3-11 原点回帰
応接室から探偵とその助手以外に誰もいなくなると、ワトソンは両腕を上げ
つま先をぴんと張って大きく伸びをした。その横に座るホームズは、深くため息をつくと、腕を組みソファの背もたれに背中をつけ、
「どう思う?」
隣のワトソンを見た。
「どうって……こういう組織って、人の思惑が入り乱れてて色々と大変なんだなって思った」
「それについては同感だ。事件のほうは?」
「それについては、さっぱり」
「またしても同感だ」とホームズも大きく四肢を伸ばして、「状況や、クリフさんをはじめ聴取した人たち全員の意見から、内部犯による犯行と見て間違いはないと、これくらいしか分かったことはないな、結局」
「そうだね。工房にいる全員が疑わしいとなると、これはもう大変な人数になるよ」
「うーん……多すぎる容疑者か。まさか、その全員が犯人ってことはないだろうが……」
ホームズの頭に有名古典ミステリのタイトルが浮かんだが、当然口にはしなかった。
「ねえ」とワトソンはソファに浅く座り直して、「全員が犯人ってのは、さすがにないにしても、スカージさんの言っていたようなことが実際に行われた可能性は、あるんじゃない?」
「何だ?」
「職人をはじめ、全員が犯人をかばってるってことだよ」
「もしそうだとしたら」ホームズも体を起こしてソファに座り直し、「トレイブさんの立場が微妙なものになるな」
「どうして?」
「考えてもみろ、そもそも今回の宝石すり替えによる横領が発覚したのは、トレイブさんがガラス玉を見破ったからなんだぞ」
「あ、そうか」
「もし、お前の説が真相だとしたら、こんな感じになるな。トレイブさんの眼力によって、宝石のすり替えが行われていたことが発覚してしまう。絶対に犯行がばれるはずがないと高をくくっていた犯人は、いざ犯行が明るみに出てしまうと途端に恐ろしくなり、誰かに相談を持ちかける。それを聞いた相談者は、犯人にやむにやまれぬ事情があって横領に手をつけてしまったんだと知り、同情から職人たちを全員集めて口裏を合わさせて犯人をかばい、事件がうやむやに終わるのを期待したってところだ」
「確かにそれだったら、事件を発覚させてしまったトレイブさんは、いたたまれない気持ちになるだろうね」
「だが、聴取した様子を思い出してみても、トレイブさんにはそういった後ろめたさみたいなものは一切感じられなかった」
「僕もそう思う」
「人の態度や心理的な印象を根拠にするのって、俺はあまり好きじゃないんだが――あくまで傍証でしかないからな――それにしても、トレイブさんの言動からは、本気で犯人を見つけて欲しいという思いが感じられた」
「うん。これも傍証だけど、元来ドワーフって謀略とか心理戦みたいなことって得意じゃないし、隠し事が出来なくて、思ったことをすぐ口に出しちゃうことが多い種族なんだよ。半分ドワーフの血を引いてるトレイブさんも、そういう気質は持っていると思う」
「ただ、だからといって、この“職人全員共犯説”を完全に捨てることは出来ない」
「どうして?」
「簡単な話だ。職人たちの中で、トレイブさんだけがのけ者にされていて、事実を知らされていないという場合も考えられるからだ」
「そうか」
「ああ、『トレイブさんは隠し事が出来ないタイプだから、彼だけには秘密にしておこう』と誰かが言い出したということもあり得る。今、お前が言ったみたいな、ドワーフという種族の特性を知っているなら、なおさらな。というか、そもそもこの事件、端からトレイブさんを抜きにした職人たちで共謀しての犯行だったという線も、なくはないぞ」
「組織的な犯行ってこと?」
「ああ、トレイブさんは頑固な人みたいだから、こんな犯罪を持ちかけても手を貸すとは思えないと主犯が思ったからとかな」
「頑固者っていうのも、ドワーフの特徴のひとつだね」
「だが、当たり前の話だが、単独犯、あるいは少数犯の可能性も同時に追いかけていく必要がある。とはいうものの、こういう計画的で地味な犯罪の場合、物証を見つけるのは非情に困難なんだ。突発的な犯行でもなければ、複雑怪奇なトリックが使われているわけでもないんで、証拠が残りにくいからな」
「どうするのさ」
「犯罪捜査の原点に帰るんだよ」
「原点って?」
「動機だ。そもそも横領なんて犯罪を企てるのは、それ相応の動機が先に存在するからだ。容疑者たちの中で、まとまった大金を必要としているやつを探す。借金を抱えているとか、貢ぐ愛人がいるとか、政治的な目的のために金をばらまく必要があるだとかな」
「なるほど」
「……はあ」そこまで言うと、ホームズはまた、うーん、と唸りながら四肢を伸ばして、「ますます“社会派”っぽい展開になってきたなぁ……」
伸ばしきった四肢をだらりと投げ出した。
「動機を、どうやって調べるの? もし工房の人たちが結託した犯行だった場合、誰も仲間の不利になるようなことは喋ってくれないと思うけど」
「そのとおりだ。そもそも共犯云々関係なく、この工房の人たちは縦横の繋がりが強いから、そういった個人の不利益になるような情報を聞き出すのは困難だろうな」
「打つ手なしってこと?」
