したに決まってるだろ」というやり取りを交しながら、二人は連れだって玄関に入っていった。

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