「いや、そんなことはない。内部が駄目なら外部だ。街に出て、容疑者たちと関わりのある人たちに聞き込みをするんだよ」
「それだと、聞き込み対象者がとんでもない人数にならない?」
「なるだろうな」
「大変な手間だよね?」
「大変な手間だ」
「僕たちだけで出来るかな?」
「まず、無理だろうな。出来たとしても、何日、下手をすれば何週間、何箇月もかかるだろう」
「そんなに悠長にしていられないよ。蓄えが底をついちゃう」
「だから、こういう仕事には組織力が欠かせない。社会派ミステリのほとんどで、探偵役が刑事なのには、こういった理由もある」
「〈けいじ〉?」
「こっちの話だ、気にするな。つまり、人海戦術に頼ろうってわけさ」
「あ、衛兵騎士団に頼むってことだね。でも、あのスワイプスさんが協力してくれるかな?」
「第二課――じゃなかった、第二部隊の隊長だな。まあ、期待は出来ないだろう」
「最初からリパッグが犯人だと決めてかかってるもんね。ホームズのことも邪険にしていたし。じゃあ、結局無理じゃない?」
「そんなことはないぞ。何も衛兵騎士は、あいつだけじゃない」
「あっ、まさか」
「そのまさかだ。そろそろだと思うが――」
そこまで言ったとき、ノックの音が響き、
「ホームズ様、お客様がお見えになりました」
ドア越しにクリフの声が聞こえた。
「来たな」ホームズは立ち上がると、「通して下さい」と返事をした。
静かにドアが開けられ、クリフの隣に立つ来訪者の姿を認めると、ホームズは、
「お前のことを待ってた」
「……何だ? 気色の悪い」
衛兵騎士団第一部隊隊長ミラージュは、満面の笑みで自分を迎えるホームズを目にすると、訝しそうに顔をしかめた。
ミラージュを加えた三人で囲むテーブルに、リパッグが持ってきたグラスを置くと、「ありがとう」とミラージュは礼を述べ、リパッグも頭を下げた。人数分のグラスを置き終えたリパッグが応接室を出て行くと、
「お前は、リパッグに対しても普通に接するんだな」
グラスの水をひと口飲み、ホームズが言った。
「当たり前だろう」とミラージュもグラスを手にして、「どのような者にも平等に接するのは、衛兵としての務めのひとつだ」
「それが出来ていない衛兵もいるがな」
「というと、会ったんだな、スワイプスに」
ホームズは無言のまま頷いて、
「あんな差別主義者でも衛兵騎士になれるのか? 衛兵は全ての臣民の見本たらねばならない、って、お前も前に言ってただろ」
「彼を騎士へと推薦した人物や、審査にあたった人たちをかばうわけではないが、そこまで見抜けなかったということだろう。実際、衛兵となることも、騎士になるための試験も、まず優先されるのは剣の技量だ。簡易な面接もやるにはやるが、そんなもので志願者の思想や性格を把握することは出来ない。衛兵すべてが善人だとは限らないというのが正直な話だ。衛兵は臣民の見本たれ、というのはただの理想に過ぎないんだ。今のところはな……」
沈痛な表情でミラージュは視線を下げた。
「まあ、そんなもんか」
ホームズは、自分のいた世界で出会った中にも、こいつに公権力を持たせておいていいのか? と疑問を呈さざるをえない警察官が何人もいたことに思い至り、納得はせずとも理解だけはしておくことにした。そこにミラージュが、
「あいつ――スワイプスも、少々鼻につく言動こそあるが、不正を憎み正義を通そうとする衛兵であることに間違いはないんだが……こと、ゴブリンが関わるとな……」
「何か恨みでもあるのか? ゴブリンに」
「あいつの家は冒険者の家系なんだが、それに関係があるんだろうな」
ホームズは、クリフやワトソンから聞いた話を思い出した。
「まあ、あいつのことはどうでもいい」とホームズは本題に入る。「お前に頼みたいことがある」
「何だ? そういば先ほど、私のことを待っていたとか言っていたが」
「そうなんだ。実は……」
「……なるほどな」
ホームズからこれまでの話を聞き終え、事件関係者の周辺を探って欲しいと頼まれたミラージュは、
「まあ、いいだろう。ちょうど今は大きな事件も起きていないから、私の部下も動かせるしな」
「ねえ、ミラージュさん」そこにワトソンが口を挟み、「この事件は第二部隊の管轄なのに、第一部隊が勝手に捜査をしちゃって、問題ないの?」
「あるかないかで言えば、もちろんあるさ」とミラージュは微笑み(ホームズを相手にしては絶対に見せないような)を返して、「でも、それが事件解決への道筋になるのであれば、私はやる。部隊間の垣根など関係はないよ。スワイプスが何を言ってこようが構わないさ」
優しげな微笑を信念の籠った鋭い表情に変えた。
「立派な心がけだ。期待してるぜ」
ホームズのこれは本心だった。応じてミラージュは、ふっ、と照れ隠しのような笑みを浮かべるとグラスを空にして、
「では、さっそく取りかかる」ソファを立ち、ドアに向けて歩き出そうとした足を止めて、「もっとも、もしこの事件が殺人にでも発展すれば、私も大手を振って捜査できるんだがな」
その言葉を聞くと、ホームズとワトソンは表情を硬くした。ミラージュは、冗談だ、とでもいうようにもう一度顔に笑みを貼り付けてから、応接室を出て行った。




